第34話 俺と戦いの始まり
そして二週間後――。
「ヴァナヘイム」の辺境にある「聖地」にて、「ウートガルズ」との戦争が始まろうとしていた。
今までにない程の「ウートガルズ」軍の大規模な襲来。
それはミーミルさんたちの予想を越えたものだった。
「ヴァナヘイム」の軍は一万。増援を要請すれば、もう五千はいくだろう。
「ウートガルズ」軍はその倍の規模に達する――はずだ。
しかしこの世界の戦いは――数ではない。「力」。戦う者の純粋な戦闘能力の差が勝敗を決する。
それならば――「ウートガルズ」の兵など比ではない。だが。
「しかし……こちらも多くの犠牲は覚悟せねばなるまいな」
渋面のミーミルさん。
俺はフェンリルを連れ、ミーミルさんのやや後ろに控えていた。
そして俺の後ろには、ドルジさんに特注したミスリル製の鎧に包まれたサクソがいる。
「なぁ。俺にも「ウートガルズ」の軍の様子を教えてもらえないか?」
サクソが俺に尋ねてくる。
みなサクソの肌の色、容姿から「ディックエルフ」ということを知ることになる。
そうなればサクソを警戒し、情報提供を渋る。
それは俺も懸念はしていたが――。
「数はおそらく三万は固いだろうということだ。
軍の兵の中心はオーガだが、半獣族のワーウルフも多数含まれている。
そしてその軍の指揮の先頭にいるのが、容姿から……女。そして肌の色から「ディックエルフ」じゃないかということだ。
何か心当たりはあるか?」
「あるも何も……それはエーギルだろう。カーラから聞いてないか?
あいつは父さんのお気に入りだからな。
それとワーウルフが含まれてる……ってんだったら、それは王軍じゃない。
お前が半年前に俺たちと戦った「氷竜騎兵」は王軍の中心となる近衛軍だったからな。それ以外は、はっきり言って「糞」の集まりだ。
あの時は五百の数を出している。それを「ヘイムダル」だけであの分なら全滅させてるだろうし。
それが含まれていないのなら、この「ヴァナヘイム」の敵じゃないだろ?
犠牲を出すほどもなく、「ヴァナヘイム」の勝ちじゃないのか?」
何事もないかのように――俺の話した情報だけで、サクソはそう――答えた。
「たぶんエーギルは気がついていないだろうが、この「ヴァナヘイム」の戦力を減らすことだけが目的の「有象無象」の連中さ。そんな畏まる程じゃないね」
「……お前が将なら……どう戦う?」
俺はサクソにストレートに聞いてみる。
「それ以上俺に聞くなら……高くつくけど?」
にやりと笑うサクソ。俺の足元を見てるつもりか。
「俺が「頼む」……と言ったら?」
引くことなく――俺は微笑みを見せながらサクソに頼んでみる。
サクソはつまらなそうに、ふんと鼻を鳴らす。
「……今回は大盤振る舞いだ。教えてやるよ」
「すまん」
俺の素直な態度が気に入らないらしい。軽く「ちっ」と舌打ちする。
「オーガはまず……数に入れなくてもいいだろう。あいつらはただの「壁」としての役割程度だ。
そいつらが大半なのなら、ただ「壁」が分厚くて苦労する……程度で考えとけ。
そんなことはいつも戦ってきた、お前たちも知っているだろう?
ワーウルフは強靭な肉体とスピードを誇るが、体力に問題がある。
瞬発力はあるが、それほど持続性がないと考えておけばいい。
ここから見た感じでも、「竜」の数が圧倒的に少ない。
魔術の加護もしているだろうが、「空」からの攻撃に対しての備えが手薄だろうから、効果的に狙うのであれば、そこが一番だろうな。
俺にワイバーンを一頭貸せ。そうすれば、あいつらの隙を作ってやる」
「空からの奇襲か?」
「エーギルは魔術を得意としているやつだ。魔術は「呪文」の詠唱をしなければならないから、スピードの勝負なら格闘技の方が勝る。
そしてあいつは身を守る程度の戦闘能力ぐらいしか持たない。
やるんだったら……真っ先に「頭」を潰す。俺ならそうするけどね」
「……ならばリンドブルムの方がよかろう。ワイバーンよりも飛翔力、機動性がある。石のように硬いウロコで通常の武器なら歯が立たん」
話を聞いていたミーミルさんが、頼もしそうにサクソを見て――そう言った。
「いいねぇ。でもそいつ、性格は大人しいの?」
「よく飼い慣らされている。お前でも扱えるだろう」
「ならいいや」
「いいのか……ミーミル?」
クヴァシルさんが、ミーミルさんに心配そうな表情を向けている。
普通はそうだろうな。ほんの数ヶ月前までは、向かい側の敵軍の中心にいるようなやつだったのだから。
ミーミルさんが俺を見て笑っている。
「信じよう。彼らを……」
俺はミーミルさんに頷いた後――クヴァシルさんへ笑顔を見せた。
「ならば俺も行こう。さすがに三万の敵軍に手薄とは言え、空からの奇襲に一騎では心配だからな」
「当たり前だ。俺一人でなせるものか……ちゃんと俺を護れよ」
俺の言葉に、当然だとばかりに言ってのけるサクソ。まったく――。
こいつも――悠とは違う意味で、放っておけない性格なのかもしれないな。
ふと、そんなことを思う。
「ミストも頼む」
「はい」
ミストは疑うことなく頷き、俺に微笑んでいた。
「では行ってきます」
「待て」
行きかける俺たちをクヴァシルさんが呼び止める。
「何か……?」
怪訝な顔をしていたのだろう。そんな姿を見たクヴァシルさんが苦笑いをしていた。
「ミーミルが認めたんだ。今更、俺も止めやしない。だがどうせやるなら確実に成功する方法のほうがよかろう?俺に考えがある」
俺とミスト――そしてサクソは互いの顔を見合わせた後に、不敵に笑うクヴァシルさんを見つめた。
◆◆◆
エーギルがこのように大軍を率いることは初めてだった。
普段はウルズの傍に仕え、このような戦場では、後方の支援を行う役目の方が多かったのだが――。
敬愛するウルズから直接任された大役に――エーギルの心は高揚していた。
目の前の「ヴァナヘイム」の軍を殲滅する。
そのことのみが今のエーギルの――命をとした「使命」だった。
「敵に動きはないか?」
「今のところ……」
エーギルの副官として付き従うベルゲンは、何度も繰り返されるエーギルの同じ質問に答えることに疲れと呆れを感じていた。
まったく動かない敵の様子に焦り、完全に気持ちは空回りし――これでは戦う前から結果が見えてしまう。
何故にウルズは、経験の乏しいエーギルにこのような一軍を率いさせたのか。
その資質に問題はないのだろうが、敵を倒すことのみを考え、完全に周りを考える余裕を失っている。
自分がしっかりするしかあるまい。
いざと言う時は、エーギルを押しのけてでも――自分がこの軍の指揮を取らねばなるまい。
それなりの戦果を上げれば、自分の手柄とすることが出来るのだ。
それに軍を全滅させるよりは、よほどのましというものでもある。
いや――どうせなら。
そこまで考え――それまではせいぜいエーギルを支える副官を努めようと考えていた。
◆◆◆
クヴァシルさんとの打ち合わせを終え、俺はフェンリルに跨った。
―話は済んだのか?―
「まぁな」
相変わらずフェンリルと話せるのは俺だけ。
まるで「独り言」のような俺とフェンリルの会話の様子に、ミストがクスッと笑う。
「何だ……仕方ないだろう」
「ううん。仲がいいなって。あたしも早くフェンリルと話が出来るようになりたいな」
「そうだな……ん?」
フェンリルがまた俺に話しかけてきた。
「なんて言ったの?」
「仲がいいのは俺とミストだそうだ」
「嬉しいな……ありがとう、フェンリル」
「礼には及ばんとさ」
ミストはまた――笑った。
「ふぅ……なんとかなるかな」
ワイバーンより少し体の大きなリンドブルムというドラゴンに乗り、ドスドスと地響きを立てて、サクソが俺とミスト――フレキの傍にやってきた。
「でも……こいつでかいな……フレキと言うんだっけ?」
リンドブルムより更に大きいフレキを、リンドブルムの背から見上げるサクソ。
「確か「神竜」の部類だろう?よく手に入ったな」
「まぁね。フレキはまだ「神竜」の子供よ。これからもっと大きくなるわ」
ミストに説明され、「はぁー」とサクソは驚いたように、再度フレキを見上げた。
「でも……伝説の「破壊の狼」であるフェンリルに跨るトオルの方が驚きか」
俺はサクソを見上げ――軽く笑った。
「そうか?俺にはお前もフェンリルも大事な「仲間」だがな」
「……鬱陶しいやつ……」
俺の答えに、サクソは呆れた様子で呟いた。
「トオルっ。準備はいいかっ?」
クヴェシルさんがやや離れた――リンドブルムの上から俺に声をかけた。
「はい。いつでもっ!!」
「では行くぞっ!!」
「はいっ!!」
―しっかりつかまっていろ―
「ああっ!!」
フェンリルが大地を蹴り、大空へと舞い上がる。
それを合図とするかのように、フレキ、そしてサクソの乗るリンドブルムが翼を広げ飛び上がった。
「トオルに続けぇっ!!」
クヴァシルさんの指示で、次々にリンドブルム、ワイバーンたちが大空へと飛び立っていく。
「行くぞぉっ!!」
地上では、ミーミルさんが一万の兵に号令をかける。
◆◆◆
「敵が動きましたっ!!」
ベルゲンの報告に、エーギルは表情を引き締めた。
「敵は我らの半分に満たない数の兵のみっ!!蹴散らせっ!!殺せっ!!
「ヴァナヘイム」の軍を一人残らず殲滅せよっ!!」
エーギルの言葉に、「おおおおおおっ!!」という三万の兵士の声が響いてきた。
こうして戦いは始まった――。