第57話 僕たちとヴェルダンディさんの想い
「おのれ……」
ウルズが合流した「ヴァナヘイム」の翼竜部隊の休みなく繰り出される攻撃に――呻いた。
「……ならば」
ヨルムンガンドの体が――緑褐色のウロコから――漆黒の光沢のある体へ頭部からあっという間に変化する。
「これならば……雷などの攻撃は意味はなさないのだよ。
はるか古のことをいつまでも繰り返す私たちではないっ!! 」
「あれは……? 」
「……待ってください。
悠。あれに「光弾」を矢状にして攻撃を仕掛けられるか? 」
ヨルムンガンドの不可解な変化に、ミーミルさんが首を傾げ――透がそれに答えるため。
僕にそんな指示を出した。
「……あ……そうか」
僕も透の言わんとしていることを理解し――銀玉鉄砲を構えた。
「光の矢……拡散っ!! 」
僕は一本の光の矢を放った。
それは一気に無数の「光の矢」へと分かれていく。
威力は落ちるけど――それはそれで構わない。
ヨルムンガンドの変化をわかればそれでいい。
それは――ヨルムンガンドの漆黒の肌にぶつかると――その弾力から勢いよく跳ね返されていく。
「何だァ? 」
サクソが不思議そうに素っ頓狂な声を上げた。
「……あれは「ゴム」だ」
透が呟いた。
「ごむ……? 何だ、それは? 」
「植物を傷つけるなどから得られる樹脂で作る弾力性のある物質のことですが……雷などの電気を遮る性質も持っています。
ウルズは相当の勉強家と見える。
これはミズガルズの技術ですが、それを知ってヨルムンガンドの体に応用したんでしょう。実際にあれは「ゴム状」のものとは思いますが、同等の性質を備えていると思います」
「……はは。さすが透。僕はそこまで考えなかったけど……でもあれが「ゴム状」のものなら……」
僕は透の博学ぶりに素直に感心しながら――ある考えを思いついていた。
「ああ。たぶん俺もお前と同じことを考えていた。
おそらく……ヨルムンガンドの防御力が幾分でもこれで落ちたはずだ。
「電気」に対する「耐性」は付けることは出来ても、その分、他の攻撃に対する「防御」をいくらかでも犠牲にしているはず」
僕は透に頷いた。
「ヴェルダンディさんを救出する」
ここで僕は――「アーサー」さんから預かった「スレイプニル」を初めて手にした。
僕と透の会話を聞いていたミーミルさんが――どこか満足げに微笑んで。
「ならば我らがウルズとヨルムンガンドの気を引きつけよう。
その間にお前たちはヨルムンガンドの背後にはりつけ」
「……はい」
僕と透はミーミルさんにほとんど同時に頷いた。
ミーミルさんがクヴァシルさんたちに指示を与えている間に、透が僕に最終的な打ち合わせを話してきた。
「俺がウルズの正面に付ける。お前とエイルさんでヴェルダンディさん側に向かえ。
また元のウロコ状に戻られても厄介だからな」
「うん」
「私もわかったわ」
僕とエイルが透に返事をする。
「ミスト。お前はウルズのかく乱を頼む。いつぞやあいつに褒められていたからな」
「任せて」
ミストさんも透の作戦に同意した。
そして僕らは一斉に動いた。
◆◆◆
「母様ぁ――っ!! 」
カーラが意識のないヴェルダンディさんに叫んでいる。
「スクルドさんっ!! 」
僕はゲキに乗る二人に近づき、透の作戦を話して聞かせた。
「わかった。私たちもミーミルさんに協力しよう。姉様を頼む、ユウ」
「はい」
「ユウ、母様を助けてっ!! 」
「約束したじゃないか。大丈夫……待っていて」
僕はそう話し、カーラを安心させる。いや。させようとしていた。
「……ユウっ!! 」
カーラがヨルグに飛び移ってくる。
「危ないよ。それに三人は……」
僕がカーラを押し止めようとする。
「違うの……ごめんね」
急にそんな事を話して――切なそうな顔をして。
カーラは――僕の唇を自分の唇で――キスをした。
「……か……カーラ……」
「ごめんなさい……エイル姉様に十五歳になったらって約束してたけど……私もユウの「ノルン」になりたい……ユウの役にたちたいの。だから……」
呆然としていた僕に、カーラは俯いたままそんな言い訳を――話した。
「……何かしたの……カーラ? 」
エイルが不思議そうに――首を傾げながら――カーラを見ている。
ありがとうエイル。君は最高の僕の「恋人」だ――。
「エイル姉様……」
「カーラは自分もヴェルダンディさんを助けたくてここまで来たんだよね。
大丈夫。必ず、ヴェルダンディさんは助け出す。
君はスクルドさんに協力して……頼むよ」
「ユウ……わかった。お願い」
「うん。必ずっ!! 」
カーラはゲキに戻り――ミーミルさんたちに合流していった。
「ありがとう……エイル」
「今回だけ、特別」
「……うん」
エイルは僕の後ろで肩を竦める。
僕は笑顔でエイルを見つめた。
「行こうか」
「はい」
僕とエイルを乗せたヨルグが、透とミストさんに追いつき――作戦を開始した。
◆◆◆
ゲンヴォルさん、ゲイルさん、ルイーズさんの三人で直接ヨルムンガンドの体に攻撃を加える。
クヴァシルさんたち「ヴァナヘイム」の翼竜部隊は、細かい攻撃を加えつつ、ヨルムンガンドの気を僕らから逸らせる。
ミーミルさん、サクソ、ブリュンヒルドさんたちは大技を繰り出して、攻撃の強弱を使い分け
ながら――ウルズに揺さぶりをかけていく。
案の定――ウルズは僕らから気を逸らしていたその時。
透がフェンリルに乗って、ウルズへ直接攻撃を加えていく。
ここにミストさんの幻術も加わり――透の姿はウルズから見え隠れしながら自在に棒を操って攻撃を仕掛けた。
「うるさいやつらだ……」
ウルズの精神は――今透たちによって、最高にイラついていることだろう。
僕らはこの隙をついて――ヨルムンガンドの背後に捕まっているヴェルダンディさんに近づき――そのまま体に取り付いた。
「ヴェルダンディさん、ヴェルダンディさんっ!! 」
「ヴェルダンディ姉様っ!! 」
僕とエイルは――意識のないヴェルダンディさんに呼びかける。
そして――ヴェルダンディさんは――ようやくうっすらと両目を開けた。
面立ちがカーラによく似ている。僕はそんなことを思っていた。
「……エイル?……この少年は……? 」
元気はないけれど。ヴェルダンディさんはエイルに話しかけた。
「……あなたの娘。カーラの「エインヘリヤル」……ユウです」
僕のことを、エイルはヴェルダンディさんにそう――紹介した。
「……あなたが……カーラの?」
「あ……はい」
僕は思わず緊張してしまう。
「そう……カーラは……素敵な「運命の人」に出会えたのね。よかった……」
ヴェルダンディさんは僕にそう言って微笑んだ。
その笑みが――スクルドさんそっくりで――。
「あなたを助けに来たんです。少し痛いかもしれませんが……ちょっと我慢していてくださいね」
僕が「スレイプニル」を鞘から抜いた。
「……それは……スレイプ……ニル」
「アーサーさんから預かったんです。あなたを助けてほしいと。だから……今助けます」
「……そう。アーサーがあなたに……そう」
ヴェルダンディさんは嬉しそうに何度も繰り返す。
僕は――ヴェルダンディさんが埋もれているゴム状の肌に剣を突き立てる。
ぐじゅりと耳障りな音がしたが、気にしている暇もない。
でも思った通り。あのウロコより、ずっと楽に切り出せる。
僕は一気に剣をヴェルダンディさんの周辺を切り取るように動かいていく。
「大丈夫、ユウ……?私も……」
「大丈夫。君はヴェルダンディさんを見ていてあげて……」
「うん……」
僕を心配するエイル。
僕はエイルに笑いかけて――すぐに作業を再開した。
「もう少しです」
僕が「スレイプニル」でヴェルダンディさんの周りを切り離し――ヴェルダンディさんの体をヨルムンガンドから引き抜くメドがつくと――そう思っていた。
完全に埋もれていたヴェルダンディさんの体が見えた時――僕とエイルは言葉を失った。
「ごめんなさい……私の体の下半身と左腕は……「もうない」の。
ヨルムンガンドの攻撃でね……ウルズは無理矢理私をヨルムンガンドに埋め込んで……生かしているだけなのよ」
ヴェルダンディさんの言葉の通り――その体はヨルムンガンドと直接繋がり――とても切り離せる状態ではなかった。
切り離したら――その場でヴェルダンディさんの命は尽きてしまうだろう。
「ありがとう……ユウ、エイル。私はもう長くないのよ。
ドーマルディも……彼は大丈夫だったのかしら? 」
「……ええ。ここへ来る前にガルフピッケンでドーマルディさんを見つけて……今頃「ヴァナヘイム」の軍に保護されて治療を受けている頃でしょう。心配はありません」
「そう……よかった……」
エイルの――「嘘」に、ヴェルダンディさんは安堵のため息をついた。
「そうだ……ユウ。私にアーサーの「スレイプニル」を触らせてくれないかしら? 」
僕の手は――さっきから震えが止まらない。
でも僕は精一杯笑いながら。
「はい」
と答えた。
「ありがとう……」
自由になった右手に、アーサーさんの「スレイプニル」を握らせてあげる。
「彼は……すばらしい後継者を見つけていたのね……よかった」
ヴェルダンディさんは――嬉しそうに微笑んでいた。
「そうだ、ユウ、エイル……少し話すのが辛いの……私に顔を近づけて……」
僕とエイルはヴェルダンディさんに顔を近づけて――。
そこでヴェルダンディさんは僕たちに――優しく微笑んで――こう言った。
「ありがとう二人共。いい恋人同士になってね」
気がついていたのか――ヴェルダンディさんは――。
そしてヴェルダンディさんが――「スレイプニル」をヨルムンガンドの肌に思いっきり突き刺し――自分の最後の力を振り絞って――雷を送り込む。
『なにをしてるかぁぁっ!! 』
またウルズではない――あの声が聞こえて。
驚く僕たちを、ヴェルダンディさんは自分の力である「風」の魔術で吹き飛ばす。
僕とエイル突然の事に、ヨルムンガンドの上でバランスを崩し――そのまま放り出されてしまった。
「ヴェルダンディさんっ!! 」
僕の叫びが聞こえたのか。ヴェルダンディさんは僕らに最後まで微笑んで――唇がこう動いていた。気がした。
「カーラをお願い。スクルドによろしく」――と。
ヨルグに拾われ――僕とエイルは落下を免れた。
だけど――そこに。カーラと約束した、ヴェルダンディさんの姿は――なかった。