第24話 僕と前島くんとその後と
「追尾ぃっ!!」
僕は一発の光弾を撃つ。
生きていてっ!!生きてくれっ!!また会いたいっ!!笑顔がみたいっ!!
死んじゃやだ、死んじゃやだ、死んじゃやだっ!!
前島くんがサクソを連れて落下した――ミストさんとフレキが追ってった――大きな爆発が起こった「ユグドラシル」の根元の方へと、僕の放った光弾は吸い込まれていく。
頼む。僕に教えてくれ――。
前島くんは生きている――ミストさんと一緒にフレキに乗って――元気な笑顔を見せてくれると――教えてくれ。
「……ユウ」
エイルがじっと下を覗き込む僕を見つめてる。
ごめん――今は君の心配をしていられない――本当にごめん。
「念」が戻らない。戻ってこない――もう光弾を放ってから僕らの時間で十分以上は経っているはずなのに。戻らない。
なんで――なんで?なんでだ!?
答えはただひとつ――「追尾する相手がいない」――。
「……嘘だろ……前島くん……」
信じられないよ――信じたくないよ。
何か呆気なさすぎないか?自爆する相手を道連れなんて――呆気なくないか?
「……戻ってこいよ……前島透……戻ってこいって……」
僕は頭をゲキの背中につけて――蹲って――声が震えて――そして、それから――泣いて。
◆◆◆
その後のことはあまり覚えていない。
気がついたら――「ヴァルハラ」の治療室のベッドに寝かされていた。
気絶したんだって。
それは一部始終を見ていたエイルの話。
狂ったように、銀玉鉄砲を敵の「氷竜」に向けて撃ちまくっていたそうだ。
「いなくなれ!!お前らのせいだっ!!みんな死んでしまえっ!!」――と。
最後は「皆殺し」と叫んで撃っていたらしい――。
敵は――全滅していたらしいけど。それでも僕は撃ち続けたみたいだ。
そうなんだ――よく覚えてないや。
どうして僕はそんなことまでしたのだろう――ひどいやつだ。僕は――。
力の使いすぎで倒れたのか――と思ったら。
僕の異常な様子に気がついたスクルドさんがやってきて、僕を気絶させたらしい。
そこはまだ治療はされていないようで、お腹が痛い。
エイルが絶叫して僕を止めていたみたいだけど――本当にごめんね。
◆◆◆
ブリュンヒルドさんたちが、必死になって前島くん、ミストさん、フレキの姿を探してくれたけど――ダメだった。
僕もついていったけど――初めて「ユグドラシル」の根元付近にも降りたけど――何も見つからなかった。
前島くんは――いなかった。
気がついたら――十日が過ぎていた。
それからまた更に一ヶ月が過ぎて。
待ち続けることにも疲れて。
その頃から、エイルやスクルドさんがぽつぽつと、前島くんが僕の知らないところで何をしていたかを話してくれた。
それを聞いた僕は――ひとつ、やることを見つけた。
前島くんが何を知ろうとしていたのか。何を知っていたのか。
渋るブリュンヒルドさん、アルヴィドさんに前島くんの話を訊かせてもらい――ダメなら銀玉鉄砲の銃口を向けてでも――話してもらった。
戦いに行く前に、君が「死ぬかもしれない」という予言をしていたアルヴィドさんの話を聞いていたにもかかわらず、戦いに挑んだことも。
なんだよ。僕――何も知らなかったんじゃないか――。
知らなすぎていたんだ。自分のことに精一杯だとか――逃げていただけじゃないか。
君はそれでも――勇気を出して自分の運命に立ち向かおうとしていたんじゃないか。
「悠が頑張っているんで」
「俺が死んだら……悠が泣きますからね」
何が僕が頑張っているだよ――。ちっとも頑張ってないじゃん――。
俺が死んだら僕が泣く?泣いたよ――たくさん泣いたよ。涙がもう出ないぐらい泣いたよ。こんなに泣かせてるんじゃないよ――。
だったらさっさと戻ってこいよ――前島くん。
◆◆◆
前島くんとミストさんがいなくなって――半年。
僕はもう、「待つ」ことは止めた。
そして――僕の世界に戻ることも諦めた。
だって、君がいないだろう。前島くん――。
「一緒に戻ろう」という約束は、君がいないと果たせないじゃないか。
「帰りは気をつけて帰れよ」――そんな言葉は知らん。君のそんな身勝手なことを聞いてやるほど僕は優しくない――だから。
◆◆◆
僕はこの日も、スクルドさんと「剣術」の稽古の最中だった。
時間が少しでもあれば、僕はこうしてスクルドさんを相手に「剣術」、「体術」の修行を欠かさない。
疲れたら――エイルの「回復」の術で体力を回復してもらう。
それでも無理なら――寝て。また、明日やるだけ。
そうか。明日は一日アルヴィドさんに、この世界の情勢と歴史――ブリュンヒルドさんには戦いのやり方を教わって――あぁ。時間が足りないな。
「……ユウぅっ!!」
エイルの声が遠く聞こえる。
僕は――剣を持ったまま――意識を失っていた。
◆◆◆
「明らかな疲労だな……」
スクルドさんが、ベッドに寝ている僕の顔を見つめたままのエイルに話しかけた。
エイルは無言のまま。
「……だが、この半年のユウの成長は尋常ではない。
すでに剣術では、私やゲイルに迫る勢いで強くなっている……。
アルヴィドの方も、これほどの生徒に出会えたためしがないと言う程、ユウはいろんなことを吸収しているそうだ。それは隊長も同じ。
傍にいるお前なら……それは嫌というほどわかっているんだろう?」
エイルは視線を動かすことがないまま――口を開く。
「まだ、これじゃ足りない。まだ弱い。まだ何もわかってない。それが今のユウの口ぐせです。
ユウは……たぶん、彼に……「トオル」になろうとしているんだろうと思います」
スクルドさんはエイルの話を聞いて――小さなため息をついた。
「「睡眠」と「回復」の魔術をかけておいた。
明日一日は目を覚まさないだろう。お前も休め、エイル。
ここは私が看ているから……」
「私は何もしていません。このまま……ユウの傍にいます」
「……ここに簡易のベッドを持ってこさせよう。少し寝ろ。お前まで倒れられてはこちらが困る」
「……大丈夫。私はユウの傍で寝ます。ユウから離れたくないんです……」
ここで初めて――エイルはスクルドさんを見た。
その瞳の下は窪み、気疲れを表すかのように――生気のない笑みを浮かべて。
「わかった……」
スクルドさんはそう言って部屋を出た。
部屋の外にはブリュンヒルドさんとアルヴィドさんが待っていた。
「どうだ、様子は?」
そう尋ねたが――スクルドさんの冴えない表情で、二人は僕とエイルの様子が芳しくないことを悟る。
「……ここのところ敵が姿を現さない。
「アルフヘイム」に連絡をして、とある人物たちにここへ来てもらうように計らってもらった。
少しでも今のユウとエイルの助けになれば……と思ってな。
ただ……スクルド。お前には、会うのが辛い人たちかもしれんが……」
ブリュンヒルドさんのその言葉で、スクルドさんには誰が来るかがわかったようだ。
「そうですか。でも、彼らなら今の「ヴァルハラ」にも入る事が出来ますから。
いい考えだと私も思います……」
そう言って微笑むスクルドさんの笑顔は――明るいものだった。