第21話 僕たちと戦い
アルヴィドさんの「神託」により、敵の数は五百を超えると伝えられた。
ユグドラシルを包むドームの空は、夜明けを示す「紫」から「桃色」へと混じり合い、紫が薄まりながら、仄かなピンク色へと変化をしていく。
その空遠く――敵の姿が現れた。
ニーズヘッグとは比べ物にならない程の大きさと、スピードを誇る「氷竜」と呼ばれるドラゴンなのだそうだ。
大きさはゲキやフレキといい勝負。こんなのが五百以上――勝目はあるのだろうか?
カーラはこの「ヴァルハラ」を護るために残るアルヴィドさんと、ロタさん、ヒルドルさんと一緒にいることになっている。
僕らは飛来する敵に集中するだけ。
「行くぞぉっ!!」
ブリュンヒルドさんが叫んだ。
たった十一人の女性たち。
だが、ワイバーンで舞い上がる彼女たちの姿に起こる変化に、僕らは目を見張った。
僕らがここへやってきてから、「ヘイムダル」の戦士たちは、簡素な銀色の甲冑をつけているだけだった。
しかし今は――。
体が仄かな白銀の光に包まれると、それは体へと吸い付くように絡みつき、形を作り上げていく。
それは一人一人が形が違う――全身を覆う白銀の甲冑へと変化した。
どれも女性らしさが強調された、美しいシルエットを作り出している。
「じゃ、私たちも」
エイルが僕の顔を見て――微笑む。
ゲキがひと声――甲高いあの咆哮を上げた。
まず僕の目に飛び込んだのは、前島くんとミストさんの姿だった。
同じように叫んでいたフレキの声を合図に、前島くんたちは漆黒の輝きに包まれ――それが晴れると――二人は黒色の鎧に身を包まれていた。
それも――それが見入ってしまう程に二人の姿に似合っていて。
「ユウ……あなたも自分を見ているといいわ」
エイルに促されて――。
僕の体にも――銀色の、少し褐色の色が交じる輝きを放つ鎧が付けられている。
全然苦にならない。重さも感じない――これは?
「どう?ユウ……」
エイルも――僕と同じ色の鎧が――。
「……すごく綺麗だ……」
そう。綺麗――「ヘイムダル」の「ヴァルキュリア」たちも綺麗だけど、エイルは――もっと、もっと綺麗で――華麗で。どう言い表したらいいんだろうか。
「戦の女神」が僕の目の前にいる、ってぐらいに神々しさも感じるんだけど。
「ユウもすごくかっこいい。私のユウがこの「ヴァルハラ」の中で一番素敵。
軍神「テュール」がここにいるようだわ」
それ言い過ぎでしょ、エイル。
「……ありがと」
すごく照れる。まじまじと見つめられて、僕はエイルにぎこちない愛想笑いを返した。
「似合っているな、コハル。「馬子にも衣装」かっ!?」
前島くんが僕に向かって――笑った。
「うるさいよっ!!」
「馬子にも衣装」の意味はわからないとは思うけど、ニュアンスでわかったのかな?
エイルもミストさんも笑っている。どうせ――ですよ。
みんなで笑い合うこの瞬間。僕はある思いに囚われる。
「あ……セーブしないと」
これはゲームじゃないのに。この瞬間はやり直しなんてきかない。
これがゲームの中だったら。「リセット(やり直し)」がきく世界なら。
何度もそんな言葉が僕の頭の中を過ぎった。
ふぅと大きく息を吐き出す。敵はもう目の前だ。
「大丈夫……?」
エイルは僕のことをずっと心配している。
「大丈夫だよ。これは僕自身が決めたことだもの」
逃げない――と。
「コハル!!」
前島くんが僕を見ている。くそ。黒い鎧が似合ってんなぁ。
「何っ!?」
「怖いかっ?」
「怖いよっ!!」
「大丈夫だ」
「何がっ?」
「お前は俺が護るよ」
あのさ――それは「僕の立場」もなければ、ミストさんが隣にいるんだろうって。
完全に言う相手間違えてるよ。前島くん。
「それは後方支援の僕の台詞。まんま君に返すよ。それにミストさんに言うべきだろうって!!」
この時――前島くんが――にっこりと笑って。僕がそう言ったからだろうか?
その笑みが不安になるぐらい――儚くて、嬉しそうで――なんだよ、前島くん。
「おう。じゃ、俺は前に出る。援護を頼むぞ」
「気をつけろよっ!!援護は任せろ!!」
「……あぁ。お前もエイルさんを護れよ」
「わかってる」
「……またな」
え?
次の瞬間。ぐんとフレキが加速して。
僕にその余韻だけを残して、漆黒のドラゴンはどんどん小さくなっていく。
「前島くん……」
「こんな戦いは二人とも初めてだもの。彼も緊張しているのね」
エイルも同じことを感じたらしい。前島くんが少し「らしくない」ことを違う形で――僕に心配かけないように言い直してくれていた。
「……うん」
そうだとしたら――僕は前島くんも――みんなも護る。僕にはその力がある。
エイルに頷きながら、僕はそう思っていた――心から。
◆◆◆
前島くんに続いて、ブリュンヒルドさんたちが後方支援の僕に手を振ったり、前島くんのように「頼むぞ」と言ったり。
「ヴァルキュリア」を乗せたワイバーンたちが、飛び去っていく。
その跡を残すように、微かな七色の光の帯びがワイバーンたちの飛行軌跡を宙に刻み、消えていく。
その痕跡がすごく鮮やかで――悲しくなるほど儚い。
僕の目には敵の姿が捉えられている。
そして僕は――決意を固めた。
◆◆◆
「どうやら我らの行動は奴らも「知っていた」ということか」
王専用の淡い青色が鮮やかに映える「氷竜」に乗るウートガルザが、隣にぴたりと寄り添うウルズが乗る「氷竜」顔を向けて話しかけた。
臨戦態勢を整え、「ヘイムダル」の戦士たちは――「ヴァルハラ」を護るように待ち構えている。
「用意は万全……というところでしょう。
ですが、あの程度の戦力でございます。ご心配には及びますまい」
「お前が出立前に占った……「我らの完全勝利」信じて良いのだな?」
「御意にございます。ですがどうなされたのでございます、陛下。陛下らしくもない」
「「ヘイムダル」の「ヴァルキュリア」と言えば、万の兵をも凌ぐと言われた歴戦の勇者ばかりと聞いておったのでな。
聞き流せ。世迷言じゃ」
「私は何も聞いておりませぬ」
「……ならばよい」
ウートガルザは頭を垂れるウルズの態度に満足そうに答えた。
「サクソ」
ドーマルディが慣れない「氷竜」に無理矢理騎乗し、苦労しながらここまでやってきたサクソへとニーズヘッグを向かわせた。
「何だその貧素なニーズヘッグは。この中でのお前の立場を見ているようだな」
「僕がサソクのように勇ましくないからね。こんなものさ。
それより昨日話していた「破滅の玉」だ。奴らに近づいてこれを投げつけてやれば、「ヴァルハラ」を破壊するほどの威力で爆発する。これなら確実に奴らを葬れる。
ただし、威力が強すぎるから「ヴァルハラ」の傍では避けてくれ。
父様も陛下も「エインヘリヤル」の殲滅がお望みだ。
そしてこの「呪文」を唱えた者の身は護られるから。頑張ってくれ」
真紅の――手の平で包み込めるほどの小さな玉を、手渡した。
「本当か?まぁもらっておくけど……その「呪文」は?」
「今は唱えないでくれよ。「ヴィズル」だ。心の中で殲滅したい相手を思い浮かべて口で唱えてからその相手に向かって投げる。くれぐれも間違えるなよ」
サクソは――これはお前に向かって投げてやりたい――という衝動に駆られた。
が、じっと我慢する。これは父親を越え、直接ウートガルザへ自分の戦果を売り込む切り札なのだ。
「わかってる。バカにするな」
「信じてるよ。僕は父さんと違って、君の力を信じてるからね」
「……ありがとうよ」
ドーマルディの笑顔が憎らしくて仕方がない。
心の中では、ウルズに愛されていない自分を蔑んでいることはわかっているのだ。
後で見ていろ――とサクソは心の中で毒づいた。
自分の前を飛び去っていくサクソに、ドーマルディが父の腹黒さにも劣らぬ――嘲笑を兄に向けていたことを知らぬままに。