第56話 僕たちとヨルムンガンドとの戦い
それは――長大な体をくねらせ――広大な森を蹂躙し。
大きな鎌首を空高く上げ――僕らを待ち構えていた。
僕たちが見たのは――そんな「ヨルムンガンド」の姿だった。
その頭部に角のように生えていたのが――ウルズの上半身。
すでに「ヨルムンガンド」と同化し。その一部と化してなんとか頭部に存在している。
そんな変わり果てた姿が――僕らの目に飛び込んできた。
「殲滅、拡散×十倍」
僕が銀玉鉄砲から光弾を発射する。
「乱反射」
ほぼ同時にエイルも「呪文」を唱えた。
ヨルムンガンド――という強大な敵の前で――光弾は拡散に、エイルの「乱反射」(プリズム)」で直角に、四方からその巨体の各所を狙う。
そして僕らの一番の狙いは――頭部のウルズ。
「待てっ!! 悠っ!! 」
透が叫んでる。
かなりの距離があるにも関わらず、僕のところまで聞こえたのは――ミストさんの魔術か。
透の今の位置は――僕と丁度正反対。
その視線が、ウルズの背後に向けられていた――。
まさかっ!?
「ウルズの背後に……ヴェルダンディ姉様が捕まっているわっ!! 」
ミストさんの声を「拾った」エイルが僕に伝える。
「ヴェルキュリア」たちには遠くの音を意識的に聞き取れる力があることは知っているけど――。
「消滅ぅっ!! 」
ウルズへ狙っていた光弾のすべてを――僕は消滅させた。
「ヨルグ、ヨルムンガンドの背後に回り込めっ!! 」
「ワギャウ」
僕の指示に、ヨルグはすぐに応じた。
ヨルグのスピードは「ヴァルハラ」のワイバーンの中では一番早い。
例え――僕とエイルが乗っていても、それは変わることはない。
ヨルグが透とミストさんのいる――フェンリルとフレキの待機している場所にすぐに着くと――僕はウルズの後ろを見て、絶句した。
「ヨルムンガンド」のウロコに埋もれるように。
カーラによく似た女性が意識を失ったまま――上半身だけを露出した状態で捕らえられていた。
「あれが……ヴェルダンディさん……」
「あははははははははっ!! 甘いな……どこまでも甘いな……「エインヘリヤル」っ!! 」
高らかな笑い声を上げたのは――頭部に突き出しているウルズ。
「母様ぁぁっ!! 」
カーラの叫び声が聞こえる。
「カーラぁぁ。お前も父さんに逆らうなら母様のようになるぞ。
早く、お前の「エインヘリヤル」に、「アースガルズ」への道を開かせなさいっ!! 」
ウルズの態度に――僕たちの怒りは一気に跳ね上がる。
でも――僕の攻撃はすべてヨルムンガンドのウロコに弾かれた。
この化物に――どうすれば対抗出来るんだっ!?
「うぉぉぉぉぉっ!! 」
透が叫ぶ。
手にした棒は――三倍以上の長さへと変化した。
「フェンリルっ!! 」
透の声に応えて、フェンリルの姿がその場から消えた。
「うおりゃぁぁぁっ!!! 」
透がヨルムンガンドの体を分断するように、ヴェルダンディさんが捕まっている直接の下部辺りに振り上げた棒の狙いを定めた。
「……本当に甘い」
ウルズが透に振り向くと――ヨルムンガンドはその口を大きく開いて透を飲み込もうと迫った。
フェンリルの機転でその攻撃から避ける――が、透の攻撃は未遂に終わる。
「逃すか」
ヨルムンガンドのウロコがぼこぼこと波打つと――漆黒の突起物が無数に現れ――それが僕らに向けて放たれた。
「させるかっ!! 」
ウェインさんが僕ら全員に間一髪で「結界」を張ってくれたおかげで、その攻撃から僕らは守られる。
「……これじゃ……容易に近づけない」
そう――透が吐き捨てた。
「ウェインっ!! ヴェルダンディに「結界」をはってくれ!! 」
ブリュンヒルドさんの声がウェインさんに飛んだ。
「……わかったっ!! 」
ウェインさんがブリュンヒルドさんの要請に応えて、ヴェルダンディさんの周りに結界をはりめぐらせる。
「爆炎雷っ!! 」
ブリュンヒルドさんが、ヨルムンガンドの全身を炎で覆い尽くすだけの大技を繰り出す。
炎がまるで雷でも纏っているかのように、スパークしながらしばらく燃え上がっていたが――ブリュンヒルドさんに向けていくつもの槍のような突起物が飛来し、それをブリュンヒルドさんが避けたと同時に、炎はかき消え――ヨルムンガンドは何事もなかったかのように再び姿を現した。
「トオルっ!! 」
ゲイルさんが叫ぶ。
「悠。援護を頼む」
「うん」
僕にそう言い残して。
透がゲイルさん、ゲンヴォルさんがそれぞれ乗るワイバーンの近くへとフェンリルを差し向けた。
「殲滅、拡散×十倍っ!! 」
先ほどと同じ攻撃を僕は繰り返す。
「乱反射」
エイルも僕に合わせて再度「乱反射」の攻撃を仕掛けてくれた。
この隙に透たちは、光弾の合間を縫って――ウルズへと迫っていく。
ウルズは何事もなかったかのように、僕の攻撃を受け流している。
「うぉぉぉっ!! 」
まずはゲンヴォルさんがウルズへと剣に炎を纏わせ――それを数倍に伸ばした状態で迫った。
「……単調な……」
だが今度は反対側からゲイルさんが槍を同様に数倍に伸ばして、ウルズへの同時攻撃を仕掛けた。
ウルズはそれに対して両腕を左右に伸ばし――ゲンヴォルさん、ゲイルさんにかまいたちを繰り出すことで牽制をかける。
二人が避ける間に――今度は透が真正面からウルズさんへと棒を突き出し――その腹へと直接に突き刺した。
ウルズは上半身は素肌の状態。
この攻撃に――それでもその笑みは崩れない。
「ほう……これはフェンリルだったか。フェンリルを扱うなら……貴様も捕らえるに値する「エインヘリヤル」だったのだな」
まるで効かない攻撃。ウルズは笑みを浮かべたまま――両の腕で透を掴もうとした。
透は驚いたけど。僕の光弾がウルズに迫り隙を作る間に――透は棒を引き抜き、フェンリルはウルズから飛び退いた。
「ウルズぅぅぅぅっ!!! 」
そんな透を掠めるように――ウルズに向かう者がいた。
「サクソぉっ!! 」
右手の剣をウルズに眉間に叩き込んだ者――サクソはすぐに右手の義手をウルズの埋まっているヨルムンガンドとの付け根に叩きつけた。
「雷炎っ!! 」
一瞬でウルズが放電と爆炎の柱に包まれた。
「がぁぁぁっ!! 」
効いているっ!! ウルズが思わず叫び声を上げていた。
「今だ、ミーミルさんよぉっ!! 」
サクソは自分の乗ってきたリンドブルムに飛び移る。
「雷の神トールよっ!!我にその力を貸せっ!! その威力を持ちて、宿敵を倒さんっ!! 」
ミーミルさんのよく通る声が僕の耳にも届いた。
稲妻が僕たちの間を駆け抜け――。一直線にヨルムンガンドの頭へと向かっていく。
『ぎゃぁぁぁぁぁっっ!!! 』
それはウルズではない声――が聞こえる。
ミーミルさんが放った雷の攻撃は、ヨルムンガンドの口の中へと直撃した。
一気にヨルムンガンドの頭部が燃え上がる。
「……攻撃が……効いている? 」
僕が苦しむヨルムンガンドとウルズを見て――唖然となる。
「先に行きおってっ!! 時々は年長者の言うことも聞かんか……青二才どもめっ!! 」
ミーミルさんがご立腹状態で――僕と透に頭ごなしに怒鳴りつけた。
この間に「ヴァナヘイム」の翼竜部隊が追いついて――ヨルムンガンドに攻撃を仕掛け始めた。
「いいかっ!! ヨルムンガンドが「アースガルズ」の半分を焦土に化したという話には続きがある。
それを食い止めたのが、「雷神トール」という神だ。
ヨルムンガンドの体に雷を叩き込み、その力を弱めている間に、「オーディン」がやつの魂を抜き取ったのだ。
やつの体は雷に関して「耐性」が低い。
そして今のやつの「魂」を持っているのが「ウルズ」だとすれば……それをサクソに伝え……やつにウルズを攻撃させ、私が直接ヨルムンガンドに雷で攻撃したのだ。
やはり思った通りダメージを与えている。
先走りよって……どうだ。私たちが来て助かっただろうがっ!? 」
「すみません」
と僕と透はミーミルさんに頭を下げ――深々を謝った。
「「ヘイムダル」の連中はっ!? 」
ミーミルさんの怒りはブリュンヒルドさんたちにまで及ぶ。
苦笑いでブリュンヒルドさんたちも僕らと一緒に謝った。
「まったく……ここから反撃に行くぞ」
ミーミルさんが険しい顔のまま――僕らを見据えた。
僕らはミーミルさんに頷く。
僕らの反撃が始まる。