第44話 僕たちと神様のこと
ミーミルさん率いる「ヴァナヘイム」の翼竜部隊が「ヴァルハラ」へ来て二日間が過ぎていた。
総勢五百十名からなる男所帯。
一気に「ヴァルハラ」に「野郎臭さ」が充満することになる。でもまぁ。僕的には――安心するけどね。
ここに来て――女性ばかりに囲まれてきたからねぇ。
だからと言って、彼らが女性に飢えている――ということはなく。
至って紳士的。と言っても、「ガラは悪いけど、根は優しい」人たちばかりなので、僕らも安心して接することが出来た。
特にゲイルさんやゲンヴォルさんは、「ヴァナヘイム」の勇士の皆さんと慣れるのが早かった。通じるものがあるらしい。――っうか、ある意味「同族」というのか。完全に――意気投合しているし。
そしてこの二日――カーラの体調は良くはない。
エイルが言うには、体の調子はすでに戻っているという。問題は「精神面」ではないか。
という診断だった――。どういうことなのだろうか?
十三歳。僕らの世界の同じ年齢の女の子と同じように考えてはいけないのかもしれないけど、それでもカーラはまだ子供だ。
「ウートガルズ」に残してきた、母親のヴェルダンディさんのことが心配なのかもしれない。
そして――驚いたことに、そんなカーラのお兄さんであるサクソ――あの時、僕たちの命を狙い、前島くんと一緒にユグドラシルの根元まで落ちていったやつが、いた。
僕はすぐには慣れなかったけど――前島くんは彼の右手首を切り落とし、彼の命を救い。
そして仲間として迎えていた。
前島くん曰く。「ある意味、恩人」
まぁ――そんなことがあったから、今こうしてミーミルさんたちがここにいてくれているわけだし。
話によると、この「ヴァルハラ」に戻る直前に、「ウートガルズ」軍三万と一戦交えた時に、サクソは大活躍したのだそうだ。
彼のおかげで、「ヴァナヘイム」軍はほとんど被害を出さずに大勝利を収めたということだった。
そういうことなら、僕も彼のことを邪険には出来ないわけで。
「あの時は悪かったよ」
彼――サクソは素直にそう――謝ってくれた。っていうか、素直すぎ。
「今更だし。別にもういいよ」
僕も、そう――答えるしかないよな。
そんな彼は、彼の生い立ちやヴェルダンディさんが歩んできた境遇を僕らに話して聞かせてくれた。
一番――スクルドさんが――ショックを受けていた。
「なら君も……私の甥ということになるのだな」
「そうだろうね。今はおそらく新しい王……スリュムの妾として差し出されていると思う。
ウルズ父さんは、他者の気持ちなんて考えない人だからな。
あれほど自分本位に考えられるのが羨ましいよ」
前の印象では、人のこと言えないような性格に見えたけど。
何か――ずいぶん変わったような気がする。これも前島くんの影響なのかもしれないな。
そんなサクソの話に、スクルドさんは顔を俯けて。
「昔はそんな人ではなかったのだがな……」
とだけ。口にしていた。
◆◆◆
こんな話をしている場所は、数十人が入るサズの館の「集会室」だ。
でも何故かここに――フェンリルが横になって寝ている。
「ヴァルハラ」は元は「ヴァナヘイム」の兵士が常駐していた「ユグドラシル守護」の拠点だったらしく。その時代は数千人という兵士が、ここにいたらしい。
その名残が、多くの竜舎跡や古城のような空家となって残っているわけで。
今、「ヴァナヘイム」軍の人たちが、その空家に居住スペースを作り始めていた。
物資は山のようにあるので、五百人以上が一度に増えても、十分に対応出来ている。
リンドブルムたちも、空家となっていた竜舎に住まうことになったんだけど――。
「龍臭い」とフェンリルは嫌がって、サズの館の一室に自分の部屋をもらっていた。
そして当然のごとく、前島くんの横を陣取って、横になり――時々前島くんや僕を介して、話に参加していた。
今もフェンリルは話を聞いていないようで聞きながら、横になっている。
ってか、なんだかこれが普通になってきているような。
恐ろしいな。慣れって――。
◆◆◆
「なぁ、コハル」
サクソが僕を呼ぶ。サクソも僕のことは「コハル」。
昨日は「お前の本当の名前は、「ユウ」なのか「コハル」なのかどっちだ」と訊かれた。
「悠だよ。コハルは前島くんが間違えて呼んでいるだけだ」
「マエシマって誰だ?」
「……透のことだよ」
「面倒くさい。お前もトオルのことは「トオル」と呼べ」だって。
偉そうに――。
「じゃぁ、僕のことも「ユウ」って呼べよ」
「お前はコハルで十分だ」
この野郎――。ムカつくやつっ。
でも前島くん。どうして僕のことを「悠」って呼ぶようになったのか?
再会してから一度も前のように「コハル」とは呼んでいない。
昨日そんな話になった時。思い切って訊いてみた。
「お前がかけがえのない……俺の親友だとわかったからだ」
「……ありがとう」
本当に小っ恥ずかしい台詞を堂々と吐くよなぁ。
あの時の抱擁のせいで、僕と前島くんの「ホモ」説が影で囁かれている――らしい。
もう――どうでもいいけどね。
話は逸れたけど。
僕の頭の中から――元気のないカーラの様子が離れない。
何かショックな出来事があったのだろうか?
まさか――前にスクルドさんが受けたような――。
でもそれはないはずだと、誰もが口にした。
カーラは「ヴァナハイム」の人たちが来るまで、先頭にたって戦ってくれていたのを、みんなが見ているからだ。
じゃぁ――何故?
「こんな時に申し訳ないが……トオルとコハル。君たちに聞いて欲しい話があるのだが」
それまで黙って僕たちの話を聞いていたミーミルさんが、突然口を開いた。
「はい?」
僕と前島くんがミーミルさんへと視線を向ける。
「君たちは「オーディン」をどう思っている?」
また――。
「ヴァナ神族」と「アース神族」の経緯は聞いた。
この二つの種族には相入れぬ軋轢があることもわかった。
僕が「また」と思ったのには訳がある。
この場にもいる――ルイーズさんとウェインさんも、けして「オーディン」をよく思っていない素振りを見せている。
僕は素直に――僕自身の考えを口にしてみることにした。
「この世界の一番偉い神様の王だと聞いているし、そう思っています。
そして、僕と前島くんを……」
「トオル……だろ?」
あのな――サクソ。どうでもいいじゃんよ。
僕はため息をつきたい衝動を抑え――仕方なく言い直した。
で、どうして笑ってるんだよ――前島くん――透。
「僕と透をこの世界に召喚した……神様と。
でも……僕は「ヴァルキュリア」と「ノルン」の扱いには疑問を感じています」
これには、エイルとミストさんが僕を見た。
「それは俺も同感です。
彼女たちはモノ同然の扱いを受けているように思えてならない。
「オーディン」の巫女というが、実質「オーディン」の人形のように、扱われている。
玩具じゃないんだ。どれほどの「ヴァルキュリア」たちが犠牲になっていると思っているのか……。
そして「エインヘリヤル」のパートナーであるという「ノルン」にしても、「性奴隷」のような存在にさえ思える。
まして「エインヘリヤル」が死んだら、その身代わりになる事が出来る……そうすると、新しい「ノルン」が選ばれるという……ふざけているにも程がある」
「ちょっと待て……前……透。それはどういうことっ!?」
僕はそんなこと――聞いていない。
これにはエイルが表情を曇らせた。
「エイル……本当なんだね?」
エイルが僕の問いに――無言で頷いた。
「……悠。エイルさんを責めるな。彼女が悪いわけじゃない。
すべてはこのシステムを作り出した「オーディン」に責任がある」
前島くんの言葉に、僕は黙り――そして再度口を開いた。
「わかったよ。でもそれを知っていたのに、黙っていられる方が辛い。
でもそれが本当なら……僕は「オーディン」をますます信じられない」
「待って、ユウっ!!」
エイルが怒る僕を見た。
「私はそうしなければ……あなたに会えなかった……。
私は……あなたの「ノルン」であることに誇りを感じているのっ!!」
「君は僕の「ノルン」じゃない。恋人だっ!!」
僕はエイルの言葉を真っ向から否定した。
「……どうやら「ヴァルキュリア」自体……奴隷根性が染み付いてしまっているようだな」
とても指導者の言葉とは思えないことを、ミーミルさんがため息と共に吐き出した。
「君たちに、ひとつ……我々の話をしよう」
ミーミルさんはそう言って――僕とエイルを笑顔で見た。