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第39話 俺と「ヴァルハラ」へ

 ウルズは新しく「ウートガルズ」の王となったスリュムの元を訪れていた。



 この度の「ヴァナヘイム」との戦闘の結果は、すでにスリュムの耳にも入っている。

 が、玉座に座るスリュムはウルズを責める様子は微塵も見せずに、ただ平然と会話を続けているだけであった。



「陛下。ヴェルダンディの様子はいかがでございますか?」

「うむ……大人しくしている。大人しすぎて物足りないぐらいだ。

 お前から「気が強い」と聞いていたので、少し期待をしていたのだが……。

 教育が行き届きすぎているのではないか?」

「申し訳ございません。この地で過ごすうちに……少し落ち着きすぎてしまったのかもしれませぬ」

「……まったく酷い夫だ。妻を差し出した上に平気で私にこのようなことを訊いてくる。

 お前という男は、己のためなら他者は利用する存在でしかないのであろう。

 私の兄。ウートガルザのように……恐ろしいものだ」

「そのような。酷いおっしゃりようでございます……」

「戯言を。真実を言ったまで」

 腹の探り合い――二人の会話を聞いている者たちには、そのように感じ取れているだろう。



「それはそうと。この度の敗北……。誠に申し訳ございません」

「普通はその報告が先であろうに。まぁ、ウートガルザの邪魔な「遺品」を処分出来たのだ。それだけでも良しとしよう」

「恐れ入ります」

 顔を上げることなく、ウルズはスリュムに深々と頭を下げた。



「まったく。そのふてぶてしい態度は相変わらずだな。ここに来たばかりの時と何も変わらない。

 まぁ……お前はこの玉座を私の物にするという約束を守ったわけだ。

 これからも何かと頼むぞ……ウルズ」

「はっ。ありがたきお言葉……私の忠誠は陛下のものでございます」

「お前にそう言われるだけで、血の気が引く思いだ。

 もうよい。下がれ……ウルズ」

「では」

 ウルズは更に深く頭を下げると、スリュムの前を後にした。



 城の廊下を歩きながら、ウルズは笑いが絶えない。

 


「そうしていられるのも今のうちだ……スリュム。貴様はこの「ウートガルズ」が創造されて以来の……最速で王位を剥奪された最悪の王として歴史に名を刻むことになるのだよ」

 もう少し――。そう、もう少し。

 


 ウルズはただ――笑っていた。




◆◆◆




「あの……ミーミルさん。その格好は?」

 俺は唖然とした。

 何故かミーミルさんが、甲冑に身を包み――その場に立っていたのだ。



 この「ヴァナヘイム」で世話になって半年。

 ついにこの日を迎えた。

 「ヴァナヘイム」の軍の協力を得て――俺たちは「ヴァルハラ」に帰還する日がやってきた。

 だが。ミーミルさんはこの「ヴァナヘイム」の指導者だ。

 どうしてそんな人が、甲冑姿でここいる?



「私も行くぞ。君を見つけたのは私だからな。

 落し物は持ち主に届けなければならない。その役目は私だと思うのだがな」

 そんなことを言うミーミルさんは、まるで悪戯を企む子供のように――嬉しそうに笑っている。

 人のことを落し物って――確かにそうだが。酷い言われようだ。

「ミーミルさん。ご自分の立場を考えられた方が……」

 俺はここに来て――ミーミルさんに何度かこの台詞を口にしている。

 聞き入れてもらった試しはないが。

「ヘーニルには許可を取ったぞ?」

 母親に許可をもらった子供か――あなたは?

「トオル、止めておけ。こう言いだしたら、こいつは聞きやしない……」

 付き合いの長いクヴァシルさんはすでに悟りの境地だ。

 小さいため息をつきながら、俺の肩を叩いている。

「「ヴァルハラ」も見てみたいのだ。さぞ美しい場所だろう」

「……わかりました」

 興奮気味の「ヴァナヘイム」の指導者――俺はこれ以上の問答を諦めた。



「兄さん」

 ヘーニルさんが、ヘグルさんと一緒にやってきた。

「トオルの邪魔をしないようにね。迷惑にならないように気をつけて」

 満面の笑みのヘーニルさん。

 ミーミルさんだけじゃない。俺たちまで――固まっていた。



―行くぞ……―

「ああっ」

 乗り慣れてきたフェンリルの毛を掴む俺の手に力が篭る。



―トオル―

「何だ?」

 急にフェンリルが俺の名を呼んだ。

―嬉しそうだな。まるで我が家に帰るようだ―

「……そうだよ。「我が家」に、「家族」に会いに戻るんだ。

 嬉しいに決まっている」

―……そうか。では最速で「ヴァルハラ」とやらに「戻って」やろう―

「あんまり速くするとみんながついて来られないぞ」

―いいのか?今のお前は今すぐにでも戻りたそうだぞ―

「……そうだな」

 俺の顔は――無意識に笑顔になっていたに違いない。



「トオル……嬉しそう」

 ミストがいつの間にか――フェンリルの傍に歩み寄ってきた。

「ミスト……フレキは?」

「サクソが乗りたいんだって。任せてみたわ」

「大丈夫なのか?」

「……あたしが……あなたの後ろに乗りたいの。ダメ?」

―我は構わんぞ。二人ぐらい何も乗っていないのと同じだ―

 俺が答えるより早く――フェンリルが俺に言ってくる。

 この――意外に気のいい狼の背を、俺は軽く撫でた。

「フェンリルが構わないそうだ。俺もフレキが大丈夫なら……構わん」

「……うんっ」

 ミストの右手を取り――フェンリルの、俺の後ろに跨がせる。

 そのまま、俺の背に体を密着させ、顔を埋めるミスト。



「おいおいおい。ここから惚気けるかっ!!」

 すでにリンドブルムに乗り込んでいたクヴァシルさんが、大声で俺たちを冷やかす。

 辺りからは、笑い声が一斉に起こった。

「すみませんっ。これが当たり前なもので」

 俺の返答に――更に笑い声が大きくなった。



「けっ」

 フレキの背で――俺たちの隣にいるサクソは、呆れたようにそっぽを向いていた。



「出発するぞっ!!」

 クヴァシルさんの声で、一斉にリンドブルム、ワイバーンの翼が開かれる。



 「ヴァナヘイム」の「翼竜部隊」すべてがここに集結し、俺たちのために「ヴァルハラ」へと向かって飛び立とうとしていた。




◆◆◆




「コハルさんっ!!」

 血相を変えて、訓練から戻った様子のロタさんが、僕たちの元へ走ってきた。

「ロタさんっ!?」

 竜舎の掃除をしていた僕らは、そんなロタさんの様子に――一抹の不安を覚える。

「敵襲ですっ!!それも、今までにないほどの……規模の敵の数ですっ!!」

 荒い呼吸を整える暇もなく――ロタさんから紡ぎ出された言葉に、僕らの表情は一瞬で変化する。



「わかりました。

 エイル、カーラ……ゲンヴォルさん」

 三人からも笑みは消え、真剣な面持ちで僕の呼びかけに頷いていた。




「行きましょうっ!!」

 僕たちはそれぞれのドラゴンの背に飛び乗り――鎧に身を包むと、ユグドラシルの空へと舞い上がっていった――。



◆◆◆



 その頃――。

 

 敵の大規模な襲来を予知していたアルヴィドさんが、別の「神託」を受け取り――呆然としていた。



「我が主「オーディン」よ。いつまで彼らに試練をお与えになるのですか……。

 ようやくトオルが帰還するというのに……今度はコハルに。

 何故なのです……「オーディン」よっ!!」


 アルヴィドさんは、その姿を見ることも叶わない「主」へ――ただ――呼びかけていた。



 


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