第18話 僕とエイルさん
「どうぞ、召し上がれ」
ってロタさん――量――多すぎじゃないですか?
お昼ごはんをご馳走になると、竜舎から少し離れた泉のある広場で、ロタさんが広げたお弁当は――僕の予想をはるかに越える品数と量だった。
前にもロタさんには、手作りのお菓子とかもらったことがあるので、料理の腕前は知っていたし、とても美味しかったからそれはまったくの心配はしていなかったんだけど。
この数は――。
「ず……ずいぶん、その……気合が入ってますね」
「ちょっと……お腹が空いていたから、作りすぎちゃったみたいで。
コハルさんが来てくれて助かりました」
って、そんな量じゃないだろ。これ。
「そ……そうですか?」
「よかったら……私が……食べさせてあげます」
「は……や。そ、それは」
「遠慮しないで」
きょ、今日はやけに積極的ですね、ロタさん!?
◆◆◆
ぐぇっぷ。すごく美味しいんだけど――。
何とか全部を腹に収めた(収めさせられた?)。
「コハルさんは男の子だし、成長期なんですよね?だったらいっぱい食べて……この中には身長を伸ばす働きをする食材も入れたんですから」
ロタさん。そ、それはありがたい――けど。お腹がぐるじいです。
「ご馳走様でした。す、すごく美味しかったです」
「本当ですかっ!!よかったら……今度からお昼は私が作りましょうか?」
「や……それは」
「ダメ……ですか?」
ロタさん――顔、顔っ!!近いですっ!!僕の目の前ですってっ!!
「それは……」
だから――どうすればいいのぉ?
「ユウ」
僕がロタさんに迫られていた時――竜舎の角からエイルさんが現れた。
「え……エイルさん」
あれ?ロタさんが慌ててる。
「ありがとう、ロタ。部屋の掃除をしていたから、ユウに散歩をしてもらうように頼んでおいたの。お昼まで作ってくれていたのね。感謝するわ」
「い……いいえ」
「ユウ、カーラが心配しているわ。部屋に戻りましょう」
「そ……そうだね」
僕は渡りに船――とばかりに立ち上がった。
ちょっと助かった――かな?
「それからロタ」
「はいっ」
エイルさんが立ち上がった僕を確認すると、器を片付けていたロタさんに話しかけた。
「……ユウにはカーラの保護者としての役割があるから、簡単に一人で外出は出来ないと思うの。今日みたいに、ユウの世話をお願いする時は事前に言うわね。その時はお願い」
「はい……わかりました」
笑顔のエイルさんに――ちょっと寂しそうなロタさん。
え――とぉ。この場合の僕は――どうすればいいんだろうか?
◆◆◆
竜舎の建物群を抜けて、館を目指す僕たちは――。
「ユウ……ちょっといい?」
「……えっ!?」
僕はエイルさんに、近くの森の中に連れ込まれた。
「エイルさん、ご……ごめんなさいっ。そういうつもりじゃっ」
二人で歩いていても、エイルさんはずっと無言だったから――これは絶対怒ってるっ!!
でも僕を見つめるエイルさんは、ひどく悲しそうで。
「え?」
「ユウは……私だけじゃ……ダメ?」
「へっ!?」
木の幹に僕の体を押し付けたエイルさんは、そのまま僕に抱きついた。
「ユウは、私だけじゃ……満足出来ない?」
「そんなことあるわけないですよっ!!」
「私が傍にいると……鬱陶しい?」
「エイルさんっ!!」
ロタさんのことを怒るとばかり思っていたのに――僕は思わずエイルさんの肩を掴んで、僕から引き離した。
「何、言っているんですかっ!!その……ロタさんとのことは……ごめんなさい。
でもどうして、エイルさんを鬱陶しいとか思わないといけないんですかっ!?
エイルさんは僕からしたら、綺麗だし、何でも出来るし……僕の方が釣り合っていないぐらいんですから。エイルさんの言っている意味がわかりませんっ!!」
「……ありがとう……ユウ」
エイルさんは自分の肩を掴む両手に自分の手をそっと添えた。
「私……最近おかしいの」
「……体の調子が悪いんですか?」
心配して訊いている僕に、エイルさんは首を小さく左右に降った。
「私……あなたに関わるみんなに……嫉妬をしてるの」
「……エイルさん」
「ロタもそう……あなたに懐いているカーラにも、スクルド副隊長にも……トオルにまで。
おかしいの。あなたを誰にも渡したくないの……どうにもならないの。
さっきもロタを怒鳴りそうになった。「ユウには近づかないで」って。
もう……どうしていいかわからない……どうしよう、ユウ……」
顔を俯けているから、その表情はわからないけど。
エイルさんの両手が震えてる。こんなに僕のことを――。
僕は堪らず、エイルさんを抱きしめて。
「……ユウ?」
「あの……「婚姻の儀式」……したら。僕がエイルさんだけを好きだって、わかってくれますか?」
「ユウっ!?」
「それを済ましたら……安心してくれますか?」
「……うん、する……」
エイルさんの小さく震えた声が――耳元で聞こえた。
それが――こんなに早いとは思わなかったけど。
◆◆◆
「ずいぶん遅かったな」
僕らの部屋には――前島くんとミストさんがいて、カーラの面倒をみてくれていた。
「うん。僕があちこち散歩してたから。エイルさんが探すの大変だったらしいよ」
「……そうか」
僕の言い訳を、前島くんはそれ以上詮索することはなかった。
「ユウっ!!トオルが自分たちの世界の話をしてくれた。
ユウはすごかったんだなっ!!」
「……前島くん……カーラに何を話したの?」
「……あとでカーラに訊け」
「おいっ!!ちょっとっ!!」
僕が無言になる前島くんを問い詰める。
カーラはげらげらと大笑い。「ユウはすごい」ってなんだよ、前島くんっ!!
僕が前島くんと戯れあっている間に、エイルさんはミストさんと部屋を出ていた。
そんなことには気がつかず、僕たちは相変わらず大騒ぎをしていた。
「エイル姉さん、何かあった?何だか嬉しそう」
「……うん。ちょっと」
エイルさんは少し頬を赤らめて――恥ずかしそうにミストさんに答えた。
「だったらどうして部屋を出ようなんて言ったのかしら?
コハルを放っておいていいの?」
どうして僕?どちらかというとカーラでは?と訊きたいけど、僕は残念ながらこの場にはいなかったもんで。
「……ダメ。トオルに嫉妬してる自分がいる……。ミスト、あなたは大丈夫なの?
どうしてユウに嫉妬しないでいられるの?」
エイルさんの質問に、ミストさんは驚いたようにエイルさんを見つめた。
「エイル姉さん……そんなに嫉妬深いとは知らなかった。
トオルにまでなんて、相当じゃない?だってコハルはトオルの親友なのよ?
仲がいいのは当たり前。あたしはそう、考えてるけど」
「……やっぱり……私がいけないのね。
「婚姻の儀式」を済ませれば、落ち着くかと思っていたのに……。
余計に辛くなった。どうしてユウはこんな後でも、トオルと仲良く出来るの?
なんて思ってた」
「ああ……済ませたのね」
エイルさん。案外、ドジ?ミストさんに冷静に言い返されて、顔を真っ赤にした。
「ま……う、うん。そうなんだけど」
「コハル……ユウは何か言わなかった?」
「僕が私だけを好きだと信じて欲しいって……」
「だったら……信じてあげて。ユウは彼なりに精一杯姉さんに応えようとしているんだから。あたしは……ユウはとても素直で、純情で、誠意のある少年だと思う。
それを姉さんが信じてあげなかったら、とても可哀想だわ」
「……うん。わかってる……だけど」
「そう言っても……ダメ?」
「そんなことはないけど……」
「ユウのこと、本当に好きなのね。そう言えば姉さん……トオルがね。ユウは「男気」っていうのがあるって言ってるの。
そしてとてもまっすぐに相手に気持ちをぶつけるから、相手はユウを信じるんだって。そう思わせるものをあいつは持ってるって……ユウのいない時に限って褒めるの。
「コハル」って呼び方は、ユウはとても嫌がるけど……トオルにとっては愛情表現なのよ。他にそう呼ぶやつがいないからって。
でもここへ来て、みんながそう呼ぶようになったでしょ?
トオルとしては気に入らないみたい。あれは俺だけがそう呼んでたのにって感じで。
もしかして姉さんは、そんなトオルの態度が無意識にわかってるから、彼に嫉妬するのかもね。基本的に、トオルと姉さんはとても似てるのよ。
だからユウのことを好きになったのかも……」
「ちょっと……ミスト。
そんなこと聞いたら、余計に心配になるじゃないっ!!」
怒るエイルさんを、ミストさんが「まぁまぁ」と宥めながら話を続けた。
「そうかなぁ。あたしはトオルに心配してないな。
だってあたしはトオルを信じてるし、トオルは生涯、愛する女はあたしだけだって言ってくれたから。だから信じられる。
ユウは姉さんのことをそんな風には言わないの?」
「僕の好きな女性は私だけ……とは言ってくれている」
「だったら。それはユウの本音だと思うけど」
「ユウは誰にでも優しすぎるのよ」
「それはあの子の良いところだって、姉さんも言っていたじゃない」
「……そうだけど」
「ユウには姉さんが必要なのよ。そして姉さんにはユウが必要。
二人はあたしから見ても、とてもいい感じに見えるもの。
どんと構えておけばいいんじゃない?
トオルが言っていたわよ。姉さんはユウには出来すぎた良い女性だって。
あいつはここに来て、運命の女性に出会えたんだろうってさ。
私の方が嫉妬しちゃう言葉を言うんだもん。トオルからは姉さんはそう見えているんだと思うけどな」
「……それを先に言ってよ」
頬をふくらませて拗ねるエイルさんに、ミストさんは苦笑いをしつつも
「姉さん可愛い。そんな可愛い顔はユウに見せてあげないと」
「わかってるわ……でも、ありがとう……ミスト」
「どういたしまして」
僕や前島くんの知らないところで、女性同士がそんな会話をしているとは。
でもそのことを僕がエイルさんから教えてもらうのは――僕が命よりも大切と言えるほど、かけがいのない大切な存在を失った後だと言うことは、当然この時の僕は知ることは――なかったんだ。