第61話 僕たちと神様の言い訳
『終わったな……さぁ、我らも行こうか』
そう――ヨルグ――「オーディン」が言った。
僕らの傍には――すでに戦いを終えた透たち――そして「ヘイムダル」のみんなにミーミルさんたち「ヴァナヘイム」の翼竜部隊、ルイーズさんとウェインさんたちも合流を果たしていた。
「ユウっ!! 」
ゲキに乗ったカーラがヨルグに近づき――飛び乗ってくると僕の胸に飛び込んだ。
小さい体を震わせて。声をからして――それでも泣いて。
そんな時に、ヨルグは僕に言ったのだ。
「ヨルグ……話せるの? 」
ゲンヴォルさんが驚いている。
「ヨルグじゃないですよ……「オーディン」だそうです」
透の一言に、みんなが一気に緊張した。
僕の胸で泣いていたカーラまで――泣き止んでいた。
「行くって……どこへ? 」
「聞かなくていいぞ、ユウっ」
答えた僕に、ミーミルさんが険しい顔でヨルグを睨みつけている。
僕は――そんなミーミルさんを見て――笑顔で頷いた。「僕に任せて欲しい」と。
ミーミルさんは、それ以上口を挟むことなかった。
『「アースガルズ」へ』
「ユウ……「オーディン」のところに行っちゃうのっ!? 」
僕の胸でカーラが不安げな顔で僕を見つめている。
可哀想なほど――声は枯れているけど。
『もちろん、お前たちのパートナーである「ノルン」もだ。
トオルのパートナー「ミスト」。ユウのパートナー「エイル」、「カーラ」、「スクルド」も共に「アースガルズ」へ行くことを許そう……』
「……偉そうに……」
透がそんな呟きを漏らす。
『……言うと思ったよ……小僧ども』
これは――ヨルグから発せられた声じゃない。
「ウートガルズ」の上空から――僕と透の前に、稲妻のように光が駆け抜け――そのまま「柱」のように建つ。
その中に――ひとりのおじいさんが――?
「これが私の本体だ」
光の柱から一歩。
見えない大地を歩くかのように、歩いて出てくるそのおじいさんは――。
つばの深い帽子をかぶり――俯けていた顔を僕たちへ上げると――左目は潰れている。
白いりっぱな長いひげをたくわえて。僕たちに笑いかける、「人の良さそうなおじいさん」。
その人が――いや。その「神」が「オーディン」だという。
「見事だったな。悠、透」
どこまでもいい感じのおじいさんだけど――これが「オーディン」というだけで、僕たちはどうしてもこの「神」を許す気にはなれない。
「……お前たちが私を憎んでいる理由もわかっている。
この世界のこと。そして「ヴァルキュリア」のこと、「エルフ族」のこと。……ウルズとヴェルダンディのこと。「エインヘリヤル」のこと。そのことをすべて私のせいと考えているのだろう? 」
「他に誰のことだと? 」
笑顔のおじいさんには気が引けるけど――僕は「オーディン」を睨みつけたまま。
「……そうだな。それは「私」のせいであり……「お前たち」のせいでもある」
「……!! ユウたちには何も関係ないっ!! 」
「オーディン」の言葉に――エイルが怒りを顕に叫んだ。
それにはミストさん――カーラに、スクルドさん。みんなも同じ気持ちだという「オーディン」へ冷たい視線を送っていた。
「では敢えてお前たちに訊こう。何故……それを「嫌だ」と言わなかったのだ? 」
「勝手なことを言うなっ!! 」
今度は透が「オーディン」に叫ぶ。
「……透よ。私はけして「万能」ではない。
他者が何を考え……何を願うか。私がすべてを知ることは出来ないのだよ。
だからこそ……お前たちの魂を私と繋げる必要があったのだ」
「神様も「万能」じゃない……ですよね」
僕は「オーディン」に言って、「オーディン」はそれに静かに頷いた。
「悠久より……この「世界」から争いが絶えることはなかった。
私もその争いを無くすことを必死に考え……そのためにはこの世界を従わせるほどの「知識」と「力」が必要だと考えた。
だが……けして私が思うほどの「知識」も「力」も得ることは出来なかった。
そして「神々の王」となった今日すら……私は「全知全能」とはなり得てはいないのだ。
生きるものたちには「知識」と「力」だけではない、「心」というものがある。
まずそれを教えてくれたのは、このミーミルの父親フロプトであった。
フロプトは色々なことを教えてくれた。
そして私に教えてくれたことで私が今も大事に思っていることは、「神は孤高な存在であり、この世界そのものである」ということだ。
だからこそ。私という存在はお前たちとは相容れぬ者であり、お前たちに理解されることは永久にないと理解している。
だが……私はそうはいかぬ。
お前たちの想いを理解しなければならぬ。
この「世界」を作り上げていくために、私はお前たちを理解し……近づかねばならぬ。
私がお前たちを求めるのは、この「世界」をお前たちの願う「世界」に少しでも近づけるための一歩なのだ。
そして……私が至らぬがゆえに、それを補う存在として……お前たちを求めるのだ。
だがその者は、「この世界」を知り、理解出来る者でしか出来ぬことなのだ。
そしてそれは……お前たちに犠牲を強いることでもある。
強大な「力」を得るということは、私と同じ「孤独な存在」になる。ということになるのだから」
ふと。僕は――この「オーディン」の話に説得されたわけじゃないけど。
こんなことを考えた。
僕は――「ノルン」に「ヴァルキュルア」に「ヴァナヘイム」に「ウートガルズ」に「ウルズ」に「ヴェルダンディさん」に同情はしても――「オーディン」側に立って考えたことは一度でもあったのだろうか? と。
僕らは「神様」というだけで、「何でも出来る」と決め付けてはいなかっただろうか?
「神様」だから――傲慢で、狡猾で――諸悪の元凶と考えていなかっただろうか?
そう考えた方が――楽だったからじゃないか?
僕たちがその原因を作り出したと、その原因なんだと――考えたくなかっただけじゃないのか?
「戦い」を起こす元凶は、責任は神様で。
「戦い」をしている僕たち自身は――悪くないのだと。
だから「オーディン」は言ったのか。
「神は孤独な存在」であり、僕たちとは「相容れない」存在である――と。
「話が難しすぎたか……? 」
何も答えない僕たちに、「オーディン」は苦笑いをしていた。
「難しいのではない。呆れているのだよ……お前の自分勝手な言い分に」
相変わらず――ミーミルさんの「オーディン」に対する言葉は厳しい。
「私に賛美の言葉ばかりを贈る者たちの中にあって……お前のような存在は本当に貴重だよ、ミーミル。
みながそれぞれ「神」に対し、不満を持っていることはわかっている。
だがみなそれをせぬ。すれば「罰が与えられる」と考えておるのだろう。
しかしそれを恐れず……私に向かってくる者が本当に少ない。
そのひとりがお前だよ。本当に感謝しておるのだ」
「何を……「感謝」だと……この戦いとて、元はお前のせいであろうに……」
僕は透を見た。
「……透はどう考えている? 」
「ミーミルさんとさほど変わらない。
こうなる前に、事態を変える努力をすればよかったんだ……と」
僕は透に少し――笑った。
「何が……おかしい? 」
透が少し不服そうだ。
「僕は……これからこんなことが起きる事態を変える努力は出来るかな……と思ったんだ」
「……行く気なのか?「アースガルズ」へ? 」
「というより……僕は「オーディン」に訊きたい質問の答え次第だね」
ちょっと――「オーディン」側に立ってみようと思うんだ。透。
「何か訊きたそうだな……悠」
僕の気持ちを察したのか――「オーディン」が僕に問いかけた。
「ええ。どうして「オーディン」は……「ヴァナ神族」や「エルフ族」に男女の比率を変える呪いをかけたんですか? 」
それは――「アース神族」の駒として扱うために――やったことなのかどうか?
「「ヴァナ神族」や「エルフ族」は「不老長寿」の種族であり、「アース神族」のように、「不老不死」ではない。
子孫を残すという面で多大な問題を抱えている。長寿ゆえに「子供」が出来にくい種族である上に、「性」に対して淡泊だ。
それゆえに種は残されず……緩やかではあろうが、いずれは「絶滅」の道を辿る者たちだ。
あのように男女の数が極端に変わることで、「種族存続」の危機を抱かせたかったのだ。
「ヴァナ神族」はそれでも猛々しさを持ち、変な拘りを持たぬことが幸いし人の血を取り入れることで、種族自体を存続させることが出来た。
が、「エルフ族」はその容姿や知能ゆえに自尊心が強すぎる。
人と交わるなど以ての外であろう。「エインヘリヤル」のような、「私に選ばれた人」であるという特別な存在でなければ。
「ヴァルキュリア」を作ったのも、「ヴァナ神族」のような勇猛で、どんな変化にも対応出来る強さを持って欲しかったからだ。
だが長い時間の中で……「エルフ族」はそれすらも「自分たちは神に選ばれた種族」という考えにすり替えてしまった。
異族と戦わせたことは、それに対して「種族」の強さを持たせる目的が強い。
「アース神族」の駒として使わなかったのか……と言われれば、そうではないと答えても信じてはもらえぬだろうが……」
自嘲気味に応える老人に――僕は小さいため息をついた。
これが本音なのだと、この老人は僕の「心」に伝えてきていたから。
「魂」が繋がっていれば――僕から「オーディン」へと一方的だけじゃないんだね。
これがすべての戦いの元凶だったとしたら――互いのことを知らなかったがことが災いして、こんなことがわからなかったと――こんなに悲しいことはないと――僕には思えてならなかった。