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第33話 俺とドラジさんと戦いの予兆と

「ドラジさん」

「おう……トオルか」



 俺を助けてくれた――ドワーフ族のドラジさん。

 普段はミーミルさんなど、指導者かその直臣たちの武具などを専門に手入れ、加工などをしている熟練した技を持つ職人――という感じの方だろうか。

 俺もこの数ヶ月はお世話になっている。



「どうじゃ?話は済んだのか?」

「ええ」

 ドラジさんにはミーミルさんたちに話が出来ないことも、いろいろと相談させてもらっている。

 警戒心の強い種族であるドワーフ族の中でも、かなり気さくな性格の人?と言えるだろう。

「で……連れてきた。というところか?」

 エルフ族やヴァナ族同様、ドワーフ族も長寿の種族。

 ドラジさんはすでに八百年は生きているそうだ。

 俺には想像がつかないが――「長老」と呼ばれる一族を率いるだけの経験とカリスマを備えているらしいのだが、ドラジさんは一貫して「職人」である自分の生き方を通している。

 そこか俺がこの人を尊敬する一つの理由だ。



「だがそやつをこの工房には入れんでくれよ。いくらお前でも、わしたちが「ディックエルフ」を憎んでいることに変わりはない」

「……はい」



 その昔。「ウートガルズ」はドワーフ族の優れた技術を狙い――多くのドワーフ族が攫われ、奴隷として働かせているらしい。カーラもそう言っていた。

 


 そのことをドラジさんは昨日のことのように覚えている――と語っていた。

 当然それに味方する「ディックエルフ」は、その憎しみの対象でもある。



「なんだよ。ドワーフ族じゃないか」

「少し黙ってろ……サクソ」

 扉の外で、腕を組み――悪態をついているサクソ。俺はサクソを黙らせると、黙々と作業を続けるドラジさんの背に目を向けた。

「お前も変わったやつじゃよ、トオル。そんなやつを助けて仲間にしたいなどと……。

 そやつの境遇は、自業自得のもんじゃろ。なんでそんなやつの肩を持つ?」

 俺はしばしの沈黙の後――口を開いた。

「ある意味……サクソも恩人なんですよ。俺にとっては。

 こいつがいなければ、ドラジさんやミーミルさんたちには会えませんでしたから」

 ドラジさんの作業の手が止まり――驚いて、俺に振り返った。

 俺はそんなドラジさんに微笑んで見せた。

 これはけして――嘘ではないから。

「まったく……」

 ドラジさんが嘆息する。そしてまた、作業を始めた。

「そやつの鎧を作るんじゃったな?中へ入れろ」

「……っ!いいんですか?」

「気が変わらんうちに早くしろ」

「ありがとうございます!!」

 俺はドラジさんの頭を下げ、扉に背を持たれているサクソに振り返った。

「中へ入れよ」

「……お前さぁ」

 組んでいた腕を解き――サクソが俺をまじまじと見つめる。

「何だ?」

「本当にバカだな」

「……言っただろう?性分なんだよ」

 サクソはそんな俺にそれ以上答えることなく、工房の中へと入ってきた。



 それはサクソにとっても新しい一歩なんだと――俺は思いたい。




◆◆◆




「お呼ですか、ウルズ様」

 エーギルがウルズの部屋に呼ばれ、ウルズの数歩手前で立ち止まった。

「ああ。お前に「ヴァナヘイム」攻略の陣頭指揮をとってもらおうと思ってな」

「……それは……本当ですかっ!?」

「本当だ。スリュム陛下とも話し合った上で決めたことだ。お前が一番適任だろうと」

「……はいっ!!お任せ下さい!!」

 頬を紅潮させ――エーギルは笑顔でウルズへと答えた。

「三万――お前に任せる。これは「ウートガルズ」にとっても、その存続をかけた戦いになる。「ヴァナヘイム」を攻略出来れば、次はいよいよ……神々との戦いになるのだから」

「はい。ウルズ様のご期待に応えられるよう結果を出してまいります!!」

「……よろしく頼む。

 お前がいないのは、私にとっても寂しいのだが……我慢して、吉報を待つことにするよ」

 一気にエーギルの顔が真っ赤に染まるが、それを見てウルズは目を細めて――微笑んだ。

「お待たせは致しませぬ」

「ああ。早く帰ってきておくれ。エーギル」

「はいっ!!」

  一礼し――ウルズの部屋を出て行くエーギル。

 


 同様にウルズに呼ばれてその部屋へと向かっていたドーマルディは、意気揚々と廊下を闊歩するエーギルとすれ違った。

「やぁ……エーギル。何かいいことでもあったのかい?」

「ドーマルディか……今度「ヴァナヘイム」攻略の指揮を取ることになった」

「へぇ……それはとてもすごいことだよ。さぞ父さんもエーギルには期待をしているのだろう。是非に頑張ってくれ」

 ドーマルディはエーギルへと祝福を送り――称えた。

 が。エーギルの笑みは消え、ドーマルディを睨みつけるように見据えた。

「ああ、任せてくれ。ウルズ様の右腕になれるよう全力を尽くす」

「うん。期待しているよ」

 ドーマルディの笑みは崩れない。

 エーギルはすぐにドーマルディから視線を外すと――機嫌を損ねたかのような足取りで、廊下を歩いて行った。



 その後ろ姿を見送ったドーマルディは――。

「単純なやつ。せいぜい「ヴァナヘイム」の戦力を削いでくれよ。

 僕らの未来のためにも……母様のためにもな」

 そう呟いては――笑っていた。




◆◆◆




 俺がサクソの鎧のことで、ドラジさんと話している時。




 ミーミルさんは今後のことでヘーニルさん、「将軍」職の代表としてクヴァシルさん、ミーミルさんの右腕である「文職」の代表としてヘグルヴェイグさん(いつもはヘグルさんと呼んでいる)ヘーニルさん――俺の代わりとしてミストがミーミルさんの自室に集まっていた。



「これで「ウートガルズ」が諦めたと思うか?」

 ミーミルさんがこの場にいるみんなに問うた。

「……それは有り得んだろうなぁ。あいつらは、「ヴァナヘイム」を手に入れたくて仕方がない理由がある」

「それは?」

 ミストが答えたクヴァシルさんに尋ねた。

「あいつらの最終目的は「アースガルズ」へ行くことだ。

 「アースガルズ」までの道が開ければ、神へ近づけると思い込んでいる。

 そしてここを手に入れ、私たちの知識、技術を得て神を滅ぼすつもりなのだろう。

 つくづくおめでたいというか……」

 代わりに答えたのはヘグルさん。そう説明しては肩をすくめた。

「なれば……次はいつと?」

 ヘーニルさんは、兄であり、この国の指導者であるミーミルさんに視線を移す。

「……いつなんどき現れてもおかしくないということだろうな。

 やつらとしては、この撤退は……建て直しの時間が欲しかっただけだろうから」

 ミーミルさんのこの意見には、クヴァシルさんも同じらしく――小さく頷いた。

「ああ。俺たちもいつでも出られる準備は整えている。問題は……」

 クヴァシルさんの視線がミストに向かった。

「トオルでしたら……今頃新たな力を得ている頃でしょう」

 ミストの言葉を聞いて、クヴァシルさんの顔が綻ぶ。

「すまないな。君たちを早く仲間たちの元へ返してやりたいのだが……」

「それは……私たちが選んだことでもあるのです。

 そして「ウートガルズ」を倒すことは、ここにいても、「ヴァルハラ」に帰っても変わりませんから……」

 恐縮するミーミルさんに、ミストは苦笑いで答えた。

「その新しい力……信じていいのかい?」

 立場上――そしてその慎重な性格も相まって、ヘグルさんは――サクソの警戒を怠らない。

「その時は……私が責任を持って、「排除」いたします。情けをかけるつもりはありません」

「ヘグル。ミストがそこまで言っているのだから、私たちはトオルとミストを信じましょう。彼はあの「フェンリル」さえ従えたのだから」

「……そうだけど」

 


 実は――ヘグルさんとヘーニルさんは夫婦だ。

 ミーミルさん曰く、「ヘグルはヘーニルの尻に敷かれている」そうで。

 指導者ミーミルさんの妹であり、この「ヴァナヘイム」の第二位の地位にあり――愛する妻であるヘーニルさんの言葉には、ヘグルさんも辟易している。



「クヴァシル、いつでも出られるよう準備を怠らないようにしておいてくれ。

 ヘグル。ドラジたちに、武具等の整備と数の用意を頼んでおいてくれ。

 ミスト……トオル共々よろしく頼むぞ」

 みなはミーミルさんの指示に、無言だが、しっかりと頷いた。




◆◆◆



 

 ユグドラシルの空は、黄金の輝きが薄れ――淡い紺色が徐々にその色を増していた。

 僕らの世界なら――黄昏時に当たるそうだ。




「ユウ……どうして行かないの?」

 エイルがテラスからユグドラシルの空をぼんやりと眺めていた僕に話しかけてきた。



「……これが前島くんだったら……こうすると思ったから」

「トオル……だったら」

「うん。前島くんだったら、こうするだろう。ってさ。時々……特に戦いのことで迷ったり、落ち込んだりする時は、そう考えることが多い。

 まだまだ前島くん離れが出来ていないな……僕は」

「そんなこと……ないわ」

 エイルが僕の隣に立って――体を寄り添わせる。



「本当は僕だって、今すぐ行って確認したいけど……今はそんな時じゃない。

 ここを、みんなを護る。それが僕のやるべきことだと思うんだ」

「……うん」

 エイルは僕を見つめて――しばらくして口を開いた。

「「ウートガルズ」に行く時は、もちろん私も一緒でしょ?」

 エイルのそんな質問に、僕は一瞬答えに困って――。

 本当は――そんな危険なところにエイルを連れて行きたくないんだけど。



「……うん。一緒に行こう」

「はいっ」

 嬉しそうに微笑む彼女を――エイルを見つめて。

 僕もそれに応えるように、笑みを浮かべていた。



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