第6話 スクルドさんとエインヘリヤル
「ゲキっ!!左に旋回っ!!」
ぎゃぁぁぁっ!!声には出さないけど――すごく怖いようっ!!
僕は今、空中戦をやっております。
灰褐色のドラゴン――名前をゲキといい、漆黒のドラゴンがフレキという名前だとか。
この「ヘイムダル」の戦闘の主力ドラゴンの二頭だそうで。
フレキには前島くんとミストさんが乗り、ゲキには僕とエイルさんは乗ってドームの中を縦横無尽に飛び回ってる。
それもスピードがとんでもなく速いので、猛烈に怖いんだよぉ。
ゲキはエイルさんの指示通りに左へと回り込み、
「ヴァルハラ」を背中に、僕らはドームの外側を見る形になっていた。
で、どうしてこうなったかというと。
「ユグドラシル」には、ニーズヘッグという害虫のような小型のドラゴンが住み着いているとか。
普段はこの「ユグドラシル」の根元に住み、その根っこをかじりそれを餌にしつつ、木を弱らせようとしているらしい。
繁殖力もすごいから、その根元付近には専属の「ヴァルキュリア」が、ニーズヘッグを専門に退治して対応をしているぐらいだそうだ。
だから本当ならこんなことは有り得ない事態だと、エイルさんは言っていた。
それは翼を持つニーズヘッグたちが、どうしてか「ヴァルハラ」のある、「ユグドラシル」の中程まで飛んできた――ということだった。
そして初めからここが目的だったことのように。「ヴァルハラ」を襲撃してきた。
僕らはその応戦のために、こうしてドラゴンに乗り、とても怖い空中戦をしている。
「うぉぉっ!!」
前島くんは、ミストさんにフレキの指示を任せて、ニーズヘッグに接近しては、そいつらを棒を振り回しては叩き落としている。
僕も――怖がっている場合じゃない。
足は震えているけど。僕はゲキの背に立ち上がった。
「何しているのユウっ!?危険よっ!!」
気がついたエイルさんが叫んだけど、僕は両足を踏ん張り――ふぅと息をついて銀玉鉄砲をニーズヘッグに向けて構えた。
前島くんが棒を武器にニーズヘッグに接近戦を挑めば、僕は銀玉鉄砲から光弾を発射してニーズヘッグを狙い撃っていく。
昨日、例のアンデットドラゴンとの戦いを終えて、今日はニーズヘッグとの空中戦。
さすがにニーズヘッグの数は多く、体力に問題のある僕は、徐々に光弾の威力が落ちていく。
前島くんまでも、振るう棒の動きが鈍くなっている感じに見えた。
エイルさんに体力回復の魔術をかけてもらっても、目に見えない疲れがこうして出てきている――ということなのかな?
そして――。
「危ない、トオルっ!!」
ミストさんが叫ぶ。
一頭のニーズヘッグに予想外の反撃を喰らい、前島くんらしくない苦戦を強いられていたその背後から、別のニーズヘッグが前島くんに襲いかかった。
僕がそれを銀玉鉄砲で撃ち落としたけど、僕はそれを最後に立っていられないほど疲れてしまい、ゲキの背中に座り込んでしまった。
なんとかニーズヘッグを倒した前島くんも、フレキの背中で片膝をついて荒い呼吸をしている。
二、三頭残りはしたけど、そいつらは小型の翼竜であるワイバーンに乗っていたブリュンヒルドさん、ゲイルさん――そして副隊長のスクルドさんが倒してくれた。
◆◆◆
「ユウ、頑張りすぎっ!!どうしてそんな無茶をするのっ!?」
体力回復の魔術を受けながら、僕はエイルさんにずっと説教をされていた。
ただ僕は「すみません」、「ごめんなさい」を繰り返すだけ。
前島くんもミストさんに怒られている。
でもこちらは――って、あれ?前島くんも、ミストさんにずっと頭を下げてら。
なんか前島くんらしくない。
それに表情もどこか疲れているような――。
「聞いてるの、ユウっ!?」
「ご、ごめんなさいっ!!」
よそ見していることをエイルさんに怒られて。僕は慌てて深々と頭を下げて謝った。
「まったく……神に選ばれし勇者たちが、パートナーに怒られて言い返せもしないとは情けない」
そう言ってやってきたのは、副隊長のスクルドさん。
正直、僕はこの人――と言うけど、かなり苦手。
ブリュンヒルドさんは器が大きいというか、こんな状況でも笑って済ませてくれそうだけど、スクルドさんはいつも眉間にしわを寄せて怒っている――そんな感じの女性だ。
まだ二週間ぐらいだけど、僕はもう二回程スクルドさんには怒られている。
一度は城内を掃除中だった見習いのヴェルキュリアさんたちと話していて怒られて、二度目は鍛錬の態度が不真面目だと怒られて。
僕は絶対、スクルドさんに目をつけられると思う。
この時も僕はスクルドさんの登場に、少し身構えてしまった。
だってどう考えても、怒りに来た以外理由が思いつかない。
「トオル、コハル。
何を考えているのかは知らないが、君らだけがあいつらと戦いをしているわけではない。
その上無茶な戦い方をしてすぐに疲れるのなら、初めからそんなことをしなければいいだろう。エイルとミストもこの二人を甘やかせすぎだ。
とにかく二人はエイル、ミストと共に、しばらく城内で謹慎していること。
こちらが良いと判断するまで、戦闘には参加はさせない。いいな?」
って、なんだ――それ?さすがの僕も、スクルドさんの言い方に怒りを覚えた。
「……随分と高飛車な物言いですね。
俺たちはこうするために、この世界の神に呼び出されたんでしょう?
さっきの戦闘は確かに不甲斐なかったが……」
前島くんもムカついたんだろう。スクルドさんはそんな前島くんを見て苦い――でもどこか挑発的な笑みを浮かべていた。
「高飛車な物言い……か。不快な思いをさせたのなら謝るが。
ならば君たちの態度も我々には失礼だと思うぞ。
「周りは女ばかりだから、いいところを見せたい」とでも考えているのか?
たかだか十七年間しか生きてきていない君らと、数百年間の戦闘経験のある私たちでは、総合的な実力の差は歴然だ。女ばかりだからと馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ」
「……待ってくださいっ!!僕らはそんなつもりで戦っているんじゃありませんっ!!
ふざけているのはそっちでしょうがっ!!」
僕はスクルドさんの態度にすごく腹が立って、前島くんの代わりに反論してやった。
「ふざけているのは私たちの方か。君たちがそんな無謀な戦い方をしてくれているおかげで、我々がどんなに苦労をしているかわからないのか?
私たちは君たちのお守りをするために、ここにいるのではない。
とにかく先ほどのことはしっかり守ってくれよ。「エインヘリヤル」殿」
そうとだけ言い残して、スクルドさんは僕らの前から去っていった。
一方的なスクルドさんの態度に、前島くんも僕もただ怒りを覚えた。
「スクルド副隊長は、けして悪い方ではないの。
少し二人とも頑張りすぎて休ませたいから言っているだけなのよ」
エイルさんがスクルドさんの態度に機嫌を悪くしている僕と前島くんに、優しい口調で言い聞かせる。
「……エイルさんには悪いが、あのスクルド副隊長は俺たちがここへ来た時からあまり友好的な態度をとっていただいていないですね。とってほしいとも思わないが。
俺もコハルもあの方へは、何か粗相をした覚えはありません。隊全体への迷惑行為はあったかもしれないが……」
普段冷静な前島くんの声も、珍しく厳しいものだ。
僕もそんな前島くんの意見に無言で大きく頷いた。
「あなたたちは、迷惑なことなんて何もしていないわ。
私たちはあなたやユウに、心から感謝しているんだもの」
エイルさんが笑顔で僕らに言ってくれた。
エイルさんとミストさんは僕らにすごく優しい。ゲイルさんも楽しい人だし。
ブリュンヒルドさんたちも、僕らを大事にしてくれているのがわかる――だけど。
僕はここでブリュンヒルドさんの言葉を思い出した。
「「ヴァルキュリア」の中には「エインヘリヤル」を嫌っている者もいる」
そうか――スクルドさんが僕らを嫌っていてもおかしくはない。
「もういいよ、前島くん。スクルドさんの言う通り謹慎していればいいんだから」
「……コハル…」
僕の怒りはすっかり萎えて、前島くんに落ち込んだ口調でそんな話をしてしまう。
エイルさんとミストさんは互いの顔を見合わせた後、僕たちを心配そうに見つめていた。
僕が思った以上に、ブリュンヒルドさんの話してくれた「エインヘリヤル」という存在は――厄介なものなのかもしれない。
僕がこんなことで悩むのはおかしいけど、僕は――出来ればみんなと仲良くしたい。
そう考えてしまう。
「コハル。あまり悩むな」
前島くんが小声で僕に囁いた。
「大丈夫だよ」
僕はつとめて明るく前島くんに答えた。
ここで深く悩んでも、すぐに答えが出ることでもないから。
自分にそう言い聞かせて――。