第50話 僕たちと「お前、それでも父親か」
「捕縛×全力っ!! 」
僕は叫んだ。
「なっ……」
ウルズがその声を聞いて愕然とした。
倒れたはずの僕は――もういない。
「こんなリアルな「幻術」があるものかっ!! 」
僕が放った光弾がウルズの幻影に覆いかぶさっていく。
それすらも気がつかないかのように――ウルズは呆然としたまま。
「お褒めいただき……恐悦至極。ウルズ殿」
ヨルグの背に乗るエイルが――嫌味たっぷりに微笑んだ。
「……「虹光のエイル」か……その「エインヘリヤル」の「ノルン」になったことで、力を増幅したということか」
先ほどの余裕はどこへやら。気持ちいいぐらいに悔しそうな顔でエイルを睨んでる。
そしてそのエイルの後ろに――立っている僕を見つめ――ウルズはさらに驚いていた。
「こうなればっ!! 」
右手で掴んでいた――カーラを引っ張り戻そうとして――右手には何の感触もなことに気づく。
「カーラはここだ」
透がフェンリルの背に乗せたカーラを見せる。
「いつの間にっ!! まさかカーラまで「幻術」だったとっ!? 」
「その通り……兄さん」
すでに光弾の光はウルズを包む半透明の「結界」となっていた。
その結界越しに――自分のワイバーンに乗ったスクルドさんが姿を現した。
それを合図に、ウルズの周りにはミーミルさんをはじめ、「ヴァナヘイム」の勇士たちもリンドブルムに乗っている姿で現れた。
「これは……っ」
「これは「霧のミスト」の術ですよ。兄さん」
「……もう一人の「エインヘリヤル」の「ノルン」になった者か……私をここまで欺けるとは「ノルン」とは大したものだな」
「ええ」
感心したように微笑むウルズに対して、スクルドさんの表情は険しく沈んだまま。
「そなたがウルズか……」
ミーミルさんがウルズに近づく。
それをクヴァシルさんが神経を尖らせながら、ウルズが何か仕掛けてこないかと睨みつけていた。
「……確か「ヴァナヘイム」の指導者……ミーミル殿とお見受けするが? 」
変に低姿勢なウルズ。当然周りは訝しみ、警戒を怠らない。
相手は何をするかわからない闇に落ちた「魔導師」なのだ。
「手段のためには己の娘すらも道具に使うとは……ヘドが出るほど性根の腐った男だな。
貴様は……」
「お褒めに預かり光栄。あなたに私の想いなど理解出来ようはずもない。
それゆえに力ある者は、常に孤独を強いられるものですよ」
「貴様ごときの力で「神」を気取るつもりか?
私は「オーディン」は嫌いだが……貴様のようなやつに同列扱いされることには同情を感じる。それではあまりに「オーディン」に失礼だろうな」
「……指導者とは考えられぬほどの下品な言葉ですな」
「貴様だけだ。ウルズよ」
僕らはミーミルさんとウルズの会話を遠巻きに眺めている。
これは僕らにミーミルさんが言ったことを守っているためだ。
「ウルズとは私が話す。君たちはけしてウルズに近づいたり、挑発したりはせぬように。
これだけはしっかり守ってくれ」
「悠。もしもの時は……」
「うん。大丈夫だよ」
透が僕へと声をかけ、僕がそれに頷いた。
ウルズがミーミルさんに手出し出来ないように。なんか変なことが出来ないように。
「鏡」の術を解いたエイルがいつでも僕と力を同調出来るように構え、僕も銃口をウルズに向けたまま――集中を解くことはなかった。
「父さん……」
カーラが小さく呟く。
「大丈夫だ。よく我慢したな……カーラ」
「……ごめんなさい……トオル」
「謝る必要なんかない。それは悠も一緒だ。それより今までよく耐えたな」
「……う……」
カーラから嗚咽が漏れる。
そのままウルズへと向けていた体を――素早く透に向きかえ、そのまま抱きついた。
泣いているところを誰にも見せたくないのだろうな。
小さな肩を揺らしながら、透のしっかりとしがみついている。
透は優しくカーラを抱きしめながら――その原因を作り出した実の父親であるウルズを眼光鋭く睨みつけた。
「こんなことをしても、私は「虚像」なのですよ。意味などないでしょう」
ウルズが肩をすくめながらミーミルに微笑んだ。
それに負けないほど、ミーミルさんも穏やかに笑い、それに答えた。
「どうかな? 見たところ、その左腕は奴隷としたドワーフ族の者に作らせた「ミスリル製」の義手とお見受けする。
その威力も合わせてここまで自分の幻影を送られてこられたのだろう。そのお力は素晴らしいと思うが……時間はさほどかけられないのではないかな?
私が引き延ばせば延ばすほど……辛いのはそちらだろう?
我々は一向に構わないのだぞ。ここであなたと一日でも二日でも話そうとも……な」
一瞬。ウルズの表情に歪みが生じた。
ミーミルさんの読み通り――ウルズの「虚像」は長時間、使用し続けることは難しいらしい。
だが――僕の「捕縛」の術で、ウルズは「虚像」を自分の元に戻すことが出来ない。
実の娘をここまで苦しめ、自分の妹を道具のように使い、息子まで殺そうと考えるやつだ。少しは苦しむといい。僕の想いは「捕縛の念」となって、ますます強化していく。
「……」
ウルズは僕の方へと振り返り――睨んでいた。
僕も負けじとウルズを睨む。
「忌々しい「エインヘリヤル」だ。私の左腕をもぎ取っただけでなく、こうして私を捕らえるとは……」
「ほう。これはあの少年の力と言うのか。なるほど。
その上……その義手。あまり精度が良くないと見えるな。
力の増幅にも限界が早いらしい。少しいい気味もするがな、ウルズ殿」
ミーミルさんの笑顔が崩れることはない。
それが余計にウルズには気に食わないのだろう。
微笑は消え――ミーミルさんを険しい表情で見た。
「で……私に何をお訊きになりたい」
「お訊きになりたい……というより、そなたの妹。ヴァルダンディ殿を返してもらおう。
カーラの大事な母親であり、スクルドの大事な姉だという。
そなたにはもう無用な存在なのであろう?
「ウートガルズ」の新しい王「スリュム」に、「妾」として差し出したらしいではないか。
その程度の情報を我らが知らぬと思っていたか? 」
ウルズの瞳が大きく見開かれ――でもそれは一瞬の出来事。
突如――ウルズは大きな笑い声を上げた。
僕らはあまりの突然の出来事に驚いたけれど。ミーミルさんは、表情ひとつ変えることはなかった。
「これは、これは。さすがは「ヴァナヘイム」。完全に甘く見ていたわ……まさかそれほどの情報を得られているとは……。
ええ。そうですよ。もう飽きられたようで私の元に帰りましたがね」
これにはスクルドさんの態度が――体が小刻みに震えている。
もう――我慢の限界なんだと思う。
「しかしヴェルダンディがご所望とは。残念ながら、「あれ」は私の妻であり妹なのですよ。
お渡しすることは出来ません。その代わり、カーラを差し上げよう。
母親似の可愛い娘ですのでね」
バチバチバチとまるで放電現象のように、ウルズを包む結界が音を上げる。
僕の怒りが――形となって現れる。
それに伴い――ウルズの表情も、歪みを増した。
「おのれ……エインヘリヤルの小僧が……」
「それは貴様に対する我らの台詞だ……ウルズよ。
我らの怒りをあの少年が代弁してくれているのだよ。
どうやら貴様はその左腕だけでは足りぬようだな……私も今日ほど汚らわしいと思えるやつにはなかなか出会った覚えがない」
「それは……光栄と……ぐぅぅっ!! 」
「捕縛の念」が増し――重力のように圧力をウルズにかけていく。
わかってる。こんなことは無駄なことだ――でも僕はここまで聞いて、この男に冷静に接することが出来る程-- 残念ながら人生経験がない。
今すぐ押しつぶしてやりてぇ――。
「う……うわぁぁぁぁっ!! 」
その想いはそのまま力となって現れた。
ウルズの「本体」の尽きかけた体力が――限界に来たのだろう。
僕が与え続ける「念の圧力」もあって、ウルズの体に変調が現れ、とうとう苦しみだした。
「……あ……うあぁぁぁぁぁっ!!! 」
断末魔のように――ウルズはそんな叫び声を上げたまま――消滅した。
それと同時に、僕はヨルグの上に両膝をついた。
「……頑張ったわ……ユウ」
エイルが僕を優しく抱きしめて。
「ミーミル……」
クヴァシルさんが、心配そうにミーミルさんを見ていた。
「仕方あるまいよ。私もああしてやりたかったからな……よく頑張って耐えたと褒めてやろう。ウルズ自身にも相当のダメージを与えてやったはずだからな」
「……まぁ……俺としてはすっきりしたぐらいだ。
まさかあんなひょろいコハルが、あんなに熱い心を持っていたなんてな」
「トオルの友達だ……そうなのだろう? 」
「違いない」
ミーミルさんは笑顔のクヴァシルさんを苦笑いで一瞥すると、すぐに俯いているスクルドさんへと視線を向けた。
「……ありがとうございます。私は大丈夫です……ユウには感謝していますから」
「……そうか。それはコハルに伝えてやってくれ」
「はい。そうします」
ミーミルさんの言葉にスクルドさんは微笑み――その後、ヨルグの上でエイルに抱きしめられた僕を見つめていた。