第32話 僕と希望、俺と新しい仲間
「……よぉ」
俺はサクソの部屋を訪れた。
部屋は厳重な結界が張られ、サクソは部屋以外の場所へと移動出来ないようにされ、半年間、ここで幽閉されていた。
そして万一に備え、彼の部屋の前には警備の兵が二名程常駐している。
サクソは部屋に入ってきた俺を見るなり――俺が切り落とし、ミスリルというドワーフ族が作り出した特殊魔術金属 (というらしいのだが)で作られた右手の義手を、ひらひらと俺に振ってみせた。
「元気そうだな」
「そうだな」
半年。俺はサクソと何度か対話を試みた。
初めは何も話すことはなかったが、徐々に自分の生い立ち、置かれた状況をぽつぽつと話し始めた。
そしてこいつが――「ウートガルズ」に戻っても、居場所がないことも。
俺はそれまでサクソに言っては来なかったのだが。
この日――これからの行動にメドがついたことで、サクソにひとつの提案をするために、この部屋を訪れていた。
「……で、今日は何を話せばいいんだ?」
初めの頃を考えると――ずいぶんとサクソは明るさを取り戻した。
「お前に「お願い」があって来たんだ」
「「死んでくれ」と?」
「違う」
卑屈なのは――フェンリルと同じか。
最近のあいつもだいぶ変わったが。
「……俺たちと一緒に来ないか?」
「どこへ?」
怪訝そうな表情を浮かべるサクソ。
「「ヴァルハラ」へ。お前の父親から、「ヴァルハラ」を護るために……」
「……はぁぁっ!?」
俺は驚くサクソを苦笑いしながら見た。
「取引……いや、「命令」か。従わないと、ここに死ぬまでいることになる……と」
「ミーミルさんはそうでもいいと言ってはくれている。
お前を放てば……「ヴァナヘイム」の正確な位置を、ウルズに教えることになるからな」
サクソは今の自分の立場を――軽く鼻で笑った。
「ここはメシがうまいから、まぁ……いてもいいけどね」
「一生だぞ?俺は人だ。せいぜい百年程度で寿命が尽きる。だが、お前は「エルフ族」なのだろう?千年以上はここにいることになるんだぞ?」
「ははは。エルフ族ねぇ……それも怪しいけどな」
「……どうしてだ?」
自分を卑下する薄い笑い。
カーラの話では、サクソ、ドーマルディはウルズ、ヴェルダンディさんの間に生まれた双子の兄弟。 カーラは末娘となる。ということだった。
「俺の母親……ヴェルダンディは、ウルズにウートガルザ王の妾として召し出されていたんだよ。散々遊ばれて、飽きたからウルズの元に返されたんだ。
そのおかげでウルズは、今の地位が約束された。
俺とドーマルディはその後に生まれたからね。
俺たちの父親はウートガルザ王だと思うぜ。俺とドーマルディはウルズの息子となっているから、王も表立って俺たちに何かすることはなかったけど。
でも俺の扱いは王位継承する者と同じだった。だから王は、俺に帝王学を学ばせたんだ。
姑息なドーマルディは、ウルズが手元に残したけど。
俺たちの肌の色や「ディックエルフ」としての特徴も、どう考えても、「ヨトゥン族」とのハーフだろう?
あの二人の本当の子供はカーラだけじゃないのか?
それにお前はそのウートガルザ王を討ったというからな。
ウルズのやつ。今頃はスリュムに取り入って、ヴェルダンディ母様を召し出してるだろうなぁ。エルフは極上の女だから」
直後。俺は近くのテーブルの上にあった水差しを叩き割った。
サクソがびくりと、テーブルへと視線を向ける。
「……ならば、なおさらだ。俺と共に行こう」
「何でお前が怒るんだよ?お前の女とヴェルダンディ母様の境遇を重ねたのか?
お前の女の母親も、「エインヘリヤル」に散々弄ば……」
俺は――サクソを睨みつけた。
目を見開き――殺気を感じたのか――体を硬直させるサクソ。
「俺は……ウルズを討つ。あの時討ち漏らしたことを、今……死ぬほど後悔している。
お前はどうなんだ?殺されかけ、それでいいと思っているのか?」
「……いいわけないだろう?」
「俺たちに協力することが気に入らないと」
「当たり前だ」
「今のままでいいと?」
「ヤダね」
「ならば……どうしたい?」
俺とサクソの短い言葉の応酬が続き――サクソが俺の問いに押し黙る。
「……お前は俺をどうしたいんだよ?」
「仲間……になりたい」
笑うかと思った。
以前、同じ言葉を言ったことがある。数ヶ月前のことだが。
その時。サクソは大笑いをしていた。
だから今も――しかし、俺の考えは外れた。
笑うことなく。真剣な顔で、俺をじっと見つめている。
そして――小さなため息をついて。
「……わかったよ」
「よし」
その答えを訊き。俺はサクソに頷いた。
「今からお前は自由だ。が、変な真似をすれば、俺がその場で叩き切る」
「それが……「仲間」ねぇ」
「と、でも言っておかないと、お前を自由には出来んだろう?
だがミストに手を出したら、そうする」
「おぉ、怖」
皮肉な笑み。完全には俺を信じてはいないのだろうが。
それでも――。
「サクソ。俺もお前も同じ立場だ。
この方法しか、選ぶ道はない。崖っぷちなのは同じ……同志なんだよ。俺たちは」
「俺はもっとうまい方法を考える」
「それはただの「逃げて楽になる方法」だ」
「そんなに生き急ぎたいのかね、お前は。バカじゃない?」
「……性分なんだよ」
俺はサクソに苦笑いを見せた。
「お前には、今から来てもらう。
お前にあった武具を用意しなければならない。これから忙しくなる」
「これからぁ?」
心底嫌そうな顔をしやがる。
「楽はさせない。お前の性根も叩き直してやる」
「ああぁ?調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!!このサル野郎っ!!」
「どうせサルさ。俺は「類人猿」だ」
「ルイ……なんだそれ?」
「知らなければ勉強しろ。俺が教えてやるから」
呆然とするサクソに笑いかけて。
納得のいかない様子のサクソを、とりあえず部屋から連れ出した。
まずは「陽のあたる場所」へ。そこから始めないと――何も始まらない。
◆◆◆
「こんなことが半年も続いていたのね」
疲れた様子のルイーズさん。
こんな戦闘は久しぶりだからと話してはいたけど。
フレスヴェルグとの戦闘を終え――僕らは「ヴァルハラ」へと帰還した。
僕らは一度、集会室に集まり――今日の戦いの戦果を話し合っていた。
「今日はいつもの倍以上の数はいましたけど……ルイーズさんたちがいてくれて助かりました」
「これでよく半年もここを護ってきたね」
ウェインさんが僕らを感心した様子で見ている。
「ユウがいたからこそだろう」
ブリュンヒルドさんが僕を見て笑う。
僕は少し照れながら――それでもそれが「戦い」という中での話であることに、罪悪のような感情も抱いていた。
今日もどれほどの命を奪ったのだろう――と。
「そんなことはありませんよ」
「本当に成長したな。初めて会った時に比べて、本当に勇ましくなった」
「……ありがとうございます」
ベタ褒めはやめてほしい。全然成長していないって。
僕はまだまだ弱い――前島くんに比べたら。ずっと。
「でもこんなことを続けてたら……間違いなく……ここはやられるね」
「そうだろう。私もそう長くは護り切れないと思っている」
ウェインさんの指摘に、ブリュンヒルドさんの表情は固い。
「君はどう考えている……ユウ」
ウェインさんが僕を見る。
「……時期を見て、「ウートガルズ」に行くつもりです」
「え……本気かっ?」
僕は冗談でも何でもなく――真顔でそう言って。
ウェインさんが驚いて、口をポカンと開けていた。
それはみんなも同じ。
ただし、カーラとエイル。スクルドさん、アルヴィドさんはそんな様子は見せていない。
このメンバーには僕の考えを、前から話していたから。
「ヴェルダンディさんの救出という意味がありますが、僕はウルズを討つつもりでいます」
「おいっ!!君だけで行くつもりか?」
「今すぐには無理です。それは僕にもわかっています。
それまでに「トリルハイム」との戦闘を乗り切るつもりでいます。
トロルは厄介な敵ですが、やつらの数は無尽蔵ではない。
僕は「ヴァルハラ」の戦力でそれは可能だと思っています。
完全に殲滅は出来なくても、その戦力を「削ぐ」ことは出来るはずですから」
僕の考えに、ウェインさんは軽くため息をつく。
「あのなぁ。僕らはあいつらと戦争をしたんだぞ。
あいつらを舐めているのは君だ。あいつらの戦闘力をこれだけだと甘く考えている」
「おいおい。この計画を立てているのは私だぞ?」
アルヴィドさんが、僕を責めるウェインさんに反論した。
「アルヴィド……君だって、六十年前を経験しているだろう?
僕らは攫われた仲間も助けに行けないでいたんだぞ?」
「それは「アルフヘイム」の軍を動かすから……ということで考えたからだろう?
私が考えているのは、ユウを中心とした「ヘイムダル」の主力メンバーだけで「ウートガルズ」に向かうことだ。
少数精鋭。今は詳しい話はしないが、私はそれを可能だと考えている。
今のユウの力と、我らの力を合わせて初めて出来る作戦だ。
そのために、邪魔な「トリルハイム」をここまで登ってこられないまでに戦力を削ぎ落としてからではないと、うまくはいかないからな」
「本気か……」
「本気も本気だ。今のユウを見てきた私たちだからこそ、導き出した結論でもある」
呆れるウェインさんと、アルヴィドさんの笑顔があまりに対照的だった。
「……あなたたちに、ひとつ話があるの」
それまでこの様子を見守っていたルイーズさんが口を開いた。
「何だ?」
ブリュンヒルドさんがルイーズさんを見た。
「今……「ヴァナヘイム」が、「ウートガルズ」との戦争をしていることは、あなたたちも知っているでしょう?」
「それはカーラから……」
僕がカーラを見ると、カーラは「うん」と小さく頷いた。
「そこに、人を乗せることが出来る程の大きさがある黒い狼に乗って、たった一騎で千の敵を倒す勇者がいる……という話が伝わっているの。
ここ数ヶ月の間のことよ。
全身を漆黒の鎧に包み、彼を護るように、同じ色のドラゴンも付き従っているという話。
その勇者は「戦う狼 (ヒルドールヴ)」と呼ばれているらしいわ」
僕は――目を見開いて――ルイーズさんの話を聞いていた。
「……ルイーズ……それは……」
スクルドさんが、僕の代わりにルイーズさんに尋ねてくれた。
その時の僕は――全身が震えていたから。
「……ユウが探し続けている友達。「トオル」かもしれない。
彼を護るように付き従う漆黒のドラゴンも、「フレキ」。それに乗るのが「ミスト」と考えると……そしてこの数ヶ月の間の話だから、もしかしたら、今……彼らは「ヴァナヘイム」に身を寄せていて、そこで戦っていると考えれば。
でもこれは確認しているわけじゃないから、違うかもしれないんだけど……」
「……それでもっ!!」
エイルが席から身を乗り出した。そして僕へと視線を移す。
僕は――無意識に歯を食いしばる。
「会いに行きたい!!」でも――。
「未確認の情報なら、もう少し様子を見てもいいでしょう……」
僕は――そんな言葉を紡ぎ出していた。
「……ユウ」
ブリュンヒルドさんたちが、「何故?」という顔で僕を見る。
「アルヴィドさんが話してくれたことは、まだ先のことです。
今は「トリルハイム」からの連中をどうにかしないといけない。
今……僕がここを離れるわけにはいかない。でしょ?」
自然と僕の目は、ルイーズさんとウェインさんに向かっていた。
「……ルイーズ。僕も彼の意見と決意に賛成だ。
そうだね。今はここを護り切ること。確かにアルヴィドの作戦とやらも、その後に考えても間に合いそうだ。それまでにもっと必要な情報も集めたい」
「あなたは慎重すぎるのよ……ウェイン」
僕に賛同してくれたウェインさんに、ルイーズさんは嘆息する。
「でも私も同じ意見だわ、ユウ。残念だけど、今のあなたがここを離れることは、かなり厳しい状況ね」
「覚悟は出来てます。大丈夫です」
僕はルイーズさんに頷いた。
でも。君は生きているのか――前島くん。
もしもそうなら――。僕が行くまで――もう少し待っていて。
僕は必ずそっちに行くよ。前島くん――。