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第26話 僕と「トリルハイム」

 僕が目を覚ました時――。

 


 そこには見知らぬ二人の男女がいた。

 年齢は――二十歳ぐらい?もしかしたらそれよりかは若い、かも。



 でも――たぶん――「人間」だ。「エルフ」じゃない。僕はそう――思っていた。



「おはよう、ユウ。私の名前はルイーズ・モルソン。彼はウェイン・アダムス。

 私たちはカナダから来たの……あなたは日本人?それとも日系かしら?」

 ルイーズさんと名乗った女性は――カナダから来たと言った。

 カナダ。まさか?



「君のその様子なら知っているようだね。

 そう。僕らは先代の「エインヘリヤル」。僕らの世界には帰らないで、「アルフヘイム」に残ったんだよ」

 ウェインさんが笑顔で――僕の疑問に答えてくれた。

「そうですか……僕は小春悠おはるゆう……日本人です」

「オハルユウ?僕はコハルユウと聞いたけど……」

 ウェインさんが首を傾げた。

 僕は――その時とてつもない寂しさに囚われた。けど、ウェインさんたちには関係のないことだ。

「どちらでも……コハルでも、オハルでも……」

 そうだ。どっちでもいい。もう――言い直す必要もない。

「ウェイン……」

「……あ」

 ルイーズさんに窘められるウェインさん。気まずそうな顔をしていたけど、僕は愛想笑いを浮かべていた。



 二人はアーサーさんを亡くした後、その時「アルフヘイム」を襲っていた「トリルハイム」軍に勝利し――そのまま荒廃した「アルフヘイム」に残ったらしい。

 本当は「アルフヘイム」が復興したら戻るつもりだったらしいけど。

「僕は最初から、パートナーのヘリヤと結婚してここに残るつもりだったんだけど。

 ルイーズも残ると言い出してね」

「……まるで私の我が儘のように言わないで。「そうしてくれるとうれしい」とか言ったのは誰?」

 高校からの友達同士――という二人は、本当に仲がいい。

「……トオルのことは聞いたわ。私たちはね。

 あなたたちの助けになりたいと思ってきたの。エイルもひどく疲れているようだから」

「……はい」

 僕はそうとしかルイーズさんに返事が出来ない。

 エイルがそうなったのは――全部、僕のせいなんだから。

 ルイーズさんたちは、そんな僕の姿を見て――小さくため息をついた。



 僕が目を覚ました――ということを聞いて、エイルが息を切らせて僕の部屋に駆けつける。そして「よかった」と僕を見るなり――抱きしめた。

 少し顔色がよくなっているみたいだ。良かった。

「ごめんなさい。もう……ユウから離れないから」

 ほんの少し、隣の部屋で寝ていただけじゃないか――エイル。

 それでも今の彼女には、ひどく長い時間だったのだろう。

 僕はできる限り彼女の体を強く抱きしめて。その想いに応えようとしていた。



◆◆◆




 少し落ち着いたところで、ルイーズさんとウェインさんの「ノルン」である二人のエルフが部屋に入ってきた。

 驚いたことに――ウェインさんの「ノルン」であるヘリヤさんは――まぁ、この「ヘイムダル」にいる「ヴァルキュリア」の戦士たちと同じような――まぁ成人した女性っての?

 そんな容姿に見えるけど。

 ルイーズさんの「ノルン」である、ロスヴァイセさん――ちゃん?

 下手すると、カーラより年下に見えるぞっ。

「彼女はエルフでも少し特殊らしいのよ。

 十二歳で外見が止まってしまったらしくて。それでも精神年齢が大人ならいいんだけど……」

 すごく困った様子で――ルイーズさんが呟いた。

「ひどい、ルイーズっ!!私は立派な女性なんだからねっ!!」

 母親に文句を言う娘の図――とも見えるぞ。これ。

「へぇ」

 僕もそれ以上――言葉が出ない。

「ほら、ロスっ。ユウも呆れているじゃない」

「嘘っ!!そうなの、ユウっ!?」

 どうして矛先が僕に?

「ユウは、ロスのようなエルフを見るのは初めてだから、少し戸惑っているのよ」

 エイルのフォローにはいつも助けられている。

 これじゃ――いけないんだけど。

「カーラがいるじゃない」

「カーラは本当に十三歳だもの」

 比べる方に――無理があると思う。ロスヴェイセさん――長いのでロス――でいいや。

 エイルに諭され、「うー」と唸り声?あげて黙りこむロス。

「これだもの……」

 呆れるルイーズさん。

 これはこれで――いいパートナー同士と言える関係なんだろうな。



「あ、起きたか。コハル」

 ノックも無しに入ってくるのは――「ヘイムダル」一のがさつで面倒くさがりのゲンドゥルさん。僕と同じ黒髪をしている。エルフ族では珍しいらしい。

「ゲンドゥル。ノックぐらいしろっ」

 こんなゲンドゥルさんの親友で――こちらは「ヘイムダル」一潔癖症という。なんともバランスのとれたコンビのもう一人、ヘルヴォルさん。

 ヘルヴォルさんは、エルフ族で一般的な金色の髪をしている。

「ブリュンヒルド隊長からの伝言だ。この一週間は講義も修行もお休みだと。

 自主練も同様。エイルの好きにさせてやれってさ。羨ましいよな」

「え……でも。僕はまだ」

 勝手にそう言われても困る。僕がゲンドゥルさんに言い返そうと、ベッドから降りかけると――エイルが僕を再び抱きしめた。

「……嬉しい」

 縋るように。僕の耳に届くエイルのか細い声。

「……ご馳走様ぁ」

 バタンとゲンドゥルさんは、来た時と同じように扉を勝手に閉めて行った。

「ゲンドゥルも相変わらずねぇ」

 ルイーズさんはみんなと仲がいいらしい。

 それでもエイルは僕から離れない。

「わかったよ、エイル。君の言う通りにするから……」

「……うん」

 ようやくエイルが僕から離れる。

「そうしておあげなさい、ユウ。あなたはこの半年は全力で駆け抜けてきたの。少し休む時間があってもいいんだから。ね」

「僕もそう思う。少しは僕らを頼ってくれ」

 前島くん以来の――同じ世界の「人」との会話。

 乾いた気持ちに、少しだけ。ほんの少しだけど――潤い、というか周りを見る余裕を貰えたみたいだ。

「はい。そうします」

 隣のエイルが僕の答えを聞いて、安堵の息を吐き出していた。



 そんなつかの間の時間は――ゲンドゥルさんの再来で打ち破られる。

 


 バタンと勢いよく扉がノック無しに開かれた。

「ゲンドゥルっ!!いい加減に……」

 ルイーズさんが言いかけて――。

「コハル、エイル……みんな、悪い。敵だ」

「……わかりました」

 僕は即答する。躊躇うことはしない。そのために僕は今――ここにいるのだから。



「……どうしたの、ウェイン。私たちが……」

 立ち上がる僕を見つめていたウェインさんに、ルイーズさんが問いかける。

「ルイーズ。彼は……休まないかもしれないよ」

「何を言っているの?それを変えるために私たちが来たのよ?」

「うん……でも彼は。それより、今の顔を見たかい、ルイーズ?」

「ユウの?」

「そう。彼は、自分の意思で……戦士になろうとしているんだろうな、きっと」

「どう言う意味よ?」

「前にも言ったじゃないか。男はね、そういう時が必ず来るんだよ。

 逃げないで戦わないといけない時が。きっと、今がユウの「その時」なんだろう。

 だから倒れるほどの無茶が出来るのかもしれない……」

 直後。ウェインさんは、鳩尾に、ルイーズさんの肘鉄を喰らうことになる。

「げほっ。痛いじゃないか、ルイーズっ。君の力は……」

「一人で達観してるんじゃないわっ!!それでも私たちは彼を変えるためにここにいるの。

 間違えないでっ!!」

「……はい、はい」

「「はい」は一回!!」

「はーい」

「伸ばさないのっ!!」

 


 そんな二人のやり取りを――僕らは遠巻きにじっと――見つめていた。

「あら……ごめんなさい」

 ルイーズさんが気まずそうに、愛想笑いを浮かべた。

「行きましょうか?」

「そうね」

 僕が訊くと――表情を引き締めて、ルイーズさんとウェインさんは頷いた。



 意外と――面白い人たちなんだな。先代の「エインヘリヤル」さんたちって。

 これでアーサーさんが加わったら――どうだったんだろう?

 そのアーサーさんを亡くした時。この二人はどれほどの悲しみに襲われたのだろう?

 


 僕はふと、スクルドさんを思い浮かべて。そんなことを考えていた。




◆◆◆

 



「どう……父さん」

 奴隷としているドワーフの技術者に作らせたミスリル製の義手が、がちゃがちゃと音を立てる。

 左腕を無くして半年。ウルズはようやくその扱いにも慣れてきていた。



 それでも今だ不便な部分も多く、何かと改良を加えさせている。

 そんな父を心配そうに、ドーマルディが声をかけた。

「だいぶ慣れた。普段の生活には問題はない。

 あとは魔術を使用するときに、まだぎこちないということかな」

「そう。またあいつらに試作をさせるよ」

「そうだな。

 それより、「トリルハイム」の様子はどうだ?」

 ウルズが隣国の様子を、息子に訊いた。

「忍ばせてる間者の調べでは、まだ「ヴァルハラ」は攻め落とせていないらしい。

 でもやつら、父さんが流させた「「虹の橋の鍵」を手に入れれば、「知識の泉」への道が開かれ、この世界を手に入れる偉大な魔術が手に入る」という偽情報に踊らされて躍起になってるよ。

 つくづくバカなやつらだ。あの国のやつらは」

「だが……頭はバカだが、トロルの戦闘力はバカには出来ない。

 六十年前も、「「アルフへイム」には女がたくさんいる」という情報を与えただけで、「アルフヘイム」に戦争をしかけ、あの程度の国力で一年も戦い続けたやつらだ。

 それなりの戦果はあげたようだが……今回もそれで我々の役に立ってくれているのだ。

 使える者は使い倒してやらねばな」

「そうだね」

 ドーマルディはにやりと笑い、ウルズもそれに微笑みで応えた。

「そう言えば父さん……最近、母様の姿を見ないのだけど……」

 ドーマルディのこの質問に、ウルズは眉根を寄せた。

 母であるヴェルダンディを慕っているドーマルディは――どんなにしいたがられても、ヴェルダンディを心配し、定期的に様子を伺いに西の塔に通っていることをウルズも知っていたからだ。

「……スリュム陛下のところだ。陛下がヴェルダンディを気に入っておられてな。

 断れなかったんだ……」

「そ……そうなの?」

 ドーマルディの瞳が見開かれる。

「すまない……ドーマルディ。

 だが、我らがこの「ウートガルザ」を手に入れれば、ヴェルダンディも取り戻せる。

 もう少しだけ……我慢してくれ」

「……わかったよ…父さん」

 肩を落とし――ドーマルディはそう答えた。



 頭は良いのだが――。マザーコンプレックスの息子には頭が痛くなる。

 邪魔なサクソは片付けたというのに。なんとか母親離れを考えさせなくては。

 


 ウルズはため息をついた。

 


 

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