第2話 小春くんと銀玉鉄砲
「あれ…なにっ!?」
突然の出来事に、僕はもちろんさすがの前島くんも、状況を飲み込めずに――ただ周囲を慌ただしく見回すことしか出来なかった。
そんな時。僕は丘の向こうから――黒々とした塊が、僕らに向かって相当なスピードで向かってくるのが見えた。
「……鬼…か?」
相変わらず目がいいねぇ、前島くん。
僕も目を凝らすけど――あ、見えた。僕、視力は両目とも0.5だから良くないんだよね――。でも不思議と黒い塊が「何なのか」が見えた。
あれは、確か。
「あの姿ってゲームとかで見る…「オーガ」とかいう魔物じゃないかな?」
「ゲーム?俺はほとんどやらないからな」
「うん…それはわかってる。それは君に期待はしない。
ただそんな類の生き物ってことだよ」
「心外だな。スーパーファミコンなら持ってるぞ」
「……わかったよ、前島くん」
ほとんどにおいて君には敵わないけど、これだけは僕に分があるよ前島くん。
「ここはゲームの世界かもしれない」
「何のゲームだ?」
「それはわからない。「オーガ」なんて魔物は、それ系のゲームならどこにもいるからね」
「そんなに人気のある魔物なのか?」
人気――かどうかはわからないけど。
「たぶん人気があるんだと思う」
「…うむ。そんなに強いやつらなのか」
いや――そこまで強くはないと思う。
「かもしれない。あんなに集団で来られたら、僕らの命が危ないよ」
「……是非手合わせしてみたい相手だな」
「そこまでの知能はないと思うよ。獣に近い連中だと思うから」
「それでもだ。血が騒ぐ」
獣はお前だ、前島っ!!
そんな馬鹿な会話をしている最中にも、「オーガ」と思われる化け物――魔物たちは僕らに向かって走ってきていた。
「前島くん、逃げようっ!!」
「逃げるって…この大草原をどこにどう逃げるつもりだ、コハル?」
僕は小春だよ。前島くん。なんて口にしている場合じゃない。
あうう。本当に確かに隠れる場所なんてどこにもない――。ただの原っぱがどこまでも。
それに――魔物の数――百以上はいるんじゃないのかっ!?
「俺が囮になる。
お前ひとりなら逃げ切れるだろう。俺が走り出したら、お前は反対方向に全力で走れ」
「ば…馬鹿言うなっ!!君ひとりを置いて行かれるわけないだろうっ!!」
それに僕ひとりじゃこれからどうすればいいんだよっ!!前島くんっ!!
「……だから俺はお前が気に入ってるんだよ、コハル。
いいか。行くぞっ!!」
「前島くんっ!!」
どうして君はそうかっこいいんだよっ!!前島くんっ!!
って君の武器、棒だけじゃんっ!!
僕は右手に握る――ちゃっちい玩具の銀玉鉄砲を見つめる。
これでどう戦えというのか。
それに僕は――戦い方なんて知らないよ。魔法なんて使えるわけもない。
勇者?無理無理っ。
その間に、前島くんは迫り来る魔物の大群に突っ込んだ。
「前島くんっ!!」
前島くんが手にしているのは木製の棒だ。ただの棒なんだ。
魔物のやつら――剣とか槍とか、斧までも持ってる。
木の棒が役に立つわけ――って、あれ?
どうして互角に、いや。前島くん…木の棒一本で、あいつら圧倒してるよ?
前島くんが振り回す木の棒は、まるで生きてるがのごとく、魔物たちの剣や槍や斧を蹴散らして、あげくにその体ごと弾き飛ばしてる。
すごくないか?強すぎないか――前島くん。
すごいよっ!!前島くんっ!!
「コハル、何してるっ!!逃げろっ!!」
前島くんの叫ぶ声が聞こえて、僕は我に返った。そうだった――。
そして気がつくと、周りはすでに魔物たちに包囲されている。僕は完全に逃げ遅れていた。
「う…うわぁぁぁぁぁっ!!」
「コハルぅっ!!」
魔物たちが僕めがけて、剣やら槍やら斧やらを振り上げた。
ごめん、前島くん――ここでさよならみたいだ。
僕は身をかがめ、瞳を閉じて――最後の瞬間を待つ。
そんな僕の耳に、ぎゃーという悲鳴に近い声と、獣の雄叫び――それよりももっと甲高い、耳朶を刺激するような音が同時に聞こえてきた。
「□□□□……」
ほえ?僕の肩が、誰かに触られている感触が。それに、女の人のような声がする。
怖々振り返ると――そこには金色のロングヘアに耳の尖った――これはぁ
「エルフ?」
という生き物かしら?
「□□□□□…」
「えーとぉ……」
とんでもない美女。緑の瞳が――言葉が通じなくて困っている僕を優しく見つめている。
次の瞬間。
このエルフの美女さんの唇が、僕の唇に重なって――。えぇ――っ!!!
「…どう?」
「え…あ……気持ちいいです…じゃなくてっ!!」
つい、ひとりツッコミ。それぐらい僕は錯乱しています。
「…よかった」
美女さんは仄かに頬を赤く染めて、それでも僕ににっこりと微笑んで――抜群に綺麗な女性――いや、エルフさんだぁ。
「…って、前島くんがっ!!」
「大丈夫よ」
「え?」
エルフの美女さんが笑顔を崩すことなく、僕に言って。
僕は思わず立ち上がった。
そこには――ど、ど、ドラゴンっ!!?
甲高い声の主はこいつらかぁ。と、僕は思わず納得してしまった。
「ひとか○いくかぁー」に出てくるモンスターよろしく、なんちゃら幻獣図鑑でも主役を張りそうな三~四メートルはあろう大きさがある立派な?灰褐色と漆黒のドラゴンが二頭。
翼を広げ、魔物たちをその圧倒的な体躯の差で文字通り蹴散らしている。
聞こえた悲鳴は、逃げまどう魔物の方だったわけで。
どうやら僕らは助かったみたいだ…。
「私はエイル…あなたは?」
「あ…僕はお……」
「コハルっ!!」
――この野郎。
前島くんが、いつの間にやら、もうひとり――赤色のショートヘアに、やっぱり耳の尖った――エイルさんよりも、もうちょい歳下に見える女の子を連れている。
「この馬鹿野郎っ!!逃げろと言っただろうっ!!」
「君を置いて逃げられるかっ!!」
「弱いくせにっ!!」
「わかってるよっ!!君のように人間離れしてないんだよ、僕はっ!!」
僕たちのところに来るなり、いきなり声を荒げた前島くん。
つい僕も安心感からか、前島くんに言い返してしまう。
でも――弱いくせには――心外だ。本当だけどさ。
「…でもよく頑張ったな、コハル」
まるで親戚のおじさんのように、僕の頭を撫で始める前島くん。君は一体いくつなんだよっ!?それに僕は少しも頑張ってないし。頑張ったのは君だよ、前島くん。
「仲がいいのね」
赤い髪のエルフさんが、僕たちに笑顔で話しかけてきた。
「親友だからな」
前島くんが――そのエルフさんにそう答えて。え?ってことは?君も…なの、前島くん。
「私はミスト。よろしくね、コハル」
前島…てめぇ。完全に間違った情報をエルフさん――ミストさんに与えてるだろう。
「そう、あなたはコハルと言うのね」
――エイルさんまでぇぇっ!!違いますぅぅっ!!…前島ぁぁっ!!
意味もなく盛り上がる僕ら。
って。ここで、残った魔物がエイルさんの背後から、斧を振り上げている姿が僕の目に飛び込んだ。
「…エイルさんっ!!」
僕は反射的にエイルさんの手を引っ張り――魔物から遠ざけると、僕はあの玩具の銀玉鉄砲を振り下ろされた斧から僕自身を護る「盾」に使った。
え?ってか、この銀玉鉄砲。すごい強度の持ち主なんですけど――。
鋭利な斧の刃を、分断されずに受け止めてるよ。
「コハルっ!!」
エイルさんが驚いて僕の後ろから叫んでる。
でも僕はそれに答える余裕はない。
僕は両腕に力を込めて魔物の斧を押し出すように弾いた。
「こっ…のぉぉぉっ!!」
この時の僕は、ほとんど頭の中が真っ白で。
条件反射で、銀玉鉄砲を魔物に向けて――力を込めて引き金を引いた。
耳を劈く発射音が響き、特大の光弾が銀玉鉄砲から飛び出した。
それはエイルさんを襲った魔物だけじゃなく――軌道上にあった緑の草原を抉りとり、地肌が見えるほどの威力で――残った魔物をすべて巻き込んで、消滅した。
「……はぁ…はぁ…はぁ……」
銀玉鉄砲を両手で抱え、僕は激しい疲れを感じ――両膝を地面について――そのまま前のめりに倒れた。
「…コハルっ!!」
「コハルっ!!」
エイルさん、そして前島くんの声が遠くで聞こえるような気がしたけど。よくは覚えていない。
だってその時の僕は――もう意識を手放していたから。