第27話 俺と「ヴァナヘイム」
話は――半年前に戻る。
◆◆◆
「……く…ん」
俺は――ここは?
「何言ってるのっ。前島くんっ」
「……コハ……ル?」
「嫌だなぁ。こんなところで居眠り?前島くんらしくもない。
もう授業が始まるよ」
「ああ……そうだったな。昨日は少寝るのが遅かったから……」
悠と出会って、初めて「ゲーム」というものをやった。
従姉妹から「もう使わないから」ともらったスーパーファミコンのゲームが――まったくわからなかった。
そのせいで、理解するのに朝までかかってしまったんだったな――。
「さぁ……早く教室に行こうよ」
「そうだな……」
俺はのろのろと、寝ていた学校の中庭のベンチから起き上がろうとした。
それにしても――体がひどく重く感じる。何故だ?
「大丈夫、前島くん?」
悠が俺に右手を差し出す。
「すまん」
俺は――それに応えようと――右手に激痛が走る。何だ、これはっ!?
「本当に大丈夫っ!?」
悠が心配そうに俺を見る。
大丈夫。そう伝えたいのに――声が出せない。
「前島くんっ!!大丈夫っ!?本当にどうしたのっ!?」
わからない――俺はどうなったんだ?
「前島くんっ!!前島くんっ!!……死んじゃダメだよっ!!死んじゃやだっ!!!」
◆◆◆
「……トオルっ!!」
ミスト――。俺は――生きてる?
「良かった……本当に良かった」
お前――泣いてるのかっ!?ここは?
「目が覚めたか……人よ」
聞きなれない――老人のような嗄れた声?誰だ?
「ドワーフ族のドラジさん。倒れている私たちを助けてくれたの」
ミストが説明をする。そうか――助かったのか、俺は。この人――ドワーフ族の――ドワーフ!?
「まだ声が出せんじゃろ。全身を激しく打ち付けているからな。
二日間眠ったままだった。それでもよく助かったものだ」
「……れ……」
「ほう。すごいな……声が出せるのか。さすがは「エインヘリヤル」か」
声を出そうとして――体全体に痛みが走る。だが、ドラジというドワーフ族の男性は、俺を見て感心した様子で唸っていた。
俺のことはミストが説明しているようだ。となれば――話が早い。
だが今は――それどころじゃないな。
声が出ないんじゃ、本当に話にならん。
「どうだドラジ……おお、目が覚めたようだな」
俺が何とか周りを見回すと――首が動かないので、視線だけを動かして――どうやらどこかの洞窟のようだ。
そこに――人の姿をした男性が現れた。
鎧?どこかの「世界」の武人。威風堂々とした立ち居振る舞い。おそらくは――武官クラスの人と見える。
「トオルと言ったな。ミストからは話に聞いている……大変だったな」
「……い…え」
「いいえ」と言いたいが――やはり無理か。
「無理はしないで……トオル」
ミストは頭や手足に包帯のような布を巻いている。
こいつも怪我をしているのに、ずっと俺を看てくれていたんだな――。
俺の視線がミストに向かっていたせいか、男性はくすりと薄く笑い。
「君たちの関係も聞いているよ。彼女は君が目覚めるまで、献身的に介護をしていた。
彼女は君の「ノルン」以上の相手のようだな」
「……は……い…」
「君は全身打撲と火傷で、生きていることすら不思議な程の大怪我だったんだぞ?
それをたった二日で話せるほどまでに回復するとは……今代の「エインヘリヤル」は大したものだ」
「……あ…な……」
何とか声を出そうと努力としたが――やはり痛みで、最後まで言うことが出来ない。
くそ。本当にじれったい。
「焦るな。私か?
私は「ヴァナヘイム」の指導者をしているミーミルという。
たまたま「ウートガルズ」の動向を探りにここまで来ている時に、君たちを見つけた。
だが君の怪我が怪我だったので、すぐに動かせなかったのだ。
君が望むなら、「ヴァルハラ」まで連れて行ってやるぞ。この分なら大丈夫だろう。
君の無二の親友が、君を待っているのだろう?心配して今頃泣きつかれているのではないか……ミストがそう言っていた」
――「ヴァナヘイム」の指導者――ミーミル。この人が――。
ならば――俺はこの人に伝えないといけないことがあるっ!!
「おっ……れ……」
体中が痛む。軋む。だが――どうしても言わないといけない。
「おいっ。無理をするなっ」
ミーミルさん――と呼称しよう。
ミーミルさんは、俺が顔を顰めつつも、何かを言おうとしていることに慌てた様子で、膝をついてきた。
「つれ……て……い……」
「あぁ。「ヴァルハラ」に帰るのだな」
「い……い……え」
「違うのか?」
激痛を堪え――俺はミーミルさんに頷いた。
「どうしてだ?」
「ヴァ……な……へい……ムへ……いき……たい」
俺の言葉に――ミーミルさんの瞳が見開かれる。
それと同時に、ミストが俺の想いに気がついた様子で――ミーミルさんに口を開いた。
「はい。「ヴァナへイム」へあたしたちを連れて行ってくださいっ!!お願いしますっ!!」
「……何故だ?親友が待っているのだろう?」
「はい、そうなんですが……どうしても、行きたい理由があるんです!!」
ミスト。本当にありがとう。その通りだ――。
俺とミストの決意が視線に現れたのか――しばらく俺たちを交互に見比べていたミーミルさんが――嘆息した。
「何か、深い事情があるようだな。わかった。いずれにしても、ここではこれ以上トオルの治療は出来ない。
だが……本当にいいのだな?これを見ても……」
ミーミルさんが俺に右手を差し出した。
小さな――光の玉?
「これはずっと君の傍にいて……離れることがなかった。
何だろうと思ってこの光の主を辿ってみた……この光からは君を心配する想いだけが伝わってきたぞ。
「生きていて欲しい。死んではいやだ。笑顔がみたい。君の生きている姿がみたい。それを僕に教えて欲しい」これは君の親友「ユウ」の想いなのではないか?
彼の力が君を探すよう、この小さな光の玉に込めて放ったのではないのか?」
ミーミルさんの手から離れて――光は俺の目の前に飛んでくる。
光――悠の――光弾。
ああ。俺は生きているのに――今頃お前は心配して――泣いているのだろうな。
俺の瞳から――涙が溢れる。ごめん、悠。と。
「そこまで想い合っている親友を置いてまで……どうして君たちは「ヴァナヘイム」に来たがるんだ?」
悠――俺は――。俺の中で様々な想いが、思い出が絡み合って――葛藤する。
それでも俺は――。
この機会を逃したら。きっと「未来」への「扉」が閉じてしまう。
お前との約束を果たせなくなる。「一緒に帰る」という約束を。
「それ……で…も……い……く……」
許してくれ――悠。それでも――俺は。必ず俺は――お前の元に「帰る」から。
「……わかった。君には相当の決意があると見た。それを無下にはすまい。
詳しい理由は、話せるようになってから聞こう。
今は君の治療が先だ……と。そうだった」
ミーミルさんは俺の決意を理解し、受け止めてくれた。
そして。突然思い出したように、後ろを振り向いた。
「そうだったわ、トオル。「あいつ」がいるの。サクソが……」
ミストが先に説明をする。その後と付け足すように、ミーミルさんが話し始めた。
「ディックエルフらしいな。ウルズというエルフ族の裏切り者の息子なのだろう?
君はこの男の右腕を切り落とし、わざわざ爆発からこの男の身を挺して護ったようだが。
そこまでしてやることもあるまい。腕の治療は済ませた。
まだ意識を取り戻してはいないが……ここに置いていくか?
それとも……このまま放って置いても、同じことを繰り返すだけだろう?切る……か?」
そうだったな――こいつがいたか。
俺の思いは決まっている。
「助けられる命があるなら、助ける」と。
学校の帰りに、傷ついた子猫を拾った悠を初めて見かけて。
その時――あいつが俺にこう言ったんだ。
今の俺には――そんな資格はないのだろうが。きっと悠がここにいたら――同じことをするはずだ。
俺の視線がミストに向く。代弁を頼むために。
ミストが小さく頷いて、ミーミルさんを見た。
「一緒に連れて行ってください。その男はあたしたちが何とかしますから」
「まったく……面白い連中だよ、君たちは。どこまでもの好きなんだか。
そんな君らを助けた私たちも……もの好きなのだろうがな」
ミーミルさんが話のわかる人で良かった――俺はそう実感した。
この人ならもしかしたら――もちろんそんなに簡単なことではないだろう。でも。
俺はそう思いながら、痛みを堪えて――ミーミルさんに小さく頷いた。
俺の目の前に浮かぶ――小さな光。
悠。待っていてくれ。必ず――必ず俺はお前の元に戻るから。
それまで、この光弾は預からせてくれ。
こいつが傍にいるなら俺は――どこまでも頑張れそうな気がするんだ。
だから、それまで――「ヴァルハラ」と「みんな」を頼む。悠。