第14話 僕たちと追いかけっこ
空を背に、黒い点の集団が見えてくる。それはまだ相当の距離があるけど――。
僕はよく目を凝らし、その点――群れをなす点の正体を見極めようとした。
距離が近づくにつれ、その姿がようやく確認出来た。
やはり――ニーズヘッグ。それも前回より、倍の数はいるのではないか。
僕は銀玉鉄砲を構えた。
「コハル、まだ早い。相手をギリギリまで引きつけろ」
「……大丈夫。わかってるよ」
前島くんのアドバイスに、僕はそう答えた。
そう――ここで撃ったとしても、相手に避ける隙を与えてしまう。
少ない弾数で、最大の効果を得る。僕だってそれなりに学んできてるっての。
「ずいぶん成長したじゃないか、ユウ」
ワイバーンに乗ったスクルドさんに褒められて、僕は恥ずかしくなったが――なんとか「ありがとうございます!!」と答えることが出来た。
スクルドさんは笑顔で、「期待してるぞ」とプレッシャーをかけてくる。
それは――いつものスクルドさんだ。僕らに変わらず接してくれる。
「期待に添えるかどうかわかりませんが、頑張ります」
「言うようになりおって」
苦笑いのスクルドさん。それでも――少しでもスクルドさんが笑顔になれるなら。
僕はそんな気持ちで、スクルドさんに笑顔を見せた。
◆◆◆
ニーズヘッグへ僕が「拡散」の光弾を撃ち、その直後から僕たちは、ニーズヘッグとの交戦状態に入った。
前島くんたちは、僕の狙いやすいようニーズヘッグを追い詰め、一箇所に集めたところへ僕が光弾を放つ――という作戦を実行し、飛来した半分の数を仕留めた。
無難にことが進んでいるかのように思える。
が、エイルさんは――納得がいかない様子で呟いた。
「簡単すぎるわ」
まぁ――確かに、歯ごたえが無さすぎるようには感じていたんだけど――。
「ユウっ!!エイルっ!!上だっ!!」
僕らに向けて、ゲイルさんの叫ぶ声が聞こえる。
と、同時に僕らが指示するより先に、ゲキが真上からの敵の襲来を察知し、大きな体からは考えられないほどの俊敏な動きで、その場から加速し、降下してきた敵の攻撃を避けた。
「ゲキ、ありがとうっ!!」
「アギャっ!!」
僕のお礼に、ゲキは嬉しそうに鳴いた。
そして突風のように現れた敵を見ようと、僕が真下へと視線を移した。
そこには数頭のニーズヘッグが、また僕らに向かって今度は急上昇してくるのが見えていた。
そして――その一頭の背に、人が乗っているのが確認出来た。
「人が……乗っている?」
「小柄な……少女のようね」
僕はそこまで見えません。エイルさん、かなり視力がいいみたい。
再びゲキが加速――今度は急旋回する。
ニーズヘッグたちはまた空振りに終わる――はずだった。
「見つけたっ!!」
ゲキの背にいつの間にか乗っていた――銀髪の少女が満面の笑みで僕を見て、そう言った。
「君は……」
僕には――見覚えがある少女だ。
それも昨日。あのスクルドさんのお兄さんという、ウルズという男性と一緒にいた少女だったはず。
僕は反射的に銀玉鉄砲を構えた。
「追尾っ!!」
「殲滅」の「言霊」を避ける。
――女の子相手に、その言葉ははばかられた。
「それかっ!!面白いっ!!」
少女は僕の光弾を避け、ゲキから躊躇なく飛び降りる。
「……なっ」
エイルさんが短い声を上げた。
僕は驚きで声すら出ない。
少女の体は――飛来したニーズヘッグの背に飛び移り、僕の光弾から逃れた。
しかし「追尾」をかけているため、光弾は少女を追いかける。
「ゲイルさんっ!!」
前島くんが、フレキの近くを飛んでいるゲイルさんに叫んでいた。
「ゲイルさんのワイバーンを貸してください」
「大丈夫なのかっ!?」
「ミストに乗り方は教わっています。俺に考えがあるんですっ!!」
「わかった。気をつけろよっ!!」
ゲイルさんがフレキに飛び移ると、前島くんはゲイルさんが乗っていたワイバーンに戸惑うことなく飛び移った。
「……大したもんだ」
感心するゲイルさんをよそに、「お借りします」と、前島くんはワイバーンを操って、ゲキへと向かった。
「すごいっ!!「エインヘリヤル」って楽しいなっ!!」
僕の光弾を避けながら、少女は笑顔で――飛んでいるニーズヘッグの背を華麗に飛び移っていく。
僕もエイルさんも、その光景に唖然としてしまう。
「コハルっ!!」
前島くんがいつの間にかワイバーンの背に乗り、僕らの傍までやってきていた。
「前島くん……いつの間に、ワイバーンに乗れるようになったのっ!?」
「説明している暇はないっ!!コハル、「捕獲」の光弾を撃てるかっ!?」
前島くんがワイバーンから、僕へとそんな言葉をかけてきた。
僕は瞬間的に――前島くんが何を言いたいかを――理解した。
「あぁ…撃てるっ!!」
僕の答えに、前島くんはニヤリと笑い
「頼むぞっ!!」
と、言い残し――その場を離れた。
「どういうことっ!?」
エイルさんには、前島くんと僕のやり取りがまだわかっていないようだ。
「大丈夫。見ててください」
僕はエイルさんにそうとだけ伝え、ニーズヘッグの背を飛び移りながら、僕たちへの再度の接近を試みようとしている少女を見据えた。
そして僕は銀玉鉄砲を構える。
「追尾、捕獲っ!!」
僕は叫びながら、五発の光弾を放った。
「面白いけど、攻撃が単調だよ、「エインヘリヤル」っ!!」
少女が僕に叫んでいる。
彼女はどうして攻撃を仕掛けてこないのか!?
僕はそんな少女の動きを目で追いながら、前島くんの動きにも気を向けていた。
ゲキやフレキは幾ら動きが早くても、体が大きい分――どうしても小回りの面でふた回りも小さいニーズヘッグには敵わない。
その点、ワイバーンは、ニーズヘッグよりも少し体が大きいだけなので、俊敏な動きが可能になる。そして飛行能力もニーズヘッグより上だろう。
それを活かした前島くんは、ワイバーンで少女の後を追いかけ始めた。
「へぇ。こっちにも別の「エインヘリヤル」かっ!!」
少女は少しも慌てた様子はない。
その上。僕の放った光弾は逃げ回りながらも、少女の手にする細身の剣ですべて弾かれてしまった。くそ。あの程度じゃ問題にもならないか――。
前島くん――「ヴァルキュリア」の人たちと変わらない操縦で、ワイバーンを自由に操っていく。
ミストさんに乗り方を教わっていたのは知っていたけど、ここまで短期間にそこまで上達はしないよねぇ――相変わらず何でもアリの男だなぁ。
でももっと驚きなのは――僕らを襲ってきた少女の方だ。
ニーズヘッグを操って、前島くんから逃げるんじゃない。
密集して飛ばすことで、ニーズヘッグたちの背から背へと飛び回って逃げ回る。
ワイバーンに驚いて、ニーズヘッグが方向転換しようとお構いなし。
頭やら、尻尾までを踏み台にして飛んでいる。
その表情は終始笑顔。まるで追いかけっこでも楽しんでいる――いや。実際そうなんだろう。さすがに前島くんも、これには驚いている様子。
「なんて子なの。あの動きだとミスト以上かもしれない」
エイルさんも、僕の隣で驚きの声を発していた。
「それでもトオルは、あの女の子を私たちの方へは近づけない。本当にすごいわね」
エイルさんは、少女以上の評価を前島くんに与える。
僕にもそれはわかっていたので、エイルさんに頷いてみせた。
「それで……あの女の子を捕まえるのね?」
「はい。任せてください」
「わかった」
僕は前島くんを信じて――エイルさんにそう言って。
エイルさんも笑顔で頷いていた。
そして僕は――五発、光弾を発射する。
先ほど弾かれてしまったものよりも、更に強力な「言霊」を込めたものを。
「追尾、捕獲っ……五倍っ!!」
我ながら――変な強力光弾の撃ち方だと思うけど――。
こうして光弾への力の込め方を、僕は変化させている。
だから、さっきのよりも「五倍」に強化した「捕獲」の威力のある光弾が少女を追いかけ始める。
「また来たっ!!」
嬉しそうに声を上げながら、少女は逃げるスピードと、ジャンプ力を増していく。
そして迫る光弾を剣で弾く。けど、五倍の力が込められてるんだ。
そう簡単にやられないよっ!!
「さっきとは違うかっ!!」
少し慌てたか?
「リングっ!!」
僕の声を合図に、光弾は一斉に少女の胴回りを越える大きさのリングへと変化する。
「何っ!?」
明らかに少女は驚いている。
でも間を置かず、光のリングは少女を捉えようと、三百六十度の全角度から迫った。
少女は声も上げる暇もなく、ニーズヘッグの間を飛び回っていく。
それにそう簡単に、剣で弾ける大きさでもないだろうし。
そこへ前島くんが、リングから逃げ回ることで精一杯の少女の動きを読んで――的確に追い詰めていく。
「しつこいっ!!」
声を荒げる少女。よしよし。焦ってる、焦ってる。
単調な攻撃も、こうして小さな組み合わせで、最大の効果を得られることもあるんだって。これはスクルドさんの受け売りだけどね。
「いくぞ、コハルっ!!」
「いつでもっ!!」
僕は前島くんへと大きな声で返事をする。
「何を企んでいるっ!?」
これも少女への焦りを誘う。
僕らは連携して、獲物を罠へと追い込む算段を実行に移した。
「ゲキ。このまままっすぐ。方向転換はなし」
「アギャゥっ!!」
僕の指示に、ゲキの鳴き声が返ってきた。
信じるよ、ゲキ。
少女が前方のニーズヘッグへと飛び移ろうとした時。
そこへ前島くんがワイバーンで先回りをしていた。
「……このっ!!」
少女が今背中にいるニーズヘッグの背中から、百八十度方向転換をしようと体勢を変えた一瞬を狙う。
「捕獲、ネットっ!!」
僕は少女に向けて一発の光弾を放った。
「……えっっ!!?」
少女が僕の声に驚いて、背後に振り返った時は、その視界全体に網目の光の――まさに魚取りの漁で使う網が少女に覆い被さろうとしている――その瞬間だった。
「キャ――っ!!」
網が少女を絡め取り、少女はニーズヘッグの背中からバランスを崩して落下しそうになる。そのタイミングで前島くんが少女の体をキャッチして、落下を防いだ。
「見事っ!!」
スクルドさんが感嘆の声を上げる。
「すごいわ、ユウ、トオルっ!!」
エイルさんも僕らを褒めてくれた。
空中の追いかけっこが終わった頃には、他のニーズヘッグたちは、ブリュンヒルドさんたちがあらかた退治していて、残った連中は逃げていた。
僕は前島くんが捕まえた少女が――僕へと視線を逸らすことなく向けたまま――ずっと笑顔で見ていることに驚きながら――少し嫌な予感もしながら。
ゲキを前島くんの乗るワイバーンへ向かうよう指示を出していた。