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第5話 ブリュンヒルドさんと昔話

 それは二週間前。

 僕らが初めてこの異世界にやってきた日の夜のことだった。

 この時の空は――紺色をしていた。



 ブリュンヒルドさんが、食堂にいた僕らに声をかけてきた。

 その時、エイルさんとミストさんは仲間に呼ばれて席を外していて、僕と前島くんの二人だけしか食堂にいない。そんなタイミングだった。



「ここが私の部屋だ。遠慮なく入ってくれ」

 隊長というだけあって、少し近寄りがたい雰囲気のブリュンヒルドさんだけど、部屋の中は明るい色の小物が並んでいる――女性っぽい部屋っていうのかな?

 可愛らしいっていう感じの部屋の様子だった。



「意外かい?」

「え?いいえ…そんなことは……」

 興味深げに見回してしまっていたせいか、ブリュンヒルドさんは苦笑気味に僕に訊いてきた。

 僕が慌てて首を左右に振ると、可笑しそうに笑い出した。

「す、すみません……」

「いいや。笑ってすまなかった。でも見れば見るほど、君が「エインヘリヤル」というのが信じられないぐらい、素直で人の良さそうな少年だと感じるよ。

 トオルの方は……何か私に訊きたそうだな」

 前島くんは、僕とブリュンヒルドさんとのやり取りに眉一つ動かすことなく、睨みつけるように見ていた。

 時々、僕は君がよくわからない時があるよ――前島くん。



「ミストさんとエイルさんを俺たちから遠ざけたのは、このためですか?」

 急に前島くんがブリュンヒルドさんに、そんなことを訊きだして。

 ブリュンヒルドさんは一瞬固まったように前島くんを見ていたけど、僕と話していた時とは明らかに違う――挑戦的な笑みを浮かべていた。

「……トオル。君はユウとは違う意味で、面白い少年だな」

「それはどうも」

 なんかこの二人が怖いんですけど。



 ブリュンヒルドさんに勧められて、部屋の中央にあるソファに僕らは腰掛けた。

「酒は?いけるかい?」

 ワインかな?赤い液体の入った瓶を僕らに見せて、ブリュンヒルドさんは笑った。

「僕らは未成年なんで……って、これ僕らの世界の法律なんですけど」

「みせいねん?君らは十七歳だろう?酒も飲めんのか?」

 僕の話に驚くブリュンヒルドさん。

 ってか、飲ませるほうが犯罪なんですよ。僕らの住む日本だと。

「俺たちの住む国は、二十歳で大人と認められるんです。ですから、それまでは酒はいけないと決められているもんで」

 前島くんの説明はすごくわかりやすい。僕も、最初からそう言えばいいんだよね。

「へぇ。それは随分と遅いんだな……今のミズガルドはそんなことになっているのか」

「ミズガルド……って確か僕らの世界の呼び方でしたっけ?」

 僕はついそんなことを訊いてしまった。

「あぁ。「ミズガルド」とは君ら人が暮らす世界のことだ。

 我らエルフ族が暮らす世界が「アルフヘイム」。神々が住まう世界が「アースガルズ」だな」

「で……俺たちに何をお話しになりたいんですか?ミストさんたちには聞かれたくない内容なんでしょう?」

 君は――恐ろしい程鋭いな、前島くん。僕は全然そんなこと考えなかったよ。

「そうだな。まぁ…昔話だ。でも君らにも少しは関係のある話なんだよ」

 そう言うブリュンヒルドさんは、どこか寂しげで辛そうに見えるのは――なんでだろう?



 結局ブリュンヒルドさんは、僕らに紅茶を淹れてくれた。

「私が君たちに話したいのは、君たち「エインヘリヤル」とエイルやミストのような「ノルン」のことだ」

「それはさっきお聞きしましたけど……」

「あぁ、そうなんだが」

 ここでブリュンヒルドさんはカップを口に運んだ。

「君たちのような「エインヘリヤル」は、実は過去に何人も「アルフへイム」などに来ている。一番近いのは六十年ぐらい前。三人ほど……その時は「アルムヘイム」の「ヴァルキュリア」たちが対応している」

「……結構、頻繁なんですね」

 前島くんの問いに、ブリュンヒルドさんは「あぁ」と答えた。

「この世界樹にいろんな世界のいろんな者たちが肩を寄せ合って暮らし、世界を形作っている。

 中には邪悪な連中も少なくない。

 今日、君たちを襲った「オーガ」などはその典型だな。

 やつらは「アースガルズ」へ行くことを望み、神々を攻め滅ぼすつもりでいる。

 そんなやつらを操り、戦いを挑もうとしているのが……この「ユグドラシル」の最下層にある「ウートガルズ」という世界の王「ウートガルザ・ロキ」という巨人だと言われている。そして私たちはもう数千年も、そんなやつらと戦い続けているんだ」

「俺たちの世界にも、似たような神話が伝わっていますよ」

 ――こんな時の前島くんは本当に頼もしい。

「世界はこの「ユグドラシル」で繋がっているからな。

 こんな話が人々に伝わっていても不思議はない。

 それでは……私が話したい内容にいこうか」

 ここでブリュンヒルドさんがひとつ――ため息をついた。

「君たちの…先々代の「エインヘリヤル」のことなんだ。

 今から百三十年前のことになる。私がまだこの「ヘイムダル」の見習いだった頃のことだ。その時に、この「ヴァルハラ」に五人の「エインヘリヤル」がやってきた」

 え?ブリュンヒルドさんって――歳いくつなの?

「あはは。君は本当にわかりやすいなぁ、ユウ。

 私は三百歳を越えているよ。人には信じられないほどの長寿だろうが、エルフではまだ若造の域だ。 我らエルフ族は「不老長寿」。

 千年以上は生きるから……中には二千年以上生きている連中もいる。

 ちなみにエイルは百八十歳。ミストは百三十歳。まだまだひよっこだな」

 僕はブリュンヒルドさんにバレていたという恥ずかしさより、エルフ族の長寿の話の方を驚いていた。

「……確かに。俺たちでは想像出来ないですね。

 人間は百歳程度生きれば十分長寿だが。千年の寿命か……」

 形のいい顎に手を当てて、何やら考え込んでる前島くん。

 僕は想像とか言う前に、考えること自体諦めてるし。

「神に与えられたそれぞれの種の宿命だろう。

 だが、エルフ族は子孫繁栄の力に乏しい。種を残す力は、人の方がはるかに優れている。

 変な話だが、我々は「魔術」という力は優れているが、戦闘能力などの総合的な力は人の方が高い。 ゲイルみたいな豪傑は数が少ないんだ。

 だから…君たちのような人に頼らねばならないときが出てくる」

「それが「エインヘリヤル」ということですか」

「そういうことだ」

 ブリュンヒルドさんは、尋ねた前島くんに小さく頷いた。

 


「その百三十年前にやってきた「エインヘリヤル」の話だ。

 五人すべてが同じ甲冑を身に付け、おそらくは人の国でも戦をしていたのだろう。

 君たちほど力はないにせよ、戦のやり方は熟知していた。剣の腕も確かでな。

 彼らには多いに助けらた。が――私から言わせると――人としては最低の部類の連中だったと思う。

 「ノルン」とは、「ヴァルキュリア」の中から選ばれる。

 オーディンに選ばれし勇者たちを導き、護る。それが我らオーディンに仕える巫女の役目でもあるからだ。

 相手が異性の場合――契を結ぶことによって、助力をすることも可能になる。

 だがそれは、同時に「ヴァルキュリア」としての資格を失うことでもある行為だ。

 だから「ノルン」として神託を受けた者は、自動的に「ヴァルキュリア」から除名され、「エインヘリヤル」のパートナー、「ノルン」としての使命に生きることになるんだ。

 その連中は――「ノルン」たちをただの「慰め者」としての価値しか見出さなかった。

 本能の赴くままに「ノルン」たちを――まったく酷い有様だったよ。

 しかし彼女たちは本当によく耐えた。神に選ばれた誉高き戦士たちを、全力で支えた。

 その時の「ノルン」の中に、エイルの姉もいたんだ」

 


 僕はただ――無言で――ブリュンヒルドさんを見つめるしかなくて。

「君たちのような少年たちに、このような話は過酷だとも思う。

 だが……これも「エインヘリヤル」のもう一つの現実でもある。

 「ヴァルキュリア」たちの中には、「エインヘリヤル」を嫌う者も多い。

 こんなことは長い歴史の中で、けして珍しい話ではないんだ。

 そしてこの話の結末は…「エインヘリヤル」たちを護った「ノルン」たち五人のうち、四人が戦死。 エイルの姉もその使命に殉じた。そして残った一人は、「エインヘリヤル」の一人との間に子供をもうけたが……結局彼らは全員無事に元の世界に戻り…捨てられる形になってしまった。

 そうして生まれたのがミストだ……。

 彼女はエルフと人の血を引く…ハーフということになる」

 前島くんが――歯を食いしばって耐えている。

 僕も…どう言っていいかわからない。

「「エインヘリヤル」もまた、自分たちが生活していた場所から、いきなりこのような世界に連れてこられて戦いを強要されるのだ。

 酷い話であることに変わりはない。

 私たちはそれが神の意思である以上、逆らうことも出来ない。阻止することも出来ないからな。彼らを責めるのは筋違いなのかもしれないが……それでも「心」というものがある以上…やはり許せることではなかった。

 それに……今回の「ノルン」に、エイルとミストが選ばれたことに、みんなも憤りを感じていた。

 そして君たちが現れ…エイルとミストは笑顔で戻ってきた。

 我々も君たちの戦いぶりを見て、今回ばかりはオーディンに感謝をしたよ」

 そう言って――俯くブリュンヒルドさん。

「君たちをこの部屋に招いた意味を理解してもらえただろうか。

 まさかエイルとミストの前で、こんな話をするわけにもいかなかったのでな」

 僕と前島くんは無言で頷いた。

「君たちに戦いを強要する側の存在として…こんなことを頼める義理はないのだが。

 どうかエイルとミストを大事にしてやってほしい。

 彼女たちは、相当君たちを気に入っているようだ。とても勝手な言い分なのだろうが」

「……僕はっ」

 申し訳なさそうなブリュンヒルドさんに、僕は――無意識に口を開いていた。

 どうしても――僕の思っていることを伝えたくて、そうしたのかもしれない。

「僕はとても弱い……すごく弱い。でも…そんな僕を「運命の相手」って言ってくれたエイルさんを護りたい。

「エインヘリヤル」とか「ノルン」とか関係なく……すごくそう思ってます」

 言葉がすごく変。でも――どう表現していいかわからない。

 そんな僕を、前島くんは笑顔で見つめてる。

「俺もコハルと同じです。護られるのは性に合わない。

 でもここに来たからには……やるだけのことはやらせてもらいます。

 俺もミストさんを全力で護りますよ」

 こんな時でも前島くんは僕のこと「コハル」なんだね――。

 でもなんだか、ブリュンヒルドさんが今にも泣き出しそうな顔をしてる。

 それでも顔は――本当に嬉しそうな笑顔をたたえて。

「……本当にありがとう。どうか、よろしく頼む」

 三百歳のブリュンヒルドさんが、たかだか十七歳の僕らに頭を下げた。

「やめてください。お世話になるのは俺たちなんですから」

 さすが前島くん。言葉にもそつがない。

「あぁ。精一杯……君たちを鍛えさせてもらおう。特にユウはな」

「えぇっ!!どうしてそうなるんですかっ!?」

 戸惑う僕を、前島くんもブリュンヒルドさんも愉快そうに笑って見てる。

 それでも――僕はそれでよかった気がしていた。



◆◆◆



「ユウ、どうしたのっ!?」

 ずっと考え事をしていた僕を、エイルさんが心配そうに見つめてた。

「……あの。エイルさんと出会えて本当によかったなって……そう考えてました」

 一瞬驚いた様子だったエイルさん。でもすぐに破顔した。

「だったら……行動であらわしてほしいな」

「えっ!?そ……それは…」

 エイルさんにそう迫られて困る僕を、ゲイルさんが可笑しそうに声を立てて笑っている。





 とにかく今は――この関係が僕には合っているのかな。

 僕はそんなことを考えて――ゲイルさんに釣られて笑ってしまった。


 

 


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