第36話 俺と戦いのあと、僕とウェインさん
生き残り――命からがら「ウートガルズ」まで逃げ延びたワーウルフの兵士より、その結果を聞かされたウルズは――小さくため息をついた。
「……そんなものか」
それ以上語ることはなく。機嫌を損ねたかのように――その後は自室に篭ったままとなった。
ドーマルディとしては、あまりに情けないと言うべき敗北にひとつの疑問が生じていた。
「父さんは……これからどうしたいのだろう?」
エーギルもまだ使えないわけではなかったやつだ。
母様のこともある。スリュム陛下への言い訳もどうされるのか――。
ドーマルディは時々――父、ウルズの考えがまるでわからなくなる時がある。
今回のこともそうだ。
まさかここまで酷い結果になるとは、ドーマルディも考えてはいなかったのだ。
僕が父さんの本当の息子ではないからなのか?
ドーマルディとて――純粋な「エルフ族」とは違う、褐色の肌に黒髪――己の父が亡きウートガルザではないかという見当をつけている。
「ウートガルズ」へ来た「エルフ」族のウルズがここで生きていくためには、自分を追ってきたヴェルダンディを王の妾として差し出し、信頼を得るしかなかった。これは仕方のなかったこと――その時、王との間に出来たのが自分とサクソなのだろう――と。
なんとか母ヴェルダンディを取り戻し、その後生まれた自分たちを自分の息子として、育ててくれたウルズをドーマルディは尊敬し、付き従っているのだ。
しかし――実の妹であり、妻でもあるヴェルダンディへの対応には納得いかない部分もある。
「父さんは……母様を愛していないのだろうか?」
本当にスリュム陛下から取り返す――つもりはあるのだろうか?
いや。父さんにはきっと何か深い考えがあるのだろう。
ドーマルディはそう思い直し、ここはしばらく沈黙することを選んだ。
そんな時。
ウルズはようやく自室から出てきた。
「……ドーマルディ。ここにいたのか?」
「すみません……」
いつもとあまり変わらない様子の父に、ドーマルディは戸惑いを覚える。
「スリュム陛下のところへ行ってくる。留守を頼むぞ」
「僕もお供しましょうか?」
「よい。少々込み入った話もせねばならん。
お前はこの城で待っていてくれ」
「わかりました。気をつけて……」
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
この時に見た父の姿は――酷く冷たく感じたのは、自分の思い過ごしだったのか。
ドーマルディには判断が出来なかった。
◆◆◆
こうすると決めた時。後ろは振り向かないと思った。
だが。今まで生きて動いていたものが――その生命の活動を絶たれ――死屍累々と横たわる不毛の世界。
これは。俺が選んだ世界。
眼前に広がる光景に――俺はかける言葉を持たない。
―お前はいつも、このような場面に辛そうな顔をするのだな―
フェンリルが戦いの終わった戦場を佇み――見つめる俺に話しかけてきた。
クヴァシルさんには「甘い」と注意されているのだが――慣れないし、慣れたくもない。
「そうだな……何度見ても……荒んだ気持ちになるよ」
―でも……これはお前の「やりたいこと」の結果なのだぞ?―
「その通りだ。わかっていることなのにな……」
―ならば、胸をはれ。奪った命の数だけ、お前は強くなる。生き延びる。
我はそんなお前に力を貸すのだ。誇りに思え。それこそが我の「仲間」だ―
「……ん」
俺は――小さく返事をした。
こんな時。悠を思い出す――人一倍心優しいあいつなら、どう思うのだろう。と。
そうだな。俺はそんなあいつに会うために、ここにいるのだ。
これ以上は悩むまい――。
「おい。いい加減戻るぞ……俺は疲れた」
面倒くさそうに。それでも、サクソが俺の後ろで待っていた。
「そうしよう」
ここにいても――前には進めない。
俺はサクソに応えると、戦場を後にした。
◆◆◆
「ヴァナヘイム」と「ウートガルズ」の間でそんな戦闘があったことを知らない僕は、この日はゲキの竜舎を訪れていた。
フレキがいなくなってゲキ一頭になってしまった竜舎。
しばらくは寂しそうにしていたゲキだったんだけど――今は僕が乗るもう一頭のワイバーンのヨルグが、ゲキと一緒に暮らしてる。
この二頭。
やたらに性格が似てるというか――。
「アギャっ!!」
「ウワギャギャっ!!」
僕を巡って――竜舎から出たゲキとワイバーンは、一回りも体格が違うのに――揉めていた。
「わかったから……」
僕がなかなか落ち着かないゲキとヨルグに、一歩踏み出すと――二頭は我先にと僕に首を伸ばしてくる。
「アギャギャっ!!」
「グワギャっ!!」
まーた喧嘩になる――いい加減にしろ。
「ユウはドラゴンに人気があるなぁ……」
「……あははぁ……」
僕が竜舎に案内したウェインさんは、苦笑いをしている。僕は愛想笑いになっちゃうけどね。
「でも……これも大事な「エインヘリヤル」の資質のひとつなんだけどね」
「……どういう意味ですか?」
ウェインさんがゲキに手を伸ばした。ゲキは嬉しそうに顔をウェインさんの手に持ってくる。
「ゲキは「アースガルズ」から、ここに送られた「神竜」だ。
僕の乗る「フギン」も、ルイーズの乗る「ムニン」も同じように「アースガルズ」から送られている。
そして主となる「エインヘリヤル」がこの世界に来るのを、この「ヴァルハラ」で待つそうだ。
そして「エインヘリヤル」を護る「守護竜」の役割につく。
アーサーのドラゴン「フロプト」は……銀色のウロコを持つ美しい「神竜」だった。
だけどアーサーが亡くなるとすぐに死んでしまった……。
「神竜」は主となる「エインヘリヤル」がこの世界で生きていくための……「オーディン」が選んだ「エインヘリヤル」の半身のような存在らしい。
ゲキのように、こんなにフレンドリーな「神竜」は初めてだけど……そう言う意味では、君はよほど……「オーディン」に気に入られているのかもしれないな」
「……そうなんですかね?よくわかりません」
そう。神様に気に入ってもらえるのはありがたいけど。だったら僕にもっと、みんなを護る力を与えて欲しい――って、図々しいか。
「僕は……その「オーディン」が嫌いだけどね」
ポツリと紡ぎ出されたウェインさんの言葉。
「嫌いって……アーサーさんのことがあったからですか?」
「そうだね。それもあるけど……。
僕は元々この世界の神様を信じているわけじゃない。ということかな?」
「そうですか……」
僕にはウェインさんの言っている意味が、あまり理解出来ていなかったと思う。
でも――もっと深い理由があるような気がして、僕はそうとだけ答えていた。
そう言えばルイーズさんも、そんなことを言っていた――アーサーさんを失ってまで戦ってきたウェインさんたち。
僕も「オーディン」を信じるのか?と聞かれたら――疑問もある。
その「オーディン」の巫女である「ヴァルキュリア」のみんなに申し訳ないけど。
エイルにもそうなんだけど――僕は「ノルン」というシステムにも、正直怒りを感じてる……。
確かにそのおかげで、エイルと出会えた。それでも「おかしい」と思ってる。それは前島くんも言っていたことだ。
ウェインさんが言っているのはそのことなんだろうか?
「ユウ。トオルのことは早く会いたいのに我慢してもらってごめんね。
僕もルイーズも君を混乱させないように、あの話をするかどうか悩んでいたんだ」
「いいえ。僕としてはお話していただいてうれしかったです」
本当だ。そりゃ、すぐにでも噂の確認に行きたいけど――。
「僕たちも少しでも早くメドがつけられるよう頑張るから、もう少し待ってくれ」
「そんなことっ……僕は大丈夫です。
これは戦いです。ここで焦っても仕方ありません。
今はここを護ることに全力を注ぎます」
「……君は本当にアーサーにそっくりだな……」
ウェインさんが何かを言ったみたいだけど――ゲキの方を向いていて、僕には聞くことが出来なかった。
「……今、何か?」
「いいや。何も言っていないよ」
そうなんだ。
僕は深く考えることなく、甘えてくるヨルグを撫でていた。
「ここにいたのね」
エイルと話していたルイーズさんがやってきた。
ほんのひと時だけど、こうして一息つける時間が持てること。
これはルイーズさんとウェインさんのおかげだ。
僕は二人に感謝しながら、楽しそうなルイーズさんたちのいつもの掛け合いに笑っていた。