第60話 僕たちと虹
「ヴェルダンディぃぃぃっ!! ヴェルダンディぃぃぃっ!!
どうしたっ!? 声が聞こえないっ!! 何も感じないっ!!
ヴェルダンディぃぃぃっ!! 答えてくれ、ヴェルダンディぃぃぃっ!!! 」
体を大きく振り――そのつど――背中合わせの、ぐったりとしたヴェルダンディさんの体が左右に揺さぶられる。
ウルズの混乱は増していくように――俺には見えた。
もう周りは見えていないかもしれない。
あのウルズの――混乱、いや。錯乱振りは。
フレキの上にいるミストが――思わず顔を背けた。
「もう終わりにしよう……ミスト」
「……うん」
ミストの声が篭ったような聞き取りづらさがあるのは――涙を堪えているせいなのだろう。
「力を貸してくれ……フェンリル」
―承知。ではお前の願いを―
「すべてを終わらせる」
―わかった……行くぞ―
俺は右手に握る漆黒の槍を、しっかりと握り直した。
◆◆◆
僕の後ろにいるエイルが僕の背中に、ピッタリと寄り添う。
すると。僕の右手に七色の輝きを放つ――「光の矢」が現れた。
「……ヨルムンガンドの力を弱らせる」
透の攻撃が――活かされるように。
僕はエイルの温もりを感じながら。矢をつがえ――放った。
◆◆◆
悠から一本の矢が放たれる。
そしてその矢は。直後に無数の数へと「増殖」し――矢が突き刺さる時には、ヨルムンガンドの巨大な体が七色の輝きに覆い尽くされる程の数になっていた。
「……これが新しい悠の力なのね」
ミストが七色に光り輝きながら苦しむヨルムンガンドを見て、呆然となっていた。
「今の悠なら……本当にヨルムンガンドを葬る力を持っているな……」
その力を信じて――俺はウルズを討つことを申し出たのだが――。
現状を目の当たりにして、今更ながらにあいつの力の大きさに、俺も驚いていた。
「ミスト。これを……」
「……トオル? 」
俺は鋒を向けないよう――ミストにあの漆黒の槍の柄の部分を差し出した。
「お前の力を貸してくれ」
「……はいっ」
ミストは笑顔の俺に、小さく頷くと――槍に自分の力を――願いを込め始める。
漆黒の槍は、仄かに青白の輝きに彩られる。
「ここで待っていろ。終わらせてくる。フレキ……ミストを護ってくれ」
「ウギャウ」
「……気をつけて……ヴェルダンディ姉様をお願い……」
「……ああ」
俺は心配そうな顔のミストに頷くと、フェンリルをヨルムンガンドに向かわせた。
「来るなぁぁぁっ!! 貴様らのせいでヴェルダンディがぁぁっ!! 」
ウルズは狂ったように叫び――他者が近づくことを恐れ――それに呼応し、突き刺さっている七色の矢を押しのけるように、人の大きさ程度の蛇がヨルムンガンドの肌から生まれてくると、攻撃してくる者たちに襲いかかっていく。
「……最後の足掻きか……」
ミーミルさんが――そんな呟きを漏らした。
話はスクルドさんから聞いていたが――これほどまでに妹であるヴェルダンディさんを愛していたということなのか?
だがそう考えれば考えるほど。俺たちは思ってしまう。
「もう少し……別の愛し方があったんじゃないか? こうなる前に気がつくことが出来なかったのだろうか」と。
こうなっては、すべては何もかも遅いのだろうけど――。
「ヴェルダンディぃぃぃっ!!! 」
なりふり構わず叫びまくるウルズを、カーラはスクルドさんに支えられながら呆然と眺めている。
それは――息子であるサクソも同じ。
「……遅すぎるんだよ……あんたは」
サクソのその言葉を俺が聞くことはなかったが――父親と慕った者の今の姿に、サクソは俺たち以上に――感じるものがあったに違いない。
「フェンリル。突っ込むぞ」
―承知―
フェンリルは勢いをつけるために、一度大きく空中に弧を描き――加速を付ける。
そして槍を覆っていた青白の輝きは、俺とフェンリルを包み始めた。
俺たちにも構わず等身大の漆黒の蛇が襲ってくるが、俺たちに届くことなく――体を包む光に触れた瞬間に消滅していく。
「ウォォォォォォっ」
風の唸りのような咆哮と共に、フェンリルが大きく口を開く。
獲物を捕らえる狼のごとき形相で――ヨルムンガンドの体を食いちぎるために。
青白き光は、流星のように「ウートガルズ」の空を駆け抜け――ヨルムンガンドの体を貫く。
だがそれでちぎれる事なく、ヨルムンガンドは鎌首を垂れることはない。
俺たちは再度――宙に弧を描いて――今度こそウルズに狙いを定めた。
そのすべてを終わらせ、悠に「最後」を託すために。
俺は輝きの中から、ウルズを見る。
「来るなぁぁぁっ!! ヴェルダンディに手を出すなぁぁぁっ!!! 」
自分に迫る俺たちに、ウルズは叫んでいる。
そのヴェルダンディさんの願いを――ウルズ。お前が知ることはないのだろうか――。
俺はフェンリルから槍を構え――目を凝らし。ウルズへと渾身の力を込めて投げ放つ。
青白い光の残像を確認する間もなく、槍はウルズとヴェルダンディさんの体を貫き――剣でさし貫かれ繋がったふたつの体がヨルムンガンドから引き離される。
その瞬間に、俺とフェンリルはヨルムンガンドの口から飛び込み――すでにウルズとヴェルダンディさんの体は俺たちの放つ光によって消滅して――反対側の体を貫いて飛び出した。
―ありがとう……―
そんな声が聞こえた気がした。
◆◆◆
「殲滅×無限大」
僕は透とフェンリルがヨルムンガンドの頭を破壊したことを確認し――エイルが作り出した矢を
つがえ――「呪文」を唱えた。
これが僕とエイルの持つ最大級の願いと力を込めた――輝き。
今度は「分散」することはない。
七色の輝きは――「虹」の軌跡をヨルムンガンドへと作り出しながら一直線に向かっていく。
それがヨルムンガンドに到達した時。
その長大な体は無数の――小さな――小さな輝きとなって散っていく。
キラキラと輝きながら――森の中へと降っていく。
そんな幻想的な光景を――僕は溢れ出る涙のせいで……。
まともに見ることは出来なかった――。