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第23話 僕と前島くんと別れと

 さっきからおかしいと思っていたんだけど――。



 敵の動きが――だんだん乱れてきているような――統率が取れていないような?

 何だろう。「ヴァルハラ」への攻撃と、迎え撃つ僕らへの攻撃――上回る数に物を言わせて戦っていたはずなのに。



 徐々にブリュンヒルドさんたちが押し始めて。今は完全に防戦一方になってきている。

 その上、戦う意思があるのかどうか――「ヴァルキュリア」の強さに恐れをなして――というだけじゃない。まるで動揺しているような感じすら受ける。

「エイル。敵の動きがさっきからおかしいんだけど……何があったんだろう?」

 明らかに後退を始める敵の動きをじっと見ていたエイルが、僕に言った。

「指揮系統を失った……たぶん誰かが敵の「隊長」を討ったのかもしれないわ。

 それに気がついた前衛部隊が、動揺し始めている。そんな感じね」

 エイルは「ヴァルキュリア」になってから、六十年以上ほど経つ――と言っていた。

 それまでの戦闘経験から――状況を的確に言い当てる。

「隊長を失ったということなら……一体誰が討ったのだろう……」

 誰かなのだろうけど――何故か僕はそのことが気になっていた。



「ミスト。一度コハルたちの元に戻ろう。敵もそう長くは持つまい」

「そうね。ウートガルザも討ち果たしたことだし……」

 前島くんは敵の部隊の動きを見て、戦いに勝敗が見えてきたことを悟ると、ミストさんに声をかけて「ヴァルハラ」の傍で待機する僕たちの元へとフレキに帰還する指示を出した。



◆◆◆



「くそぉっ!!言うことを訊けっ!!」

 サクソは戦いの最前線に――赴きたいと気持ちばかりが焦り、まるで言うことを聞かない「氷竜」に悪戦苦闘をしていた。

 彼の気持ちとは裏腹に、徐々に戦いの場から遠のいている――そのために彼は今だに生き残っていることが出来ていたのかもしれない。

「何しているの、サクソ」

 同様に今までこの戦いを、その「外」から見ていたドーマルディが、無様な醜態を晒す兄の元へとやってきた。

「よかったら、僕のニーズヘッグを貸そうか?サクソが探している「エインヘリヤル」なら、「ヴァルハラ」の前方にいるよ」

 薄い笑みを浮かべ、完全に自分を見下しているだろうドーマルディを、サクソは腸の煮えくり返る思いで睨んだが――「氷竜」が自由にならない現実は変わりない。

 ここはドーマルディの申し出を受けた方が得策だろう――そういう結論に達した。

 


 彼には珍しい適切な判断で、怒る気持ちをぐっと我慢した。

「お前のニーズヘッグを貸せっ!!」

「いいよ。さぁ、乗って」

 ドーマルディは軽やかな動きで「氷竜」に飛び乗ってくると、サクソはますます腹が立った。

「……頑張ってね」

 ひと声かけられて。サクソは「ああ」と不機嫌に答える。

 よく飼いならされたニーズヘッグは、サクソの「行けっ!!」という命令に即座に応えた。

「まったく。どこまでも役に立たない「ひと」だな。

 ウートガルザ王も討たれてしまったご様子。

 僕もここが引き上げ時だね。さて。行こうか」

 ドーマルディの命令に、「氷竜」は素直に「ギャウ」と鳴くと、サクソがあれほど苦労したことが嘘のように、彼を乗せて戦線を遠く飛び去っていった。

「さよなら、サクソ兄さん」

 という、ドーマルディの言葉を残して――。



◆◆◆



 僕らの傍に、徐々に「ヴァルキュリア」たちが戻ってきた。

 戦場にはまだ半分程の「氷竜」が残っているけど、彼らが撤退するのはそう時間もかからないだろう。



 

 僕は戦いをそう見て、残りの「氷竜」に狙いを定める。

 止めを刺し、彼らの敗北を教えるために――。





 エイルが僕の動きを見て、再び力を貸そうと僕に寄り添う形になる。

「大丈夫だよ。あとは残りの「氷竜」に威嚇するだけだから」

 僕はそう言って、エイルの助力を遠回りに断った。

 彼女にあまり無理はさせたくないから――。

「大丈夫よ。あなたに無理はさせたくないの」

 僕と同じことを言っている。お互い、同じことを考えているんだな。少し嬉しくなった。

「僕は……」

 そこまで僕が言いかけた時――だった。



 右頬に激しい痛みを感じ。僕はゲキの背に叩きつけられるように倒れ込んだ。

「見つけたぁぁっ!!」

 上空から――気配を殺して僕目掛けて蹴りを入れてきた男が、歓喜の声を上げる。

「おのれっ!!」

 エイルがその男に剣を鞘から抜き、切りつける。

 男は飛びのくけど――右頬を勢いよく蹴られて、まだダメージから抜け出せない僕の体を盾に、エイルに言い放った。

「なんだよっ!!こいつ、からっきし弱いじゃんっ!!女に守ってもらうなんて情けないっ!!」

「うわぁぁぁっ!!」

 ゴキンという鈍い音が僕の右肩に響く。体に走る激痛に僕は意識が遠のく。

 たぶん――この男に強く掴まれて――右肩の関節が外されたんだと思う。

「おい、女っ!!この男を助けたいんだろうっ!!

 近づくなよ。俺は握力だけでこの情けない男の首をへし折ることが出来るんだからな」

 僕は何とか意識を保つ。

 こいつ――たぶん。カーラのお兄さんとかいうやつじゃないのか? 

 あの聖地で姿を見せた連中の中にいたはずだ――。



「ユウを離せっ!!もはや貴様に勝目はないっ!!

 貴様は「サクソ」というやつなのだろうっ!?」

 エイルが男を睨みつける。

 カーラから訊いた特徴から、エイルもこの男がカーラの兄「サクソ」だと言うことがわかっていたようだ。

「カーラに聞いたのか……あいつは母様っ子だからな。

 まったくどいつもこいつも気に入らねぇ……これを見ろっ!!」

 男――自分をサクソと認めた様子の本人は、渋面を見せながら、左腕を僕の首に絡めて、

対峙するエイルに赤い玉を右手で突き出した。

「魔術に詳しいお前たちなら、これが何なのかわかるだろうっ!?」

「それは……「破滅の玉」っ!?」

 はめつ――のたま?エイルの顔から血の気が引いていく。

 僕は痛みで集中出来ない自分に喝を入れて。男の言動を見極めようとする。

「貴様は自爆するつもりかっ!?」

「自爆?……おいおいおい。これはなぁ、「これ」を持つ者に影響はない代物なんだぜ。

 俺は無事。貴様たちだけが死ぬんだよ。何が貴様に勝目はないだ。お前だけでも連れ去って、犯してやろうかっ!?」

 サクソがそう言って、エイルを見ながら舌なめずりをする。させるかよ――。

 だけど――自分が優位に立ったつもりだろうか?こいつ、考えていることがすごく幼稚かもしれない。

「「破滅の玉」にそんな能力があるものかっ!!これはこれを持つ者の「魔力」を糧に自爆する魔術アイテムだっ!!」

 エイルがサクソに言い放つ。

「そんな……いや。ドーマルディなら……」

 ――エイルの言葉に動揺してる?

 ドーマルディ――確かこいつの双子の弟の名前だったはず。

「お前……このままじゃ……僕らと心中することになるぞ」

 僕の一言が、余計にサクソの表情を歪めた。



 コォォと微かな音が響き――サクソの右手の赤い玉が少し大きくなった。



「貴様、すでに「呪文スペル」を唱えたのかっ!!」

 エイルの叫びに完全に動揺し、サクソが右手をぶんとひと振りした――だけど。

「手から……離れないっ!!」

 超強力な接着剤でも使っているかのように、赤い玉は確かにサクソの右手に貼り付いたまま離れない。



 僕の背中から衝撃が走る。

 それは僕の体からサクソが、すごい勢いで弾き飛ばされた衝撃だった。

 サクソはそのままゲキの背中を滑り――構えていた前島くんがサクソの右腕を、すごい力で体ごと持ち上げた。



「ユウっ!!」

 エイルが倒れ掛かる僕に駆け寄って抱きしめる。

「……ごめん」

「肩は大丈夫っ!!?」

「うん……情けないね」

「話さないでっ!!」

 エイルがすぐに僕の肩の治療に入る。



「よかった。間に合って……」

 サクソを弾き飛ばしたのはミストさんだった。



「貴様ぁ……コハルに何をした」

 憤怒の形相で――前島くんは右手でサクソの首を握り締める。

「トオルっ!!そいつの右手にある「破滅の玉」は自爆用よっ!!すでに発動しているっ!!もうそいつの「魔力」を吸い取って、右手から離れなくなってしまっているわ。時間がないの。そいつの右手を切り落としてしまってっ!!

 このままでは、私たちごと、「ヴァルハラ」が吹き飛んでしまうっ!!」

 前島くんがサクソの右手を見る。

 赤い玉が先ほどより大きさも輝きも増している。

 そして後ろにある「ヴァルハラ」を――振り返った。

「もってあとどれぐらいだ……」

「トオル。本当に時間がない。

 もうその男は口もきけないほど、「魔力」を玉に吸い取られている」

 ミストさんの声も緊迫している。

 確かに――サクソが急に大人しくなったと思ったら――白目を向いて体を小刻みに痙攣させている。たぶん――もう意識はないだろう。

「……切り落としても……間に合うか……。なんだ……結局、ダメだったな」

 前島くんの呟き――膝をついていた僕は、前島くんの顔を見上げた。

 




 前島くんはいつもと変わらぬ笑顔を僕に向けている――。





「……コハル。帰りは……気をつけて帰れよ」

 何を言ってるの――?



「……いこうか、ミスト」

 ミストさんにそう言って――前島くんはサクソごと、ゲキの背中から飛び降りた。



 ミストさんも疑いもせず、フレキの背中に飛び乗って――。



「トオルっ!!ミストっ!!何を……っ!!?」

 僕を抱えて――エイルが目の前で起きた出来事を呆然と見やる。



「……加速」

 落下する前島くんは、意識のないサクソを抱えたまま――覚えたての魔術を発動させる。

 前島くんの魔術は「自分の体を強化、そして手にする物を含めその働きを強化するもの」の目的のみ――に使えるものだ。

 だから――前島くんの落下速度は更に――増した。

 その後をミストさんの乗ったフレキが追いかける。



「前島くんっ!!」

 僕が後を追いかけようとすると、エイルが僕の体を羽交い絞めにして抱きしめる。

「ユウっ!!もう遅いっ!!」

「前島くんっ!!ミストさんっ!!フレキっ!!

 離してっ!!離せって、エイルっ!!離せよぉっ!!」

「ダメぇっ!!」

「ゲキっ!!後を追えっ!!追うんだっ!!」

「ァギャウっ!!」

 エイルもゲキもっ!!

 右肩の痛みも、右頬の痛みも――そんなのどうでもいいっ!!

 どうしてこうなるっ!!?

 前島くん、さっきなんて言った?「帰り……気をつけて帰れよ」ってなんだよっ!? 

 意味わかんねぇじゃんっ!!



「前島く――んっ!!」

 僕は――絶叫していた。




 

 ドッ。という衝撃音が下から響く。

 その直後にゲキの体を大きく揺らす――爆風が吹き抜けた。




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