第37話 僕と不思議な男性
「やぁ。やっと会えたね」
「え…とぉ……」
僕はウェインさんと話した後――ヨルグに乗って飛行訓練に出かけた。
目的は、カーラがゲキに慣れること。あまり必要には思わないんだけど、カーラはやる気マンマンだ。
今はエイルがカーラと一緒にゲキに乗っている。
そして僕はそんな二人の乗るゲキが来るのを待っている時だった――。
僕がいるのは「ヴァルハラ」の上空――こんなところに銀色のドラゴンに乗っている男の人を見つけた。
と、言うよりはそちらから近づいてきた。そんな感じだ。
いくら僕が注意力散漫でも、この男性が乗るドラゴンがいることぐらい気がつく――と思うんだけど。
このドラゴンは一体どこにいたのだろうか?
その男性は耳が長く、肌の色は透き通るように白い。「エルフ族」の特徴だ。
髪の色は茶色。少し癖があるのかな?瞳は青色――これもエルフ族には多いと聞いたけど。
「俺たちは「ヴァルハラ」に入れないから、ここで君を待っていた」
一瞬警戒をしてしまう。
ウルズの――そこまで考えて僕は考えることを止めた。
この男性の嬉しそうな笑顔が、あまりに穏やかで優しそうだったから。
すぐに信じることはいけないのだろうけど――僕はこのエルフ族の男の人への警戒を解いた。
相変わらず――僕は考え方が甘いな。
「わざわざこんなところで……ですか?」
「うん。君にどうしても逢いたくてね。よかったよ」
「あの……あなたは?」
そう言えば、ウルズ以外――純粋な「エルフ族」の男性に会うことは初めてだな。
「コハル。君に渡しておきたいことものがあったんだ」
「はい?」
僕の名前を知っているんだ――。でもコハル――か。まぁいいけど。
「これ……」
一本の剣――鞘の細さから見ても、剣自体細そうだ。
「はい……これを?」
「うん。君にこれを」
男性は僕にドラゴンを近づけてくる。
そして僕が身を乗り出して剣を受け取る――その時に男性の手に触れて――冷たっ!!
なんて手の冷たい人なんだろう?本当に生きているのかという程に。
「ありがとう。どうしても君にこれを渡しておきたかったんだ」
「はい」
「スクルドとカーラをよろしく頼むね」
「……はい、それはもちろんです」
スクルドさんの知り合いのエルフさんだろうな。でもわざわざここで言うことでもないとは思う。けど。
僕はもちろん本音だけど――この不思議な男性に差し障りのないような答え方をした。
「よかった。君に会ったことは、ちゃんとスクルドにも言っておくよ」
「はい……?」
本人に会えるなら、ここで待つ必要はますますないと思うけど――本当に不思議な人だ。
「それと……君は必ずトオルに会える。そして彼を信じて。自分を信じること。いいかい?」
それだけじゃない。不思議なことばかり言う人だなぁ――。
「はい」
「うん。諦めちゃダメだよ……自分の世界に帰ることも。自分を信じて。
そしてエイルが大好きなんだろう?それもしっかりと貫くこと。
大丈夫。彼女はそれに答えてくれるから……君の仲間たちも同じ。
みんな君のことが大好きなんだ。
必ず君を助けてくれる。エイルを仲間たちを……スクルドとカーラを信じて」
「……はい」
僕はいつの間にか――この男性の話に惹かれていた。
「うん。君がこの世界に来た時からどうしても君に会いたかったんだ。
会えて本当によかった。頑張れよ……ユウ」
え?
「……ユウっ!!」
カーラの声だ。
「クギャァ……」
ヨルグが心配そうに小さい声で鳴く。
僕は――えと。この人の名前を――と、あれ?
あの男性も銀色のドラゴンもいない?あれ!?え?
ってか――もらった剣までなくなっているんだけどぉっ!?何で……?
僕――もしかして。たった一人で会話してた――ってこと?
「どうしたのユウ?ぼうっとして……?」
ゲキに乗って近づいてきたカーラがそんなことを僕に訊いた。
ぼうっと――って。今まで人と話していたんだけど……。
僕が周りをキョロキョロを忙しなく首を振ったので、ますます怪訝な顔になるカーラにエイル。
「本当にどうしたの?」
エイルまでそんなことを訊いてきた。
「いや……」
周りには飛んでいるドラゴンの姿もない。
ちょっと待て――それ系か?止めてくれ……。
でも――本当に不思議な人だったなぁ――。
「何でもないよ」
後でエイルに訊いてみよう。やけにスクルドさんやカーラの心配をしていたし。
「それよりさ、ユウ。早くゲキとの飛行訓練をやりたいっ!!」
カーラはゲキに乗れることが嬉しそうだ。
エイルはひょいとヨルグに飛び移って、僕の後ろにピタリと密着するように乗り、僕の体に手を回す。
「エイル」
「カーラが一人でゲキに乗りたいと言うの。いいでしょ?」
「構わないよ」
僕の背中に身を寄せるエイル――可愛いなぁぁ。
「じゃ、やろうかっ!!」
「うんっ!!」
カーラはこんな僕らを見慣れているので、少しも動じない。
僕はカーラに声をかけて訓練を始める。
それにしてもさっきの男の人は一体――誰だったんだろう?
◆◆◆
「大勝利。我が軍の被害はほとんどなかった。
癪だが、これはサクソのおかげだな」
クヴァシルさんが満足そうに俺に話した。
あれから二日が経過している。
サクソのたてた作戦により、「ヴァナヘイム」はほとんど損害を出すことなく「ウートガルズ」軍から勝利をおさめた。
「あれほどの被害を出せば、すぐにここへ軍を送り込むなんてことは出来ないだろうな。
だいたい「有象無象」の連中だろうと、あれ程の数をここへ送り込むことだって移動の手間を考えても、「ウートガルズ」には相当の負担になっているんだ。
しばらくは大人しいと考えていいよ。
特にスリュムはウートガルザより慎重で狡猾なやつだ。
この失敗を考えれば、早々に戦を仕掛けてくるとは思えない」
サクソがそんな解説をしてくる。
ウートガルザがサクソに目をかけていた――というのは本当だったんだな。
国――特に軍の内情にはかなり詳しい。
「これなら……行くことが出来るな……」
俺は――呟いた。
「どこへ?」
サクソがそんなことを訊いてくる。
「「ヴァルハラ」よ」
代わりにミストが答えた。
現在俺たちがいるのは、塔のような城の最上階に近い場所のテラス。
「ヴァナヘイム」の景色が一望出来る、俺のお気に入りの場所だ。
「ミーミルに話せねばならないが……その時は俺たちも一緒に行かれるはずだろう。
ミーミルは難しいが」
「それだけでも有難いです。ありがとうございます」
クヴァシルさんの申し出が――本当に嬉しい。
「どうせ俺も行くんだろ?」
「当たり前だろう?」
「けっ」と面倒くさそうに不貞腐れるサクソ。
「またあの部屋に戻りたいのか?」
「うるさいよ、おっさん」
嫌味な笑みを浮かべるクヴァシルさんに、サクソは怒りを顕にする。
少しだが――サクソと周りを隔てていた見えない分厚い壁は――その厚さをかなり薄くしたようだ。
俺は青い空を見上げる――半年。ようやく俺の「やりたいこと」が叶いそうだ。
俺は手の平に収まっている小さな光に――そっと語りかける。
待っていてくれ――悠。
今回は短くて申し訳ありません。