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第30話 僕とトロル、俺とフェンリル(中編)

―何故、我に構う―

 何だ?急に頭の中に声が――?

 


 俺は左右を見回した。

「どうしたのトオル……?」

 ミストが心配そうに俺を見ている。それはミーミルさんもヘーニルさんも同じだ。

「いや……気のせいらしい」

 それにしても――やけにはっきりと聞こえた。

 ここで俺の視線は、フェンリルで止まる。

 まさか?



―我だ。我がお前に話しかけている。他の誰にも我の声は聞こえぬようだ。

 お前は誰だ?何故、我に構う。何故、我の声が聞こえる?―

「……お前だったのか……フェンリル」

 俺は――じっと俺を見つめる、黒い狼に歩みを進めた。

「俺にはやりたいことがある。それにはお前の力を借りたい。そう思ったからだ」

―お前も我の力だけを必要とするのだな―

 そんな声と同時に――俺に低く唸り出すフェンリル。

「そうなのかもな。いやなら断ればいい。

 それでもお前が自由になれるようにはするから」

―どういう意味だ?―

「そういう意味だ。捕まったままで……こんな暗い場所で。性格まで暗くなるよな。

 だったら、明るい日の光が当たる場所で、思いっきり走り回りたいだろう?」

―……お前は誰だ?―



 そうだった。俺はフェンリルに名乗ることを忘れていた。

 これは本当に失礼なことだ。



「俺は前島透まえしまとおるだ」

―マエ……シマ……トオル?―

「ああ。トオルでいい。みんなそう呼ぶから」

 周りからは、俺が一人でフェンリルに話しかけている――悠に言わせると「危ない光景」に見えただろう。まぁ、仕方がない。フェンリルの声は俺にしか聞こえないらしいから。



―お前のやりたいこととは何だ?―

「……俺の親友ともに会いたい。そいつと仲間たちを助けたい

 それが俺の今一番やりたいことだ」

―それは我のやりたいことではない―

「そうだな。その通りだ」

―……簡単に認めるな―

「その通りだからな。そう言うしかないだろう?」

―では我のやりたいことをお前が叶えるというのなら、我はお前に力を貸そう―

「本当か?お前のやりたいこととはなんだっ!?」

―お前を……食い殺したい―

 


 俺は――ここで沈黙してしまう。

―やはりなっ!!貴様も命が惜しかろう。ならば我に近づくな。構うな―

 こいつ――完全に卑屈になっている。

「わかった。俺の命が欲しければくれてやる」

 この言葉で。ミストたちも俺がフェンリルと何の会話をしているかわかったようだ。

 慌ててミストが俺に駆け寄ってきた。

「何?何を話しているの……トオル」

「フェンリルとちょっと話しているだけだ」

 俺は心配そうなミストに笑顔を向け、すぐにフェンリルに向き直った。

「だが今は俺にもやりたいことがある。それが終わったら、お前に俺の体をくれてやる。

 でも用心深いようだからな。約束の手始めに、まずは俺の左腕を食え。

 すべてが終わったら、体全部をやるから……それでどうだ?」

「トオルっ!!」



 ミストが俺を呼ぶ。俺はあえてそれには応えずに、フェンリルの目を見ていた。

―……ぬぅ……―

 変な声出してんな。考え込んでいるのか?

―まったく……お前からは「恐れ」を感じない。本心からの言葉を我に言っているようだな……変なやつだ―

「よく言われる。特に俺の親友ともは、お前と同じことを言うよ」

―そのともは名を何という?―

小春悠おはるゆう

―お前たちの名は長いな―

「そいつに会ったら「コハル」……と呼んでやれ。嫌がるから」

―……とも、なのだろう?―

「ああ。親友ともだからな。だからそう呼ぶんだ」

―ならば……我の声も聞こえるのだろうか?―

「あいつなら俺よりもよく聞こえるかもしれない。獣には好かれるタチのようだから」

―……では会いに行こう。その「コハル」に―

「あぁ。是非そうしてくれ。きっと驚くだろうなぁ……」

 俺の前には――あの小さい光が浮かんでいる。あいつに俺の思いは届いているだろうか?

 お前は、俺に「光」を与えたくれたんだぞ――悠。と。



「どうなったのだ?」

 ミーミルさんが――呆気にとられて俺とフェンリルを見ている。

「鎖を外してやってもらえませんか?フェンリルなら……もう大丈夫です」

 俺の話に困惑を隠せないようだったが――それでもミーミルさんが「呪文スペル」を唱えると、フェンリルの自由を奪っていた鎖がガチャリと外れた。



―……自由……なのか?―

「そうだ、フェンリル。お前は自由になった。逃げるなら今だぞ」

―冗談を言うな。お前のやりたいことに付き合わねばなるまいよ―

「……トオル?どうなっているの?」

「フェンリルが、俺たちに協力してくれるらしい」

 俺はミストの肩を抱き――そのままフェンリルを見た。

―そのエルフは……お前の女か?―

「そうだな。そうなる」

―エルフと人とでは「種」が異なろう?―

「愛に種族は関係ないさ」

 俺は嬉しそうに笑って。ミストが唖然と俺とフェンリルを見ている。

 ミストのその顔が何とも――可愛くて、可笑しくて。

「一体、何の会話をしているのっ!?」

「こっちの話だ」

 俺はフェンリルの頭を撫でながら、不貞腐れるミストのご機嫌をとっていた。



「しかし……本当に慣らしてしまったな……」

「兄さんはこれを望んでいたんじゃないの?フェンリルを従える者。

 すなわちそれは「神を超える者」だから……」

「それがトオルなのかはわからない。その口承も当てにはならん。

 だが……不思議な魅力を感じる若者には違いあるまいな。

 さて。これで、私たちはトオルに力を貸さなければならなくなった」

 困った様子の中にも、どこか。ミーミルさんの顔には、嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。

「力を貸す……ではなく、「共に戦う」相手として協力しあう関係になるのよ」

 ヘーニルさんがミーミルさんの言葉を訂正する。

「そう……だったな」

 ミーミルさんは苦笑いを浮かべながら――ヘーニルさんに応えていた。




◆◆◆




 時間を――今の僕たちの「時点」に戻そう――。



 僕はスクルドさんをゲキで待つ、エイルに預けた。

 


 エイルは首に巻いていたストールを外して、スクルドさんの体にかける。

「すまない。迷惑をかけた」

「最近ずっと、僕の修行に休みなく付き合わせてしまったことで、疲れさせてしまったようですね。

 すみませんでした」

「そんなことはない。気にしないでくれ」

「でも……ここのところ、スクルドさんの力が落ちてきているように感じるんですが……」

 確かに。今もそうだが、本来の力を開放しているブリュンヒルドさんたちに比べて、スクルドさんの力は以前のままだ。

 


 もしかして――と僕は考える。

 それがもし――少し前にアルヴィドさんに聞いた話が本当なら――たぶんスクルドさんの力は、もう心配ないはずだ。

「大丈夫だ。もう……心配ない」

 この様子ならたぶん。スクルドさんも知っているはずだ。

「そうですか。なら、僕はこのまま戦いに戻ります。

 エイル。スクルドさんを頼むよ」

「……待って。私も行く」

「ダメだ。スクルドさんを……」

 エイルが僕についてこようとする。

 スクルドさんを頼みたいからと、それを押し止めようとすると――エイルはにっこりと微笑み「大丈夫よ」と僕に言った。

 そして。



 ヨルグに乗る僕の後ろにはエイル。

 ゲキの背にいるスクルドさんの隣にもエイルがいる。

 そう。エイルの魔術、「ミラー」だ。



「エイル。私のことはもう心配いらない」

「副隊長……」

「もう私は「副隊長」ではない。エイルも……知っているのだろう?」

「ユウの三人目の「ノルン」になった。ということでしたね」

「……そういうことだ。ユウには三人の「ノルン」がついた。

 エイル、カーラ……そして私。エイルには本当に申しわけないと思ってる」

「「オーディン」が認めた「真のエインヘリヤル」には、「護り手」が複数つくとは聞いたことがあったのですが……それがユウだ、ということになるのですね?」

 エイルの問いに、スクルドさんが頷いた。

「先ほど……「誓いの儀式」を済ませた。だから……私は大丈夫なんだ」

「そう、ですか。ならば、スクルドさんの本当の力は出せますね」

「そういうこと。おそらくそれ以上は出せるだろう。ユウを護るために」

 スクルドさんは――ストールをぎゅっと掴んだ。

「本当にすまない……エイル」

「いいえ。何か……少し吹っ切れたような気がします」

「エイル?」

「ユウの元へ行きます。ゲキをお願いします」

 エイルの笑みに――スクルドさんは呆然としながら「ああ」とうわ言のように声を出していた。

「これだけ。スクルド……アーサーさんとのことは、もう?」

 スクルドさんが、エイルから視線を逸らし――俯いた。

「私の勝手な「自己満足」なんだが……彼がこうなるように導いてくれた……と思うんだ。

 ルイーズとウェインのこともそう。彼がユウを護ってほしいと言っているようで。

 だから……私なりに「答え」は出しているよ」

「なら……もう訊きません。行ってきます」

「ああ。ユウとのキスは……すまない」

「それは仕方ないです。でも、ユウは渡さないから」

 驚くスクルドさんを置いて、エイルの姿が消える。

「ユウは渡さない……か。取りはしないよ。それにユウは、お前だけを愛しているはずだから」

 このスクルドさんの声は――エイルにはもう聞こえてはいなかった。



「お待たせ」

 後ろのエイルが――僕に話しかけた。

「……スクルドさんは……いいの?」

「大丈夫だから来たのよ。でも……ちょっとさっきからスクルドさんばかり心配していない?」

「だから……それは」

「……嘘。彼女はもう大丈夫よ。「誓いの儀式」も済ませたんでしょ?」

「……ごめん」

 「ミラー」を解いて、僕のところにやってきたエイルに――僕は謝った。

 仕方なかったとは言え――別の女性と――キスしたわけだし。

「これだけは許すけど。もう誰ともキスしないでね……」

「ああ。約束するよ」

「うん。これが終わったら……ユウと二人っきりで……私だけにしてね」

 僕は――どう返事していいか心底困りながら――「わかってる」とだけエイルに言った。

 たぶん後ろのエイルにもわかるぐらい、耳まで真っ赤だったと思う。

「お願い」

「……うん」

 僕はエイルに頷いて――すぐ戦いに集中する。



「エイル。トロルの数が多い。「あれ」をやろうと思うんだ」

「……「乱反射プリズム」のこと?」

「ああ。出来る?」

「……任せて」

 エイルの声は小さかったが――僕の耳にしっかりと届いていた。

「頼む」



 僕はエイルの温もりを背中に感じながら――銀玉鉄砲の銃口をフレスヴェルグの群れへと向けた。

 




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