第20話 前島くんと予言
「ウルズっ!!それは本当か!?」
「はい。わが娘カーラは「運命の巫女」。
それは最強の「エインヘリヤル」の「ノルン」となる運命を背負っていることです。
違えたことのないわが予言にて、それはすでに明白。あの娘が生まれる前に、陛下にご報告した通り。
そして現にカーラは「エインヘリヤル」に興味を抱き、こうして「ヴァルハラ」に向かい戻りません。
おそらく向こうで、「運命の相手」に出会ったのでしょう」
「確かに他の予言者に占わせても、カーラは「虹の橋の鍵たる者へ繋がる存在」と導き出した。
ならばお前の言う通り、「エインヘリヤル」が「アースガルズ」に繋がる「虹の橋 (ビヴロスト)の鍵の在り処」を示すものなのだな?」
「それは間違いありません。
長い歴史の中で、「ヴァルハラ」は多くの「エインヘリヤル」を受け入れてきている場所。
そして「ヴァルハラ」を護る「ヘイムダル」の「ヴァルキュリア」から「ノルン」が選ばれる事実を見ても、「ヴァルハラ」に「虹の橋の鍵」はあり、「エインヘリヤル」がそれを使える者であり、「橋への扉を開く者」と考えてよいでしょう。
となれば。今が最大の好機かと」
これはウルズと「ウートガルス」の王ウートガルザのやり取りである。
ここは「巨王の間」。
高い天井と黄金の壁に囲まれた、「ウートガルズ」を治める王が中央奥の玉座に座り、畏まったウルズを数段上の壇上から見下ろしている。
父、ウルズの後ろに控えるドーマルディにとっては、二人の会話は初めて聞くことばかりだった。
「運命の巫女」、「虹の橋の鍵」「橋への扉を開く者」――どれも何のことなのか?と呆然と会話を聞き入るしかなかった。
「しかし……「ヴァルハラ」を攻めるとなると容易ではないぞ」
「はい。ですので「氷竜騎兵」をお貸しいただきたいのです」
一瞬――ウートガルザの表情が固まる。
「ウートガルズ」でも、最強を誇る王軍の切り札と言っていい存在だ。
それをこのためだけに動かして良いものなのか。
そんな思いガートガルザの口を重くした。
「陛下。この機を逃しては、今度はいつになるか……すでに六十年も待っているのでございます」
「……わかった。「氷竜騎兵」三百をお前に与えよう。
必ず……いや。私も出よう。どうせならこの目で「虹の橋」を見届けたい。
となれば、五百は出そうぞ」
「そのお言葉……お待ちしておりました、陛下」
周りに控えていた臣下たちから響めきが起こる。
「動揺するでないっ!!
創世の御代から、オーディン率いる神々に受けた屈辱を晴らせる好機なのだっ!!
必ず「虹の橋の鍵」を手に入れるっ!!そうだな、ウルズっ!!」
「はっ!!」
ウルズは恭しく頭を垂れ、ドーマルディも慌ててそれに従った。
「なれば明日にでも、ここを立つっ!!すぐに用意するよう、「氷竜騎兵」に伝えいっ!!」
ウートガルザから勅命が下り、臣下の一人がそれに応じ、広間を慌ただしく出て行った。
「案内、しかと頼むぞ……ウルズ」
「御意」
再び――今度は一段と頭を下げたウルズの――ウートガルザからは見えない顔には。
思慮の浅い王への、蔑んだ微笑みが浮かんでいた。
「父さん……これは?」
広間を出て、ドーマルディがウルズへと駆け寄った。
「……驚いただろう?これが「カーラ」の真実なのだよ。
あの子に「エインヘリヤル」を会わせたのは、「運命の相手」かどうかを見極めさせるため。だからやつらの前に姿を見せる必要があったのだ。
だがサクソにこのようなことを伝えれば、あの馬鹿が何をしでかすかわからなかったのだ。
すべては慎重に確かめる必要があった。
が、これで間違いはあるまい。お前にも存分に働いてもらわねばな、ドーマルディ」
「そういうことでしたら……必ず父さんのご期待に応えられるよう、頑張ります」
「期待しているぞ」
ウルズは目を細めて、素直に従う息子の姿を見つめた。
◆◆◆
「お疲れ様」
「……ちょっとやりすぎた……」
夜。空は紺色から緑色が深く混じり、オーロラのように空を漂い、揺らめいて輝いている。
こんな幻想的な風景にも、だいぶ慣れてきた。
昼間、前島くんと頑張りすぎて――正直ヘトヘト。グダグダ。
体中、力が入りません。情けない。
「でもトオルに五発命中させたんでしょ?すごいじゃない」
「それは褒めてもいいかな……と思います。はい」
「ねぇ……ユウ。そろそろ私に敬語は止めない?
少しも仲良くなれた気がしないの」
僕がぐでぇと座っているソファの隣に腰掛けるエイルさん。
う…ん。まぁ――それもそうかな。
「じゃ……エイル」
「なぁに?」
うっ。恥ずかしい。一気に恥ずかしさが増してくる。
「なぁに、ユウ?」
エイルさんは僕に抱きついてくる。
「エイルさん……じゃなく…エイルは……体が細いよね。
今までこんな体で戦ってきたんだね」
エイルさん――えと。えーと。エイルは僕の首に絡めた両手に、そっと力を入れた。
「ユウに会うために……。
だから頑張ってこられたのよ、きっと」
「じゃ……僕に会えたから……もう頑張らなくてもいいよ」
「カーラもいるのよ。あなたも護りたい。だからもっと頑張りたい。
ユウが……あなたが頑張っているんだもの」
僕も――エイルを抱く手に力を込めた。
「僕も……頑張るよ、エイル」
「……うん」
エイルは僕から離れて。そっと――お互いの唇が触れて。
どんどんどん。
僕らの部屋のドアが慌ただしくノックされた。
「お楽しみのところ申し訳ないっ!!ユウ、エイルっ!!カーラを連れて集会室へ来てくれっ!!」
ドアの外でゲイルさんがそう言い残して――ばたばたと駆けていく足音だけが響いた。
「お楽しみ」という件は――まぁ、この際置いといて。
僕とエイルは急いで隣の部屋にいたカーラに声をかけると、集会室へと向かった。
◆◆◆
そこには隊長のブリュンヒルドさんを始め、ほとんどの「ヴァルキュリア」が集められていた。
たぶん――「あのこと」だろう。
「アルヴィドが「神託」を受けた。
明日。敵がここへと攻めてくる。数は不明だが、相当数にのぼると考えていいそうだ。それもかなりの手練がやってくる。
みんな……覚悟してくれ」
ブリュンヒルドさんが、僕ら一人一人の顔を見ながら説明をしていく。
始まる――戦いが。
「そこで、みなにかけている「封印」を解く「許可」を与える。
これは「エインヘリヤル」を護る戦いでもある。
それはアルヴィドの「神託」でもそう出ている。
ユウ。トオル。戦いには参加してもらうが、全面に出る必要はない。
ここは我々に任せてくれ……」
ここで。不自然にブリュンヒルドさんの視線が前島くんに向かう。
前島くんは驚いたように、ブリュンヒルドさんを見返した。
封印?許可?僕には何のことだかさっぱりだ。
「コハル。あとで説明してやる。だが、今は俺に口裏を合わせてくれ」
「前島くん?」
耳打ちされて――前島くんの声がいつになく真剣だ。
「隊長。それは承服しかねます。俺もコハルも全面に出て戦う。
このような「有事」に対しての「エインヘリヤル」でしょう?違いますか?」
「相変わらず勇ましいな、トオル。君ならそう言うと思ったんだ。
だが、今回は「護る」戦いだ。やつらを迎え撃つだけでもないが、君らに無用な危険を犯させたくはない。納得はいかないかもしれないが……ここは私たちを信じて欲しい。
君らの活躍の場は……これから先に用意されている。
ここでは我らに活躍させてもらえまいか?
我らの全力。しかとその目に焼き付けてくれ。それでは答えにならないだろうか、ユウ、トオル……」
懇願するようなブリュンヒルドさんの瞳。
「この場は「ヘイムダル」に任せて。私たちはこの先のことを考えましょう」
エイルが僕と前島くんに笑顔で――ブリュンヒルドさんに従って欲しいと促している。
それでも――。
「頼む」
ブリュンヒルドさんが僕らに頭を下げた――何か変だ?
この時。アルヴィドさんが前島くんにアイコンタクトしていることを、僕はブリュンヒルドさんに気を取られて見ていなかった。
◆◆◆
結局、前島くんが反論することなく「口裏を合わせて欲しい」という前島くんの言葉がなんだったのかわからないまま、作戦会議になだれ込んだ。
ここで僕は前島くんの姿がないことに気がついた。
「あれ?前島くんは……?」
「トイレ……かしら」
ミストさんが首を傾げた。
「……そうですか」
僕はここで――引き下がってしまった。
ここで彼の姿を探していれば――少しは未来を変えられたのかもしれない。
「悪いな。呼び出して。
長くは時間をかけない。コハルも心配するだろうからな」
「何ですか、アルヴィドさん?」
前島くんはアルヴィドさんに呼ばれて廊下に出ていた。
「明日のことだ。君は一切戦いに参加しないでほしい」
「は?さっきのブリュンヒルドさんといい……おかしいですよ」
「それなんだがな……」
アルヴィドさんが言い淀む。前島くんはそんなアルヴィドさんをじっと見つめた。
「君が死ぬかもしれないという「神託」を受けたんだ」
「……俺が?」
前島くんは一瞬、目を見開いて。
「そんなことですか」
とすぐに平静に言葉を紡いだ。
「驚かないのか?」
「驚きましたよ。自分が死ぬかもと言われて、何でもないわけにもいかないですし。
でも……それこそ、この間の話です。
俺は違う道があると信じたいですから。戦いには参加します。
死ぬつもりは微塵もありません。俺が「エインヘリヤル」なら、オーディンの加護もあるでしょうし。何よりミストを護りたい。死にませんよ」
「君は強いな……トオル」
「……悠が…頑張っているので。俺たちは生きて元の世界に帰るんですから。
それに俺が死んだら……悠が泣きますからね。男の泣き顔なんて見たくないでしょう?」
前島くんの清々しいまでの笑顔に、「そうだな」とアルヴィドさんは苦笑を浮かべるしかなかった。