第53話 僕たちと「ヨルムンガンド」
あっと言う間に――明日には「ウートガルズ」に向かう時をむかえてしまう――。
「ここにいたのか、ユウ」
ウェインさんとルイーズさんが、竜舎の前に立っていた僕のところへ揃ってやってきた。
「ウェインさん……ルイーズさん」
「……探したわ」
「すみません……少し考え事を……」
僕が俯き加減に二人に話した。
「……明日だからね……」
ウェインさんがそんなことを口にする。
「……はい」
僕は隠すことなく二人に頷いてみせた。
「君に渡したいものがあってね」
と、突然ウェインさんが腰に下げていた「自衛用」の剣をベルトから外してる。
「何……しているんですかっ!? 」
僕が驚いて見ていると、ウェインさんは笑顔で僕にその剣を差し出した。
「……これ……って。確か……」
忘れていたけど。前にヨルグに乗っていて――出会った不思議なエルフ族の男の人から渡された剣とよく似てる――ってか同じだ。
「見たことあるって顔をしているね」
「あ……いや。なんと言っていいか……」
「スクルドから話は聞いている。なんか不思議なエルフの男性に会ったらしいね」
「はい。たぶん……夢を見ていたんだと思うんですけど……」
僕は戸惑いながら、そんな風にウェインさんに話すしか――ない。
でも僕の話を、ウェインさんは笑顔で聞いてくれている。
「その男性は……たぶん「アーサー」なんだよ」
「……は? 」
え? それはどういう……。
「僕らと一緒にここへ来たようだ。
君に一番に会いたがっていたらしい。スクルドがその後に「アーサー」と出会って話をしている。君にこの剣を渡したとも……話したそうだ」
「あ、はい。確かに……。でもあの時の剣は……」
「これだよ。僕が「アーサー」の形見として持っていたものだ。
「アーサー」が君に渡したというなら……これは君のモノになる。
この剣の名は「スレイプニル」。
その時の「ヴォルヴァ」の神託によって、「オーディン」から「アーサー」に送られたものだ。
どうやら彼の「魂」は、この剣の中にあったようなんだ。
だからこそ、彼の気持ちと共に受け取ってもらえないか……ユウ」
「……でも何故、僕に……」
僕は驚くことしか出来なかった。
あの人が「アーサー」さんだというなら――何故「僕」なのだろうか?
「たぶんね。あなたの「ノルン」にスクルドとカーラが選ばれたからじゃなかしら?
二人を守って欲しいという意味も込めて、この剣をあなたに託したと思うんだけど」
ルイーズさんがそう言って――僕ははっとした。
「はい。その男性もスクルドさんとカーラをよろしく頼むと。
二人を信じてほしいとも言いました」
「なら……それは間違いないよ」
ウェインさんは笑いながら、僕にその剣を握らせた。
「僕からも二人を頼むよ。堅苦しく考える必要はないけど。
僕らも君たちに全力で協力するから」
「……ありがとうございます、ウェインさん、ルイーズさん」
僕は――二人に頭を下げた。
二人は黙って――僕に微笑んでいた。
「でも……「オーディン」から授けられた力。どういうものかもわからないんでしょ? 」
思い出したように、ルイーズさんが尋ねてきた。
「はい。「目覚める者 (ヴァク)」というのが僕の力だったんですけど。
それ以上は何も伝わってくることはなかったし……」
「……ミーミルさんじゃないけど。
この際「使えるモノは使う」の精神で考えていた方がいいだろうな。
あの「神」が考えることなんて、僕らが考えつかないところにあるのだろうから。
気に病んでも仕方ないということだね」
「そうですね」
僕は苦笑いをウェインさんに見せ、頷いた。
「あ……ここにいたんですね、コハルさん」
ロタさんが僕らを見つけて、こちらへ息を切らせながら走ってきた。
「パパもここにいたのね」
え? ロタさん――今ウェインさんのこと――なんて言った?
「ママはどうした、ロタ? 」
はい? これは――俗に言う「父娘」という関係なのでしょうか――このおふたりは?
「あら……ユウは知らなかったの? ロタはウェインとヘリヤの娘なのよ」
「……そう……なんですかぁ!? 」
ルイーズさんに言われて――僕は――呆然と聞くしかない。
そんなこと全然聞いてないし――。
「すみません、コハルさん……まさかパパとママがここに来ることになるなんて思いもしなかったから……」
恥ずかしそうに――ロタさんが僕に言った。
「何だかロタはずいぶんユウに気があるみたいだから……僕からはユウにロタのことをよろしく頼もうかな」
あははと笑いながらウェインさん。
いや――冗談になってないです――ウェインさん。
「もうぉ……パパったらっ!! コハルさんが迷惑でしょっ!! 」
顔を真っ赤に、頬を膨らませて――ロタさんがウェインさんに怒ってる。
僕は――これ以上何を言っていいかわからないし。
「人気あるわねぇ、ユウ。さすが「コハルハーレム」の主だわ」
「……その表現はやめてください……」
本当にやめてください――ルイーズさん。お願いです。
そして僕は竜舎に視線を移した――その先に。笑顔のエイルが立っていた。
◆◆◆
ウルズは体の回復を待って――「それ」を実行に移した。
「我が呪われし左腕に宿りし「地上を覆う蛇」の魂よ。
地上に横たわり、己の頭とその尾を今こそ切り離し、我の声に応え……その闇に埋もれし偉大なる力を解き放ち給え。その寄り代を我とし、ここに移り、その巨なる力を振るい給え。
今こそ、その呪いをその恨みを解き放ち、汝と我の想いを遂げるとき。
さぁ……我と共に参ろう。「ヨルムンガンド」よっ!! 」
ひんやりと冷たい夜の静寂に包まれた部屋の中に、朗々と響くウルズの声。
その声に呼応し、左腕が青白く――仄かな輝きに包まれ――徐々にその輝きは眩さを増していく。
ウルズの閉じ込められている建物は、「ウートガルズ」でも――果ての「ゲルギャの森」のある寂れた塔の最上階だった。
この塔を護る――というよりは、ウルズの逃亡を阻止するために、塔の周辺には五百は下らない王直属の軍が構えていた。
だが――その最上階から突如、昼間を思わせるほどの眩い輝きが漏れたかと兵士たちが視線を向けた直後に――塔の最上階は爆発し、大崩落を開始した。
巨大な石作の建物の破片から逃げ惑う王直属の兵士たちは――その眼前に広がる――異様な景色を目の当たりにし。本能から命ずる危険を悟ることになる。
しかし彼らがこの正体を見定めた時はすでに――その四肢は、巨大な生物によって押し潰された後のことになってしまった。
崩壊した建物の破片に交じる夥しい屍。その中に――ウルズは笑顔で立っていた。
黄金の双眸は、すでに「ウルズ」のものではない。
左手の義手は――彼の左肩からは「それ」の体色へと変化を起こし、ずるずると地上を引きずりながら「彼」と「それ」は歩みを進めていた。
『この体は小さくてなんともノロいな……』
「申し訳がない。エルフとはいえ、「あなた」からしてみたら、単なる石ころにしか過ぎないものだろうなぁ」
『まぁいい。「お前」は私を解き放った者だ。その言葉に従ってやろう。
さて。次はどうしたいんだ「ウルズ」』
ウルズは一人で会話を続けていく。
しかし声は二人。ウルズの声と、もっと年齢の低い――青年の声。
「ウルズ」と「それ」――「ヨルムンガンド」という存在の声。
「ではこの国の「王」を殺しに行こう。
「あなた」を閉じ込めたことに協力した卑しい者の一人だ」
『それは殺しておかねばなるまい。
場所を教えろ。すぐに連れて行ってやる』
「そうか。頼むよ……」
そしてその場から――「ウルズ」の姿が消えた。
◆◆◆
ヴェルダンディが閉じていた瞳を開けた。
横長のソファに横たわるドーマルディの頭をその膝に乗せ――彼の髪を優しく撫でていた――そんな時だった。
「どうしました……母様」
「……ドーマルディ。父さんが動き出したわ」
「え……本当ですか? 」
「ええ。用意しましょう。きっと陛下を狙いに行くわ……」
「……はい」
待っていたかのように。冷静に話すヴェルダンディの姿に、ドーマルディは驚き――だが狼狽えることなくそれに従った。
この父を倒さねば、ヴェルダンディは手に入らないのだから――。
ヴェルダンディはその体を――白銀の鎧に身を包んだ。
「母様……これが「ヴァルキュリア」としての、母様の本当の姿なのですね。
お美しいです……」
「ありがとう、ドーマルディ。さぁ、行きましょう」
「はい」
「ウートガルズ」に存在する「ヴァルキュルア」の姿は――異質なものにドーマルディの目には映っていた。
だからこその――崇高な美しさは健在している。
そして決意を固めると――母ヴェルダンディの後に続き、部屋を出て行った。