第59話 僕たちと「オーディン」
「大丈夫かっ!? 悠、エイルっ!!? 」
透がフェンリルに乗ってすぐに僕らの元へと駆けつけた。
僕はすぐに――透には答えられなくて――。
「……何があった……!? 」
俯いたままの僕と――呆然としているエイルの様子に、透もただ事ではないことを悟る。
透の傍には――ミストさんも来ていて。
「ごめん……助けられなかった……カーラとの約束を果たせなかった……」
僕は――顔を上げて。涙を堪えて――。
透にヴェルダンディさんの様子を話して聞かせた。
透もすぐには――何も言えないまま。
「……みんなに伝えるわ……」
ミストさんが俯いたまま、そう言った。
「カーラにだけは……」
「わかってる……大丈夫」
僕の言葉に、ミストさんは僕の顔を見ることなく――風の魔術を使って――「ヘイムダル」へと――「ヴァナヘイム」の主要な人たちへと――ルイーズさんとウェインさんにも。
ミストさんの言葉は――伝わっていった。
◆◆◆
そんな中。僕がヴェルダンディさんに視線を向けると。
ヴェルダンディさんは、ヨルムンガンドと繋がった――管のようなものを引きずりながら、僕の渡した「スレイプニル」を頼りに、ウルズに向かっていた。
右手一本で――ウルズへとヨルムンガンドの上を這いながら――。
「透、エイル、ミストさん……行こう……」
僕が銀玉鉄砲を構える。
ヴェルダンディさんは――最後の力を振り絞って、ウルズを止めるつもりなんだ。
◆◆◆
『待て』
この声は――アルヴィドさんにとり憑いたあの「神」の声だ。神々の王――「オーディン」。
僕だけじゃない。
透も――エイルやミストさんも周囲を忙しく見回した。
『ここだ』
話していたのは――「ヨルグ」だった。
「……ヨルグっ!? 」
『これは私の分身だ。
このヨルグを通して、お前を見ていたのだよ……ユウ』
驚いていた僕は、すぐに「オーディン」に答えられない。
『ヴェルダンディはあのままにしてやれ。もはや私でも助けてやることは出来ない』
「……あなたは……助ける気があったのですかっ!? 」
僕は――ヨルグ――「オーディン」に叫んでいた。
『あった。それはお前が最も望んでいたことのひとつだからだ。
神とて……何でも望みを叶えてやれるわけではない。
その資格を得て、初めてその力を得る。ユウ。トオル。お前たちはその資格を得ているからこそ、私はその望みを叶えようと考えていた。
だが……あそこまで「ヨルムンガンド」に同化してしまうと、私とて生かしてやることは出来ぬ。
今のヴェルダンディを救ってやれる唯一の方法は、彼女の願いを叶えてやることだ』
「なんですか。その願いってっ!? 」
『お前たちを救い、ウルズと共に死ぬことだ』
ヨルグは――淡々と言葉を紡ぎ出す。
僕は。拳を強く握りしめて。
『それはヴェルダンディの心からの願いだ。そう願い、私に伝えてきている。
それを叶えてやることが……ヴェルダンディを救う方法となる』
「……簡単に言うな……」
僕は――ヨルグに言った。
ヨルグ――「オーディン」の話の意味も――わかる。でも――納得はしたくないんだっ。
『ならばユウよ。あのヴェルダンディを……あのまま「生かせ」と言うのか? 』
「「オーディン」よ。あなたにユウの心がわかるなら……ユウの苦しむ意味がわかるなら。
その言葉の意味がどれほど残酷か……わかっていただけるはずです。
例え……それしか選択肢がなかったとしても……です」
エイルが――落ち着いた口調で「オーディン」に話しかけた。
エイルだって落ち着いていたわけじゃない。でも――僕の代わりに「オーディン」に話しかけてくれたんだ。
「ありがとうエイル。大丈夫……僕も……わかってるんだ」
『私もまた……そなたの気持ちをわかりたいと思う。ユウ……』
何故だろう――。「オーディン」の言葉が空々しく聞こえるのは?
でも今は――そんなことを言い合っている暇はない。
ヴェルダンディさんを――僕の思考はそこで止まる。僕はヴェルダンディさんをどうしたいんだ?
「迷うな、ユウ。必ず方法はある。
ヴェルダンディさんを助けるんだっ!! 」
透が僕に――力強く言った。
僕は大きく深呼吸をすると、ヨルグに向かって話しかけた。
本当は――今すぐにでもここから離れたい衝動にかられながらも。
「オーディン。あなたが僕にくれた力ってなんですか? 」
『「目覚める者 (ヴァク)」とは、お前の中に眠る本来の力を覚醒させる力のことだ。
それはお前の願いが反映される。
お前は今……最も願うことを、その武器に込めるがよい』
「……僕の願い……」
それは決まっている。ヴェルダンディさんを――。
「ユウ……」
エイルが僕の手を握る。
「……悔しいけれど……本当に悔しいけど。
ヴェルダンディ姉様を助ける方法は……「オーディン」の言葉以外ない……」
そう僕に気持ちを伝えるエイルの手が――震えている。
「「オーディン」。俺の力は? 」
透がフェンリルの背から立ち上がり――「オーディン」に訊いている。
『フェンリルと共に戦う力「戦の狼 (ヒルドールヴ)」。
フェンリルと一体化することで、お前の力を最大限に発揮する。
本来……フェンリルの力もまた、ヨルムンガンドに匹敵するものがある。
トオル。お前ならそれを引き出せることが出来るはずだ……」
その答えを訊きだすと――透は武器である棒をぶんっとひと振りした。
「行くぞ……ヴェルダンディさんを助けるんだ。これで終わりにしていいはずがない」
『あの姿のまま「生かす」のか……』
ヨルグの問いに――透は唇を噛んだ。
「……それでも……カーラとは会わせてやりたいんだ……」
『もう会っているだろう? 』
「そう言う意味じゃない。ちゃんと……ちゃんと会って……話をさせてあげたいんだっ!! 」
そのためにカーラは――僕のところに来たんだから。
『やってみるが……難しいとは思うぞ』
「それでもやるんだ……」
僕らが「オーディン」を名乗ったヨルグと話をしている間に――ミストさんの声を聞いたみんなが――ヨルムンガンドに攻撃を――猛攻を仕掛けていた。
みんな。みんな――ヴェルダンディさんを助けたいんだ。だから――。
『すでに始まっているようだな。
ユウ。さぁ、願え。お前の心からの願いを』
「オーディン」が僕を誘った。
僕は右手に握る――銀玉鉄砲を見つめる。
僕の願い――それは。
「ヴェルダンディさんを……助けたい。その願いを叶えてあげたい。
だから……ヨルムンガンドを倒したいんだ」
僕の願いに――銀玉鉄砲は淡い白銀の輝きに包まれた。
それはたちまち眩い光を放ち――「銃」の形が崩れ――細長い形へと変化していく。
「これは? 」
それは弓。僕の身長ほどもある大きな反りのある――弓。
これが僕の願いを叶える力なのか? 僕はその新たな武器に戸惑い――ただ見つめるだけだった。