第31話 僕とトロル、俺とフェンリル(後編)
ルイーズさんとロセは、純白の羽毛に包まれたドラゴン「ムニン」の背に乗って、この戦場にいる。
ウェインさんはヘリヤさんと茶色の岩石のような硬いウロコに覆われたドラゴン「フギン」に乗っていた。
ルイーズさんの振るう武器は「鞭」。
ロセの能力「増殖」によって、長さ、本数を自在に操り、フレスヴェルグを「打ち落とし」ていく。
――なんだか――すごく……異様な迫力があるのは何故だろう?
ウェインさんの武器は「剣」。でもウェインさん曰く「これは自衛用だね」だそうだ。
本当の力は「守護」。
これは「ヘイムダル」のヘルヴォルさんが同様の能力を持つが、ヘリヤさんの能力「強化」が加わることで規模と強度に違いが増す。
ここでは「壁」として「守護の盾」と名付けた力を発揮していた。
フェレスヴェルグの行く手に、半透明の「壁」を出現させ遮ってしまう。
それで複数のフレスヴェルグたちを囲い込み、三百六十度に張り巡らせ退路を断つ。
ここにルイーズさんの操る鞭が攻撃を仕掛けてくるのでひとたまりもない。
そうしながら、フレスヴェルグは徐々にその数を減らしていた。
「ゲキ。私たちもそろそろ本気をだそうか」
ゲキに乗るスクルドさんが、ゲキに声をかける。
「アギャウっ!!」
ゲキがスクルドさんに応えるようにひと声鳴き――壊されたスクルドさんの鎧の代わりに、新たな灰褐色の鎧が彼女の体を覆った。
「ありがとう……いくぞ」
「ギャゥ」
ゲキが加速する。
「我の愛するユウを護るために、風の精霊よ。我の願いに応えよ。
我らを「風の刃」とし、敵を殲滅せよ」
スクルドさんが――風の精霊に呼びかける。
そしてゲキのスピードが一気に増し、爆音と共に音の速さを超えた。
フレスヴェルグの間を、灰褐色の閃光が駆け抜けていく。
その光が走り抜けたあとは――下方にフレスヴェルグだった残骸が落下していくだけだ。
逃げる暇もない。
気がつけば――敵は己の体が散り散りに切り刻まれているのだから。
だがトロルの冗談のような耐久力をバカには出来ない。
「ヘイムダル」のみんなはほとんど全力で、こいつら一体、一体を相手にしなければならないのだから。
先ほどのスクルドさんのような目にもあいかねない――。
「やるよ、エイル」
「……いつでも」
僕は後ろにいるエイルに合図を送り、すぐにその答えを聞くと――銀玉鉄砲の銃口をフレスヴェルグに向ける。
「殲滅、拡散×十倍」
僕が「殲滅」の力を優先させた光弾を撃つ。
「乱反射!!」
直後にエイルが「呪文」を唱えた。
僕の放った光弾は「拡散」し、フレスヴェルグたちを数頭捉えて撃ち落としていく。
だがすべてではない。
僕の攻撃に気がつき、大半のフレスヴェルグたちは騎乗するトロルの指示で逃げていく。
「追尾」をかけていれば追うことが出来るが、その分、追いかけることに力を使い「殲滅」の力が幾分弱まってしまう。
僕がその力を上乗せすればいいのだけど、力の負担が当然大きくなる。
それを回避し――なおかつ、逃げるフレスヴェルグを「殲滅」する力を維持したまま狙い撃つ力。
それが「乱反射」になる。
フレスヴェルグに逃げられ、狙いの外れた「光弾」。
だが、目に見えない「鏡」にはね返されるように――光弾は突如直角に曲がり、逃げたはずのフレスヴェルグを追いかけ始める。
慌てるのは乗っているトロルだ。
背後を振り返ったときは、光弾がすぐ目の前に迫っているのだから。
こうして一発も無駄にすることなく、エイルの操る「鏡」が、光弾を反射しフレスヴェルグを殲滅していく。
気がつくと、ルイーズさんとウェインさん、スクルドさん――そして僕ら――「ヘイムダル」の反撃によってフレスヴェルグは大半が倒され、残りはわずかとなっていた。
「……ふぅ」
エイルが小さくため息をついた。
「大丈夫?これはエイルに負担がかかるから」
「ううん。「鏡」を使うよりは負担がずっと小さいし、ユウの力になれるならそれが一番嬉しい」
「これがヨルグの上じゃなかったら……間違いなく僕は君を抱きしめてるよ」
僕は自分を精一杯奮い立たせて――エイルに本心を告げる。
「……ユウ」
「もう少しだ、頑張ろう」
「はいっ」
エイルの返事が嬉しそうだ。
愛する人を護ること――それは大きな「存在」を失った僕に残された――僕自身の責任と覚悟なんだから。
◆◆◆
「はぁぁぁっ!!」
俺は今、フェンリルの背にいる。
こいつと出会って数ヶ月。
俺はフレキが作り出す鎧よりも更に強固な――顔までも覆い尽くした――フェンリルの作り出した黒い鎧に、全身を包まれていた。
フレキにはミストが乗り、俺たちを護るようにピタリと寄り添っている。
俺が手にするのは、ヘーニルさんの魔術によって強化された「トリネコの枝」の棒だ。
しかしその先には、鋭利な「黒曜石」の欠片で覆い尽くされた「刃」が、「鎌」のような形状を作り出している。
戦うために――より敵を倒すことを目的とした形に変化していた。
ミストもまた、「水の魔術」にいろんなアレンジを加味することを覚えた。
以前から出来ないこともなかったそうだが、それをやはり操る術を身につけたことになる。
俺たちの行く手を塞ぐ「ウートガルズ」軍に、大量の氷の矢を浴びせかけるだけじゃない。
「酸性」を加えてそれを雨のように降らせることで、敵の鎧を溶かし体へダメージを与えていく。
俺はトリネコの枝を数倍の長さに変化させ、力任せに振り抜く。
俺のひと振りで、十数の敵が切り倒される。
フェンリルは大地を風のように駆け抜けるだけじゃない。そのまま空へと駆け上げる能力すら持っていた。
俺を乗せ、空から来る敵にも怯むことなく挑み、俺の攻撃だけではない。
その自慢の牙と爪で同時に倒していく。
いつの間にか、「ウートガルズ」軍だけではなく、「ヴァナヘイム」の戦士たちの間でも俺たちの名は広がり――それは「ヴァナヘイム」の外へも広がっていった。
そして俺たちの活躍で士気も上がり――劣勢を強いられ続けた「ウートガルズ」軍は一時撤退を余儀なくされ――ほんのわずかでも、戦い続けた「ヴァナヘイム」に息つく時間が与えられた。
◆◆◆
「半年……か」
「ヴァナヘイム」の近衛軍の将軍の地位にあるクヴァシルさん。
俺より更に身長が高く、屈強な体躯をした武人。
俺を見る厳つい面立ちに、珍しく笑みが浮かんでいる。
「そんなに経ちますか?」
俺はそう答えて――とぼけてみせる。
本当はわかっている。早く――「ヴァルハラ」に戻りたいのだが、まずはこの「ヴァナヘイム」から「ウートガルズ」を追い出すことを、俺は優先させたのだから。
「ようやくお前の願いが叶うのではないか?」
俺は沈黙する。
「そう黙る事もない。お前とミストを見ていると、この戦いを早く終わらせたいという思いが嫌というほど伝わってくるからな。
最近はそれが余計に感じられる」
「そんなに焦っているように見えましたか?」
「あぁ……見えた」
出しているつもりはなかったのだが――。
クヴァシルさんたちに伝わってしまっていたらしい。
「その時は俺たちも共に戦う。ミーミルもお前に約束しているらしいからな」
「指導者」の立場にあるミーミルさんだが、側近という親しい者たちには、ほとんど「友人」として接しており、こうして名前も呼びつけにさせている。
こんな気さくな態度が、あの人の懐の深さを感じさせる。
「その時は……お願いします」
俺は隠すことなく、クヴァシルさんに頭を下げた。
「この国のために戦ってきたお前たちへ、当然のことをするまでだ。
友が困っているならば、手を差し伸べるのが本当の「親友」というものだと思うぞ」
「……ありがとうございます」
この人もまた――ミーミルさんに負けない程の器の大きさを持っている。
悠。もう少しだ。
必ず助けに行く――。
その前に。俺にはやらねばならないことがある。
あれから半年。
「あいつ」との話はまだ済んでいないから――。