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第51話 僕たちと「決めるのは君だ」

「父さんっ!? どうしたの、父さんっ!!? 」

 自分の研究室に倒れていたウルズをドーマルディが発見したのは、ウルズが研究室に篭った三日目の朝だった。

 まるで応答のない父を心配し、思い切ってドーマルディが研究室の扉を開けた――その先にウルズが倒れていた。



 その時は酷く衰弱し――まる二日間と言わず、それ以上にわたって何も飲まず食わずで放置されたかの

ような――そんな衰弱振りだった。

 もう少し発見が遅れれば、死んでいただろう。それほど危険な状態でのことだった。



 父が何の研究を行っていたか――こういうことは一切ドーマルディに話すことはない。

 だが今までになく――父は何かにとり憑かれたように、このところの熱心さは尋常ではない。

 左腕の義手の力を試したいこともあるのだろう。だが――限度を超えている。



 一体何の研究をしていたというのだろうか?

 ウルズ不在の今、ドーマルディは父の研究室をしらみ潰しに当たってみたが――何の手がかりも見つけることは出来なかった。

 研究の痕跡すら見つけることが出来ない。



 導き出される答え――これは「研究」ではなく、何かの「術」の行使をしていた?

 


 実験でも、それなりに「成果を記録する」ということをするものだ。

 それすらもない。ならば――すでにそれは「形」となっており、ウルズはそれを「実験」ではなく「使用」段階に移っていたのではないだろうか?

 それならば――「一体何のために?」




◆◆◆




 一週間。ウルズは昏睡し、ようやく目を覚ましたと侍女から報告を受けたが――まだ、精神が錯乱している兆候は見られる――という医師の報告も付け加えられていた。

「精神錯乱……? 」

 それほどまでに、精神力を使うほどの術とは? 

 そうではないのかもしれないが――。

 ウルズの行動には、ドーマルディにも不可解な部分が多すぎた。



 すぐには父、ウルズの元には訪れず、ドーマルディはある場所へと向かった。



 西の塔。

 母、ヴェルダンディが閉じ込められている場所。

 


 父が研究室に篭ってから、ドーマルディはウルズの目を盗んで、ここに通い始めた。

 それにはもう一つの理由が存在している。



◆◆◆



「参りました、母様」 

「待っていたわ……ドーマルディ」

 


 スリュムのところから戻って以来。

 母、ヴェルダンディが別人のように――自分を求めるようになっていた。

 いや。「くれるようになった」。

 ここではすでに「母子」の関係は崩壊している――。



「すみません……すぐに来られなくて……」

「いいの。でも……すごく寂しかった」

 縋るような母の態度。

 ずっと慕い続けたヴェルダンディの――その美しい姿に、ドーマルディの抑制は効くはずもなかった。

 


「ウルズ父さんの目が覚めたようです。まだ、精神に混乱をきたしている様子ですが……」

「いいわ、あんな人のことなんて……」

 母からすれば、自分の地位のために――「妾」として差し出す男だ。

 恨みはすれど、「愛」を感じることはないはずだ。

 


 ドーマルディはそんな母の姿に深く同情し――ウルズに怒りすら感じ始めている。

 そんな感情もあって、ドーマルディはすぐに父の元に訪れる気にはなれなかった。



「陛下のご様子はどう……ドーマルディ? 」

「はい。すでに父さんのことは見捨てていられるご様子でした。

 母様の告発もかなり効いているようです……。

 確かにいつ裏切られるかもわかりませんからね。百年以上に渡りお仕えしたウートガルザ様も簡単に裏切るような方ですから……」

「それで? 」

「はい。母様のご提案に前向きなお考えでした。

 そして私のことをスリュム陛下直臣として迎えてくださると。

 そのためには父さん以上の知略を求められますけどね……」

 苦笑いする息子に、ヴェルダンディは微笑んだ。

「あなたなら大丈夫……ドーマルディ。私はあなたにどこまでもついて行くもの」

 直接耳朶にかかる――艶かしい声から紡ぎだされる魅惑の言葉。

 ドーマルディはゾクリと感じた。

「はい……母様」

「お願いドーマルディ……私を助けて」

「……必ず。貴女を護ります……母様」




(ウルズ……あなたの命を奪うのは……私の役目。そうでしょ? お兄様)




 ヴェルダンディは愛する息子をその胸に抱き――聖母のごとき微笑みを浮かべながらも、愛する兄へと想いをはせていた。




◆◆◆




 あれから十日が過ぎた――。

 カーラの気持ちもかなり落ち着いた。



 だけど。スクルドさんは――複雑なものがあるだろう。



 ミーミルさんは当分ウルズは何もしてこられないだろうと、話していた。

 エイルも「ミラー」の連続使用は、その術者に莫大な心身に負担を強いる術らしい。

 それを「遠隔操作」で、あれだけの精神に不可を与えた状態で放置したのだから――本当なら廃人になってもおかしくない程のダメージを与えているらしいのだ。

 ウルズはおそらくそうならないための何らか処置を施しているだろうとは、ミーミルさんも考えてはいるらしい。けど。

 


 それを聞いた僕がエイルに

「もう「ミラー」は使わないように」

 と怒ると――。

「ユウの傍で使うなら、私の力は最強だもの。

 それにほんの少しの間だけしか私は使えないわ。

 だから大丈夫なの。でも……あんなに力を行使して……ユウの方が心配なの」

 


 このやり取りを見ていた周囲は――サクソのように「けぇ――」と雄鶏のような声を上げそうな渋い表情をしていたことは――言うまでもない。



「でも……俺の存在をウルズ父さんから隠すとはね。

 これで父さんには「ヴァナヘイム」はより大きな「驚異」になったわけだ」

 肩をすくめながら、僕らの様子を覗うサクソ。

 話しかけられたミーミルさんが苦笑いを隠せない。



 ここはあの「広間」と呼ばれる場所。

 何だか居心地がいいのか――何故かみんなが集まる場所になってしまった。



「これも戦いの常套手段だ。

 敵に手の内を明かしても仕方ないのでな。

 ましてや君の父親は「狡猾かつ陰険」を絵に描いたような男だったよ。

 余計に用心して当たらねばなるまいからな。そのためにこうなった。

 お前も会いたかったのか? 」

「まさか。今更会っても仕方ない。

 前は認めてもらいたいとか、思って焦ってた時期もあったけどね。

 もうその気持ちも失せたよ。ってか、なんか哀れになってきたな……父さんも」

 そう話すサクソの視線が――どこか遠くに向けられているのをミーミルさんは見逃さなかった。

「お前はトオルによって「陽のあたる場所」を得た。

 だがお前の父親は完全に、その機会を逸してしまった典型例だろう。

 あれはもう戻すことは出来ないだろう……残念ながら」

「……そう……だろうね」



「ミーミルさん」

 僕がミーミルさんとサクソの元へと歩み寄った。

「すまないな。そちらの話は済んだのか? 」

「まぁ……そうですね」

 話という話ではないし。僕は戸惑いながら答えた。



「コハル。君たちは「ヘイムダル」と共に「ウートガルズ」へ攻め込むと言っていたが、それには我らも共に行こうと思う」

「……「ヴァナヘイム」軍も……ということですか? 」

 ミーミルさんは躊躇なく頷いた。

「「オーディン」に手を貸すのは不服だが、このまま「ウートガルズ」を放置しておくことも、「ヴァナヘイム」のためにならぬのでな。

 これは我らのためでもある。

 おそらく今は「ウートガルズ」の国内も安定はしていないだろう。

 我らへの度重なる進軍も影響を与えているはずだ。

 「トリルハイム」の横槍も今ならあるまい。

 最大の好機チャンスと言えるはずだ。

 そのつもりで私もここへ来ているのだから……遠慮はいらぬ。

 君は犠牲が出ることを懸念しているだろうが、「ウートガルズ」を――ウルズを放置することが一番犠牲を増やす原因となるだろう。

 その「根」を断ち切ることが……今は必要なのだよ、コハル」

 僕は俯き――ぐっと唇を噛み締めた。

 


 いつの間にか――透が僕の隣に来ていて――じっと僕を見つめている。

 透の言いたいことはわかる。

 君はそのために――半年という時間を費やしてきたんだから。



「……お願いいます、ミーミルさん。僕らに協力してくださいっ!! 」

 僕は――決心し――ミーミルさんに頭を下げた。

 


 僕は前に、ブリュンヒルドさんに言われていたんだ――。

「私たちは君の判断に従う。君が決めるんだ」――と。

 それはこのことだったんだと、僕は勝手に判断した。




「その言葉、待っていたぞ……ユウっ!! 」

 ミーミルさんは笑顔で――力強く頷いた。


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