第59話 僕たちと決断と
「何故だっ!? 何故ここにきていきなりあやつらの攻撃が激しくなったのだ!? 」
ウルズは今まで以上に、「ヘイムダル」、「ヴァナヘイム」の翼竜部隊――そして先代の「エインヘリヤル」。
全員が攻撃の手を緩めないどころか、一段と激しさを増して来ていることに焦りを感じていた。
そして連中の視線が――自分へと集中しているのだ。
しかも攻撃はヨルムンガンドの「体」に向けられ――自分へは一切攻撃をしてこない。
「何を企んでいる? 」
「それは……私がいるせいかしら……」
ウルズが――その声の主へと振り返る前に。
背中から衝撃を感じ――顔を下へと向けると、それは一本の剣が自分の左胸を背後から貫いていた――。
「お前……こんなことしたら……」
「これはね……兄さん。私たちの愛する者たちからの贈り物なのよ……。
次へと続く新たな道への扉なの。
その「世界」にはね……私たちは必要ないの。だから……一緒に「ヘルヘイム」へ逝きましょう。
そこで二人でゆっくり眠りましょう……私はどこまでも兄さんと一緒だから……ね」
「どうしてこんなことをするんだ……ヴェルダンディ。
今のお前は動ける体じゃないんだぞ……どうしてそこから這い出たんだ? 」
「どうしてって……あそこじゃ兄さんの傍にいられないでしょう?
私は兄さんの傍がいいの。でもね。それは「今のウルズ」ではない……昔の兄さんがいいの……」
ヴェルダンディの右手が――ウルズの左手を握った。
◆◆◆
「……ヴェルダンディいいいいっ!! 」
ブリュンヒルドさんが叫ぶ。
ヴェルダンディさんは――自分が振り落とされないように、ウルズとは背中合わせに、「スレイプニル」を自分の右胸からウルズの左胸に貫通させて――互いの体を突き通している状態にしている。
「母様ぁぁぁぁっ!!! 」
もう――カーラの声は叫びすぎて、掠れて――聞いている僕らも痛々しいほどだ。
「母様ぁっ!! 」
サクソもたまらずに――叫んでいた。
―カーラ―
ヴェルダンディさんの声が――カーラに、僕らに届いた。
―あなたは素敵な「エインヘリヤル」を見つけたのね。
さっき会ったのよ。素敵な少年じゃない。大事にしなさい……。
あなたとその竜に乗っているスクルド姉様はね。母様の妹なの。
大切な……大好きな妹なのよ。母様の代わりではないけれど……可愛がってもらいなさいね―
「……ヴェルダンディ姉様……」
スクルドさんは――顔を上げていることも辛くなって――俯いたまま。
後ろから、カーラを抱きしめている。
―サクソ……生きていてくれたのね。
ドーマルディは可哀想なことをしてしまった。でもあなたは生きて……生き抜いて。
お父さんと私の分も生き抜いて。
友達をたくさん作って……素敵な日々を過ごしてね……。
けして後悔のないように……―
サクソは歯を食いしばって。両手を握りしめて。
必死に何かを――耐えていた。
―ルイーズ……ウェイン。「エルフ族」のためにありがとう。
あなたたちの……次の世代の「エインヘリヤル」も……アーサーに負けずに素敵な子ね。
大事にしてあげて。私は「アーサー」の心を受け取ったから……大丈夫だから。
ブリュンヒルド。今まで本当にありがとう……―
ルイーズさんは体の震えを必死に耐えながら――ヴェルダンディさんに呼びかけた。
「……ヴェルダンディ……あなたも母親なら、子供たちを抱きしめてあげなさい。
そんなことしている暇はないのよ。
カーラもサクソもあなたを助けたいと思っているのだから……」
―ありがとうルイーズ。でも、もう……時間がないわ―
ウルズの背合わせになっているヴェルダンディさんは、ピクリとも動かない。
顔も項垂れ――もう――こと切れてしまったのだろうか。そんな不安に押しつぶされそうになる。
―ユウ、エイル……もう私には力がない。
意識も……あと少しも持たないでしょう。
私ごと……ウルズを攻撃してほしいの……「ヨルムンガンド」の「魂」は今「ウルズ」の体の中にあって……ウルズの「魂」と同化している。
私がここでウルズを「スレイプニル」で抑えているうちは、「ヨルムンガンド」の「魂」と「体」は離れている状態になっているから。
今が好機よ。
私ごと、ウルズを討って……一緒に「ヘルヘイム」へおくってほしい……。
こんなこと頼むのは……酷いことはわかっているの。
でも「アーサー」の心を託されたあなたたちに……お願いしたい……―
僕とエイルに届いた――ヴェルダンディさんの「願い」。
それは透とミストさんにも届いていた。
『……急げ。もうヴェルダンディは……持ちはすまい』
ヨルグ――「オーディン」が告げる。
「ウルズへの攻撃は俺がやる……。お前は……ヨルムンガンドを撃て」
「……透……」
「ヴェルダンディさんが作った好機を……無駄には出来ない……。
行こう……フェンリル、ミスト」
―……わかった―
「……はい」
僕の答えを聞くことなく――透はフェンリルを僕の前から遠ざけた。
透は僕に代わって、辛い役目を引き受けるつもりなんだ。
『……それだけではあるまい……』
まるで僕の思いをよみとったかのように――「オーディン」は僕に話しかけた。
「……僕の心を……」
『わかっている。お前たちをこの世界に招いた時からずっと。私はお前たちと共に有り、お前たちと共に成長をしてきた。
私は「オーディン」の分身であると共に、お前たちの分身でもあるからだ』
「……言っている意味が……? 」
「オーディン」の言っている意味が僕には理解出来ない。
「オーディン」の分身が――どうして僕たちの分身扱いになるんだ?
『私は「オーディン」であり、お前であり、トオルでもある。
お前の成長は「オーディン」の成長であり。トオルの成長は「オーディン」の成長でもあるのだ。
今のお前たちは、同時に「オーディン」でもある。
お前たちの力は、この世界の「オーディン」の力でもある。
願え。そうすれば、お前の願いは叶うのだ』
まともに聞いている気にもなれない。
「でも……あなたはヨルグを通して僕を見ていたと……」
『魂を通じ、お前たちの成長を見ても……お前たちの体験までは見ないとわからないこともある。
ヨルグはそのために、お前におくったワイバーンだった』
「神様って……「万能」ではないんですね」
『ヴェルダンディの命を救えない程にな……』
でも――不貞腐れていても仕方がないんだ。
僕は目の前の弓に手をかけた。
「……あれ……」
僕はこの弓の扱い方を知っている――?
『お前はすでにこの武器の扱い方を知っている。
元はお前の力なのだから。
それは「放つ」ことで力を発揮するもの。
透の場合は……己の身近で力を発揮するもの。
その違いはあるが……「オーディン」の力であることに変わりはない。
さぁ。「放つ」がよい』
僕は「オーディン」の話を受けて――弓をつがえた。
◆◆◆
「トオルっ!!」
合流してきた俺に――ミーミルさんが近づいてきた。
「……いいのか、トオル。あの様子ではヴェルダンディという女性は……もう」
助からない。ミーミルさんが口にする前に、俺は小さく頷いた。
「俺も悠も……覚悟は出来ています」
「……そうか。ならば良い」
「ヴェルダンディさんは今……「ウルズ」の中にある「ヨルムンガンド」の「魂」を、その本体から「分離」してくれています。
俺が、直接ウルズに止めを討ちます。
その後……悠がヨルムンガンドの本体を殲滅させますから。
ミーミルさんたちには、ヨルムンガンドへの牽制をそのまま続けてください」
「……おい、トオル。ユウにそんな力があるのか? 」
「「オーディン」が……俺たちに力をくれましたから……」
尋ねてきたクヴァシルさんには悪いと思ったが――俺は手短に話し「行きます」とヨルムンガンドの頭部――ウルズに向けてフェンリルを走らせた。
「フェンリル……俺とお前の力って何だろうな? 」
―願うこと。お前が願うことが我の力となるようだ。
忌々しいが……我の中に、「オーディン」がそう伝えてきている。
お前が「オーディン」の一部であることは間違いあるまい。
お前は何を願うのだ……トオル?―
俺は――フェンリルの問いに、ひと呼吸空けて――答えた。
「ウルズを討つ。
それは俺と悠の悲願であり……ヴェルダンディさんの願いでもある。
そして……「ヘルヘイム」の扉を開こう」
―承知した―
フェンリルは俺に短く応じ――ぐんと高度を上げる。
俺は右手に握るトネリコの棒を見つめた。
突然それは――全体が白銀の輝きに満たされる。
俺が両目を閉じて――でもすぐに輝きが消え、右手に視線を落とす。
その右手が握っていたのは。漆黒の――槍。
柄の部分から――鋒にかけて、すべてが漆黒の輝きに満ちていた。
「……これが俺の力か……」
俺は右手に力を込めて――ヨルムンガンドの頭にいる――ウルズを睨みつけるように見据えた。