第19話 僕たちとウルズさん
ウルズの末娘、カーラが行方不明になって十日近くが経過している。
「父さん。やっぱりカーラは「ヴァルキュリア」に捕まったんじゃ」
問い詰めるドーマルディに
「殺されたんじゃないの?あいつ弱いし」
と、サクソはくすくす笑いながら答えていた。
デロック城のウルズの部屋で、これからのことを話すために、ドーマルディはサクソを連れてウルズの元を訪ねていた。
「おそらく殺しはすまい。奴らも我らのことを知りたがっている。
まぁ……カーラを捕まえたところで大した情報の流出はないだろうが、連れ戻すことにこしたことはないな」
「だろう?だとすれば、カーラは「アルフヘイム」の「ヴァルホル」にいる可能性が高いな。
あそこが「ヴァルキュリア」の本拠地だから」
「いや……おそらくは「ヴァルハラ」にいるだろう。「ヴァルホル」より、よほど安全な場所だ」
「どういう意味……父さん?」
ドーマルディが不貞腐れて黙っているサクソを無視して――意味深な発言をしたウルズを見つめた。
「そう言う意味だ。だが……となると、陛下に許可をいただかねばな。
カーラがすべてのニーズヘッグを連れて行ってしまったから……」
「そうだけど。「ヴァルハラ」だと、そう簡単には攻められないのでは?」
「あぁ。だから陛下の許可が必要なのだよ、ドーマルディ」
「……まさか。空を制する者たちなら……「氷竜騎兵」を動かすつもりで?」
驚愕するドーマルディの問いに、ウルズは口元を引き上げ――微笑んだ。
「これから陛下に会ってくる。お前も行くか、ドーマルディ」
「もちろんです」
サクソの視線がウルズに向くが、ウルズはそれを無視する形で己の顔をこの部屋の扉へと向けた。
「ねぇ、父さん。ずっと訊きたいと思ってんだけどさ。
どうして父さんは俺よりドーマルディばかり大事にするわけ?
俺が乳母に育てられたから?父さんが乳母を気に入らないと思ったから、ちゃんとあいつを殺したじゃない。それでもドーマルディが大切なんだ?」
「そう思うなら、お前ももう少し考えて行動するようにしろ。
邪魔に思うからすぐ殺す……という考えでは、いつかお前自身が恨みを買うことになると、いつも言っているはずだ」
「……どうだかね。
本当は自分が育てたドーマルディの方が言うこと聞くし、使い勝手がいいんじゃないの?」
「……よくわかったな。その通りだ」
驚くサクソにそれ以上語ることなく、ウルズは部屋を出て行った。
「父さんっ!!」
ドーマルディが慌ててウルズの後を追う。
「すまなかったな。ああでも言わないと、あの馬鹿は引き下がらんだろう。
許してくれ」
「いや……たぶん、そうだと思ったから。それより、サクソはあのままでいいの?」
「ちゃんと使い道は考えてある。あいつがもっとも喜ぶ形でな。
お前は私を見て、余すことなく学ぶが良い。ドーマルディよ」
「はい……父さん」
湧き上がる喜びを隠しきれず、頬を紅潮させる息子の姿に満足しながら、ウルズは「行くぞ」と声をかけた。
◆◆◆
「……ぐっ」
僕の光弾が前島くんを追い詰め、そして初めて一発――そのみぞおちにくっきりと命中した跡が残っていた。
「おーしっ!!」
もちろん手加減はしてる。というか威力を落としてのことだけど。
僕が手放しで喜んでいると、前島くんはスタスタと僕のへとやってきて、いきなり頭をバチンとひっ叩いた。
「い……いったいなぁぁぁっ!!」
これはマジで痛かったっ!!手加減してないだろう、この野郎っ!!
と、僕が涙目で前島くんを睨むと――彼はにっこりと微笑んで。
「やったな」
嬉しそうに――僕の頭をぐりぐりと撫でていた。
「痛いからっ!!」
本当に君の撫で方は痛いんだってっ!!
「でも……コハルも見違えるくらい成長したな……」
「えへへ」
あの前島くんへ、一発でも命中させたということは本当に嬉しい。笑いが止まらない。
「マジにムカつく」
前島くんが――ぽつりと呟いた。
いつもと逆の立場だね。
今――僕と前島くんは、鍛練場で自主練の最中。
正直――館の中は、目に見えない――それでいて、みんな表には出さないけど、ピリピリとした空気が漂っている。
いつ戦争になるか。いつ「ウートガルズ」の連中が攻めてくるか。
そんな緊張感が張り詰めている。
僕はそんな空気に耐えられなくて、館を出て竜舎に来ることが多くなっていた。
カーラがここへ来て十日近く経っている。
外へも出られるようになったカーラやエイルさんと、よく散歩もするようになったけど。
それでも僕の気持ちのモヤモヤは――消えても、晴れてもくれない。
そんな時、前島くんが僕にこの自主練をやろうと言ってきた。
「どうだ?少しは気持ちが晴れたか?」
「少しね。ってか、今はすごく嬉しいかな」
「……本当にムカつくな。まぁ……いいか」
前島くんは、鍛練場の草むらにごろんと大の字に寝転がった。
「なぁ……コハル」
「ん、何?」
「今、もし……俺たちの世界に帰れるとしたら、エイルさんを連れて行くか?」
「……もちろん。離れたくない人だから」
「言うようになったな。それだけ言えれば合格か」
「何が……だよ」
「男として……だよ」
本当に君は――小っ恥ずかしい台詞を堂々と吐けるよな。
「君にそう言われるのは……少し嬉しいな」
「でも今、帰れるとしても……帰れないだろうな」
「うん。今は……ね。このまま帰っても、一生後悔しそうだし」
「ますます合格だな」
「……ありがと」
嬉しい――と素直に思ってしまう僕は――よっぽど前島くんに影響されたんだろうな。
「始まるのかな……戦争」
「……たぶんな」
僕は――そんなことを呟いて。前島くんがそれに答えた。
「……僕らはさ。もう……ずいぶん魔物を殺してきてるよね」
「そうだな」
「今度もさ……殺すのかな。たくさんの人を」
「……かもな」
護りたい人たちがいると、僕らは――敵をたくさん殺すことになるのだろうか。
いや。たぶん、そうなるだろう。
「辞めるか?逃げることも出来るぞ」
「……出来ないよ。それはもう出来ない。僕は、ここまで来てるから。逃げちゃいけないところまで。それに……逃げ場なんてどこにもない」
「お前は優しいよ……コハル」
「優しくないよ。臆病なだけだ」
「それは俺も同じだ」
「……それは嘘だよぉ」
僕に合わせてくれようとしてるんだろうけど。
それは本当に嘘だろう――前島くん。
「本当だ。もし一人でこの世界に来ていたら……俺はやっていけなかっただろう。
お前が一緒だったから……俺は頑張ってこられたんだ」
急に上半身を起こして、僕を見つめる前島くん。
「嘘。本当に?」
「ああ。本当。頑張るお前の姿を見てたから、俺もやってこられた。
でなければ、逃げることばかり考えてた。お前のおかげだよ、コハル」
真顔で。まっすぐに僕を見る前島くん。
「……それは僕もだよ。じゃなけりゃ、あの聖地でオーガにやられてた」
「それはそうだ。たぶんあの時、お前は死んでたな」
変わらぬ真顔で前島くんは――そう言ってのけた。この野郎――。
「うるさいよ」
「でも今のお前なら……心配はない」
笑顔で、桃色から白銀の輝きが混じり始めた空を見上げる。
「君にそう言ってもらえるぐらい……僕もなんとかなってきたのかな」
「よく頑張った。そしてこれからも頑張らないとな。
お互いまだまだ途中だ」
「……ほーい」
「頼りない返事だ」
ここで僕らはお互いの顔を見て――急におかしくなってきた。
ひとしきり笑い合って。
「ねぇ……前島くん」
「ん?」
僕は前島くんに、今一番言いたいことを――口にした。
「生きて……僕らの世界に戻ろう」
「……あぁ。絶対にな」
「約束だ」
「お前もだぞ……コハル」
「おう」
初めて――僕らは握手というものをする。
温かい前島くんの手が、力強く握り返してきたので、僕も力を込めてそれに応えて。
段々ヒートアップしてくる。で――。
「痛い、痛い、痛いってばっ!!」
僕が思わず手を引いた。
真っ赤になるまで握りしめてんじゃねぇぞっ!!前島ぁっ!!
「俺の勝ち」
にやりと笑って右手をグッパッと握り、開きを繰り返している。ムカつくやつ――。
「もう一度だっ!!今度は蜂の巣にしてやるっ!!」
「よく言ったっ!!返り討ちにしてやるっ!!」
僕らはもう一戦――やることにした。
「何してるんだろうね?」
迎えに来たカーラが不思議そうに、僕と前島くんを少し離れた場所から見ていた。
「いいのよ。これで」
エイルさんがカーラの肩に手を乗せて――呟いた。その顔には笑みが浮かんでいる。
「そうね。これが男の子っていうものだろうから」
ミストさんも肩を竦めて――呆れた様子で僕らを見ていた。