第54話 僕たちとヴェルダンディさんの「告白」
子供の頃から――何でも出来る兄に憧れていた。
いつしか憧れは――恋心へと変わっていたことに私は――気がついていた。
ある時、兄は言った。
「僕には未来を見る力があるんだ」と。
「僕たちは……愛し合うために生まれてきたんだよ。ヴェルダンディ」
ああ。兄も私を愛してくれているのだ。
兄のこの一言で、私は――すべてを捨てられる決心がついた。
血の繋がった兄妹でも。私たちには関係ないことだと。
でも。世界は私たちにはどこまでも冷たかった。
優秀な兄は――その存在とその血を残すことを要求され、私は一族の存続のために、「神の巫女」となることを要求された。
そう。それは仕方のないことだと諦め始めた頃だった。
兄は言った。
「このままではお前は別の男のモノになる。
「エインヘリヤル」の「ノルン」になる運命にあるんだ。
許せない。お前は私のモノなのだ。私の愛するヴェルダンディなんだっ!! 」
私は兄のこの言葉で――死ねると思った。
これほど最愛の人に愛されて――私は最高に幸せな者なのだと。それだけでいい。と。
でも――兄は「納得」はしなかった。
長老たちに反抗し――塔へと監禁され――人目を偲んで会いに行った私に――兄はこう言ったのだ。
「見つけたんだ……ヴェルダンディ。
私は、お前と永遠に別れないで済む方法を見つけたんだ……。
エルフ族はね。元々こんな男女の比率がおかしかったわけじゃない。
すべては神々の王……「オーディン」によって仕組まれた「呪い」なんだよ。
私は「オーディン」を殺す。そして世界を元に戻す。
そしてお前と永遠に共にいられる世界を作る。
その方法が……わかったんだよ、ヴェルダンディ。
「オーディン」を殺し……「世界」を作り変えることが出来る力。
その力……「ヨルムンガンド」と「フェンリル」を手に入れる。
「ヨルムンガンド」の力は「ユグドラシル」の最下層の世界「ウートガルズ」に封印されている。
それを手に入れたら、「ヴァナヘイム」の世界に封印されている「フェンリル」を手に入れ、「エインヘリヤル」の力を使い「アースガルズ」へ行き、「オーディン」を殺す。
私にはそれが出来る。お前さえ傍にいてくれれば……私には出来る。
しばらく寂しい想いをさせるが……私に協力しておくれ。ヴェルダンディ。
すべてはお前と私の世界を手に入れるために……」
そして私はあの塔に閉じ込められた兄を逃がした――。
そして私は「アーサー」と出会った。
私の運命の人「エインヘリヤル」の「アーサー」。彼はスクルドを愛していた。
それはそれでもよかった。この戦いさえ終われば、スクルドも「アーサー」と結ばれることが出来るのだから。
でも――彼の優しさと正義の心に触れて。
兄、ウルズの考えがどんなに危ういものかということを思い知った。
そしてそれを信じていた私の愚かさも――知った。
でもすぐには認めたくなくて。ウルズが間違っていると信じたくなくて。
そんな時に――ウルズが現れた。
ウルズは――やはり危うい考えを持ち得たまま――邪悪な力を手に入れてしまっていた。
いや。手に入れる方法を知ってしまっていた――。
そして私を迎えに来たのだ。
でもその時なら――まだ間に合うと思っていた。
それは「アーサー」がいたから。彼なら。私と共にウルズを止めることが出来るのだと。
でも――彼はウルズに殺された。
愛するスクルドを護るために――ウルズの罠に嵌った。
私を他の男のモノにしないために――ウルズに殺されたのだ。
私は何も出来ずに、悲しむスクルドを見ていられなかった。
見ていられなかったから。私の罪を許して欲しくて――私はウルズの後を追った。
それもウルズはすべて見抜いていて――私を捕らえて閉じ込めて。
「ヨルムンガンド」の力を手に入れるために、私をウートガルザの願い通りに差し出すほど――すでにウルズの心は私の知る兄ではなくなっていた。
でもサクソ、ドーマルディはウートガルザとの間に出来た子供ではない。
ウルズとの子供に間違いない。
二人が「ディックエルフ」の特徴を備えていたのは――ウルズの体がすでに「ヨルムンガンド」の力に同化し始めていたから。
それでも。私が傍にいることで、いつかあの「ウルズ」に戻ってくれるのではないか。
そんな想いを持ち続けていた。でもそんなものは無駄だと悟ったのは――いつだったか?
もうあの人があの「ウルズ」に戻ることはない。
私はあの時に――「アーサー」と共に、あの人を殺すべきだったのだ。
私が迷ったばかりに――スクルドすら苦しめてしまった。
もうすべてを終わりにしよう。
私がすべてを終わらせる――あの人との血と共に――この世界からあの人の犯した罪すらも。
それが私の――最後の戦い。
◆◆◆
「ああ……これは」
ドーマルディの声でヴェルダンディは我に返った。
ニーズヘッグに乗り、王都ガルフピッケンの方角へ向かうドーマルディの視界に、王都の上空が深夜の暗闇にも関わらず――赤々と輝いているのが見えた。
「遅かったようね」
ヴェルダンディが冷静に呟く。
それは王都が広範囲に渡り――燃え上がっている業火の光だった。
「あれはすべて父さんが……!? 」
「ええ。きっとそう……もうスリュム陛下も無事ではないかもしれないわ」
まるですべてを知っていたかのような母の落ち着きぶりに、ドーマルディは訝しんだが、ここでそれをこだわっても仕方がなかった。
「僕たちに倒せるでしょうか? 」
「大変かもしれないけど、出来ないことじゃないわ。父さんの強さを知るあなたなら。
それに今の父さんを倒すことが出来たのなら……この国を治めるのはあなたなのだから」
「はい……母様」
母が自分に期待を寄せている。
ヴェルダンディが自分を必要としている――その想いが今のドーマルディを奮い立たせている。
「行きましょう」
「ええっ!! 」
臆することなく――二人は真紅の輝きに彩られたガルフピッケンに向かった。
◆◆◆
その日の早朝に、僕たちは「ヴァルハラ」を飛び立った。
この戦いにはアルヴィドさんも「戦士」として同行し、「ヴァナヘイム」の「翼竜部隊」、五百十騎も全員いる。
僕とエイルがヨルグに乗り、スクルドさんとカーラがゲキに乗っていた。
透はフェンリルに、ミストさんがフレキに乗り――僕たちと一緒に部隊の先頭を飛んでいた。
まずは「ヴァナヘイム」へと向かい、そこから地上と空の部隊に分かれて「ウートガルズ」へ攻め入る策を取ることになっていた僕たちへ――まず先発で「ヴァナヘイム」に伝令に向かっていたヴァフさんが、超高速でリンドブルムをすっ飛ばして僕たちのところへやってきた。
「どうした、ヴァフっ!? 」
ぜぇぜぇと呼吸の荒いヴァフさんに、クヴァシルさんが驚いたように声を上げた。
「ミーミル様。ヘーニル様よりの連絡です」
あれだけフレンドリーなヴァフさんがミーミルさんに「様」つけで呼ぶとき。
それはあらたまった場所か――緊急時のみ。そう教えてくれていた。
今は――後者。
「何があった!? 」
ミーミルさんの声もどこか緊張している。
「先発隊として向かった部隊から「ウートガルズ」の様子が変だと。
まるで応戦してくる気配もなく……その様子からどうも「王都ガルフピッケン」で大変なことがあったらしい……との捕まえた「ウートガルズ」軍の兵士から聞き出したと。
何があったのかまではわからないのですが……」
ミーミルさんがアルヴィドさんに振り返る。
アルヴィドさんは首を左右に振る。「オーディン」からの「神託」はない。
「……すまない、アルヴィド。こんな時にそなたに頼るのも申し訳ないな。
だが……これを好機と見るか……非常事態と見るか……」
「……父さんが何かやらかしたんじゃないの? 」
サクソが――口を開いた。
「ウルズ……が? 」
「あの人が「あれぐらい」で終わるはずもないことぐらい、あんただってわかってただろうに。ミーミルさん。
なら……そう考えてもおかしくないんじゃない? 」
サクソに言われて――ミーミルさんが考え込んだ。
「考えても仕方がないですよ、ミーミルさん。俺たちは行きます」
透が力強くミーミルさんに進言した。
「僕も透に同じ考えです。
「ヴァナヘイム」の皆さんは「ウートガルズ」の外で待機していてください。
まずは僕らがその「ガルフピッケン」に向かってみますから」
僕もミーミルさんにそう言った。
「ヴァナヘイム」は国のほとんどの戦力を僕らに貸してくれている。
出来ればほとんど無傷で、この戦いを終わらせたぐらいなのに。
こんな危険に付き合わせることは出来ない――それが僕らの考えだった。
「バカを言うなっ!! ここまで来てそんなことが出来るか!! これは我らの戦いでもあると何度も言っただろう……。
サクソの考えが妙に現実味があって、どう戦おうかと悩んでいただけだ。
仕方ない。ヴァフ。「ヴァナヘイム」からの進軍はしばし待てとヘーニルに伝えてくれ。
我らが「ガルフピッケン」に向かう。
その後、その状態を見て……地上から攻め入るかを判断する……と」
「それで……よろしいのですか? 」
「よろしいも何も……敵の状態がわからぬままでは、こちらも手のうちようがない。
だが、「ウートガルズ」の外で待機はしておけ……と」
「承知いたしました」
「疲れているだろうが……頼む」
「これぐらい。何でもないですよ」
ヴェフさんはミーミルさんに笑うと、その後に僕らを見て
「頑張れよ」
と一言残し――「ヴァナヘイム」へと向かった。
「では……我らはこのまま向かうとしよう……」
そう言った――ミーミルさんの表情が冴えない。
どうもサクソの言葉がひっかかっているみたいだ。
「ウルズが何かをやらかした」と。
「……謀反でも起こしたか……それならば、指揮系統が機能しなくなり「ウートガルズ」の末端の部隊も混乱したことも頷けるが……」
「ウルズの最終目的が「神」になることでしたっけ? 」
僕はスクルドさんの言葉を思い出し――ミーミルさんの言葉に付け足した。
「ああ。「神」になると世迷言を本気で口にするような男なら……それぐらいで済まないような気がしてならぬ。
どうも胸騒ぎがしてならぬ……」
それは僕らも同じだ――。それでも。
「それでもユウたちは行くのだろう? 」
「はい」
僕たちの決意を知るミーミルさんは――嘆息した。
「このまま「ウートガルズ」へと向かうっ!! 行くぞっ!! 」
ミーミルさんの号令の元。
僕たちはそのまま進路を「ウートガルズ」へと向けた。