第4話 前島くんとトネリコの枝
あれから二週間が過ぎていた。
僕らが「異世界」の――この「ヴァルハラ」に来てから色々なことを経験し、学んでる。
はっきり言って疲れるし、早く家に帰りたいっ!!
でも前島くんは「良い修行になる」とやる気マンマンで――。
この際、この男のことは除外しておこう。僕は僕たちの世界に早く帰りたいから。
そう思う反面。
二週間前にブリュンヒルドさんに言われた言葉が、僕の心にずっと引っかかっている。
◆◆◆
僕たちは今――初めてここへ来た時にいた――あの丘陵地帯にいる。
ブリュンヒルドさんによれば、ここはエルフ族の住む「アルフヘイム」という世界の一部で、神々の住まう世界「アースガルズ」へと繋がる「虹の道 (ビヴロスト)」がある聖地なんだとか。
ブリュンヒルドさんたちは、全知全能の神オーディンに仕える巫女であり、この「アルフへイム」と「アースガルズ」を守護する戦士でもあるそうで。
それはエルフ族の女性(しかも処女が絶対条件なんだとか)しかなれない職業で、それは「ヴァルキュリア」と呼ばれるらしい。
数百人といる「ヴァルキュリア」の中でも、精鋭ばかり九人だけ集められて編成されるのが、この「虹の道 (ビヴロスト)」の聖地を守る「ヘイムダル」という部隊だということだった。
今「ヴァルハラ」には女性ばかり十四人。
そのうち五人は「ヴァルキュリア」の見習いで、研修を兼ねて、この「ヴァルハラ」に来ているとのこと。
でもあんなにだだっ広い建物だし、他に使用人のような人たちがいるのかな?
と思っていたら、城の維持管理から自分たちの身の回りのことまで、すべて自分たちでやるというんだから――すごいと思う。
◆◆◆
そして――。
丘陵地帯――聖地にいる僕たちの前には。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
前島くん、燃えてるねぇっ!!
あの棒を相変わらず手にしている前島くん。
手に馴染むし、重さも丁度いいんだとかで使い勝手がいいらしい。
「トオルはすごいわね」
「槍使いの名人なんです」
僕のすぐ後ろにはエイルさん。
「エインヘリヤル」のパートナーである「ノルン」――意味は「エインヘリヤル(偉大なる勇者の魂を持つ者)を導き守護する者」――である彼女は、僕のパートナーだ。
そしてミストさんが、前島くんのパートナーである彼の「ノルン」になるそうだ。
だからどんな時も僕たちから離れない。
「まさか「アンデットドラゴン(不死身の竜)」を差し向けてくるとは……」
ブリュンヒルドさんの表情が冴えない。
自然界には存在するはずもない化け物らしく、近くにこのゾンビドラゴンを操るネクロマンサー(死霊使い)が必ずいると言っていた。
だから僕たちは、この「アンデットドラゴン」の相手をしつつ、囮となって、他の「ヴァルキュリア」の人たちが、そのネクロマンサーを探している作戦の真っ最中。
で――前島くんが大活躍の真っ最中。
「トオルっ!!トネリコの枝をかざしてっ!!」
ミストさんが叫んだ。
普通の武器では太刀打ちできない不死身の化物。
でも前島くんの持つ棒は、確実にゾンビドラゴンへダメージを与えている。
ミストさんが叫んだのは、前島くんがそのドラゴンの翼を切り落としたタイミングだった。
「水の精霊よ。我の声が聞こえるならば、我が守護せし者の聖なる武器に、その力を貸し与えよ」
ミストさんが何か呪文のようなものを唱えて、そのミストさんの前には、光る文字のような「印」が浮かんでいる。
「行けっ!!」
ミストさんが右手を前島くんが天高く掲げた棒へと向けると、ただの棒に、渦を巻く水が突然現れて鋭い剣の形を成した。
「だぁぁぁぁぁっ!!」
袈裟懸けに前島くんが、その水の剣を振り下ろす。
<ギャァァァァッ!!>
「アンデットドラゴン」が悲鳴を上げて、両断された首が地面へと落下する。
「すごいっ!!前島くんもだけど、ミストさんもすごいやっ!!」
僕が前島くんとミストさんの連携技に感心していると、後ろにいたエイルさんが僕の両肩に手を置いた。
そして顔を僕の耳元に近づける。
「……あれはパートナーとの「婚姻の儀式」を済ませたからよ。私たちもそうすれば、あなたに力を与えることが出来るのに……私は待ってるのよ、ユウ」
エイルさんの吐息が耳朶に直接かかり、僕はぞくりと体を震わせた。
要は――前島くんとミストさんはやっちゃった――と。
エイルさんは早く僕としたいと――そういうことを言っているわけね。
あ、あははははは。どうすりゃいいのよ、僕。
「やはりトオルでも、殲滅は無理か……」
ブリュンヒルドさんが悔しそうに呟いた。
相手はアンデット(不死身)だから――体の一部が切られただけでは、すぐに再生してしまうということだ。
「いけるか……ユウ」
「…はい」
ブリュンヒルドさんに、僕は力を込めて頷いた。
「やりましょう、エイルさん」
「……そうね」
僕は銀玉鉄砲を構えて、集中する。
「ユウ。あのドラゴンの弱点は左胸よ。頑張って」
「はい」
エイルさんのアドバイスを得て、僕は狙いをドラゴンの左胸に合わせる。
そしてドラゴンが再生を開始する前に、その引き金を引いた。
◆◆◆
無事アンデットドラゴンは僕の放った光弾に消滅し、ネクロマンサーも捕まえたとかで、この作戦はひと段落していた。
でも僕らはすぐには「ヴァルハラ」には帰らずに、まだ周囲にネクロマンサーの仲間がいないかとか探している最中だった。
「いやぁ…コハル。力の使い方がうまくなったなぁ」
「ヘイムダル」部隊の一人、ゲイルスケルグさん。やたら長いので「ゲイル」さんと僕らは呼んでいる。
前島くんと変わらない身長の女傑。
筋肉質だし、力も前島くんと変わらない。どんだけ逞しいの?という女性だったりする。
そんなゲイルさんは結構フレンドリーで、僕や前島くんがこの二週間で一番仲良くなった人――エルフさんじゃないかな。
「随分鍛えられてますから……」
エイルさんは癒しの魔術を得意として、僕に体力回復の魔術を施してくれている。
それでも疲れた様子の僕に、あはははとゲイルさんは豪快に笑った。
「その割にエイルが過保護すぎるだろう」
「ゲイル……そんなことはないわ。ユウはトオルと違うの」
そう――エイルさんはすごく僕を大事にしてくれる。大事にしすぎてくれる――本当に申しわけないくらいに。つうか――少し心配しすぎのところもあるかなぁと思ったりする。
この時もゲイルさんに突っ込まれて、エイルさんはむっとした様子で反論していた。
こんな怒った顔も素敵なんだよなぁ――エイルさん。
そんなエイルさん。ミストさんもだけど、元はこの「ヘイムダル」の一員だったらしい。
実力も部隊で一、二番を誇る二人だったとか。
でも僕らがこの世界に来るとわかった時点で、エイルさんたちが「ノルン」だという神託を受けたそうだ。
そしてエイルさんもミストさんも「ヴァルキュリア」を辞め、こうして僕たちの「ノルン」として今は一緒にいる。
そして僕は――二週間前にブリュンヒルドさんが話してくれた、「エインヘリヤル」と「ノルン」の話を思い出していた。