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第13話 僕とロタさん

「はぁ……」

「ぎゃぁ……」

 


 日課となったゲキの世話。

 ゲキを運動場に出したというのに――柵に両手をかけて落ち込んでいた僕の隣に座り込み。一緒にため息をついている。どうして?

 


「何、一人と一頭で哀愁を漂わせているんですか?」

 この日、ゲキとフレキの竜舎の掃除当番だったロタさんが、僕とゲキのところにやってきた。

 


 あ――後ろから見るとそう見えるんですね。



 ロタさんはスクルドさんの過去は知らない。

 だからアルヴィドさんの話は出来ないけれど、昨日の聖地での出来事を掻い摘んで――ロタさんに話して聞かせた。

「はい……私もその話は聞きました。もしかしたら……戦争になるかもしれないって」

 戦争か――そんなことにはしたくはないけど。

 僕はこの件に関しては、答えることを避けた。



「コハルさん」

「はい?」

 ロタさんの態度は控えめで、言葉はすごく丁寧。

 「ヴァルキュリア」なんていう戦士(正確には見習いだけど)というのが信じられないぐらいに、優しい性格の女の子って感じのエルフさん。外見は僕と同い歳ぐらいの、可愛い女の子なんだよね。

「私……コハルさんをすごく尊敬しています」

「……え?」

 頬を赤く染めて――俯き加減のロタさん。

 前にもこんなことあったよね。もしかして――気のせいじゃなかったってこと?

「「ミズガルズ」からトオルさんとたった二人で、この世界にやってきて戦いに巻き込まれて。普通なら見ず知らずの赤の他人のために戦うなんて、嫌だと思うのに。

 コハルさんは命をかけて戦ってくださっている……とても尊敬しています」

「……そんなんじゃないよ」

「コハルさん?」

「だって。前島くんもそうだけど、僕らが戦うことで、誰かが傷つかないで済むのなら……僕はそのために頑張りたい。

 僕たちが頑張る分、誰かが助かるのなら……もっと頑張りたい。

 そんな感じでやってるだけですよ。

 それに神様……オーディン様にもらった戦う力があるのなら、それを活かさないとね」

 僕はロタさんに、隠すことなく本当の気持ちを打ち明けた。

「……コハルさん。あなたは本当にすごいんですね」

「違いますよ。いつも前島くんの影に隠れて、逃げ回ってるだけです」

 それも本当だよなぁ。前島くんは肉体と棒だけで戦ってるけど、僕は飛び道具だし。

「そんなことっ!!絶対にありませんっ!!」

 あ――ロタさんに怒られちゃった。

「コハルさんは逃げてなんかいないっ!!ゲキにもそんなコハルさんの勇気がわかるから懐いているんですよ、きっと」 

 そうなの?僕が隣にいるゲキの顔を見上げる。

「ギャゥ」

 僕の顔を見て、ゲキがひと声小さく鳴いた。――その意味がわからない。

「ほら。ゲキもそうだって言ってます」

「……そうなんですかね?」

 僕にはそうは思えないが――ま。そういうことにしておこうか。

「私……エイルさんがいなかったら……コハルさんの……その。

 「ノルン」になりたいと……思うぐらい尊敬しているんですから……」

「……」

 ロタさん――。勢いに任せて、とんでもない告白していませんか?

 僕が答えに困ります――。

 


 本当にどう答えていいんだろうか――。

「あ……その気持ち……すごく…嬉しいです……うん」

 僕は圧倒的に少ない経験と――知識の皆無な頭で、何とか言葉を絞り出した。

「本当……ですか?」

「……本当です」

「あの……女性は……エイルさんだけ……なんですか?」

 どう言う意味ですか、ロタさん?

 女性はエイルさんだけなんですかって――あのぉ?

 僕がじ――っとロタさんを見つめていると、ロタさんは顔を真っ赤に――耳まで染めて「ご、ごめんなさいいっ!!」と謝った。

「あの……うん。今は……エイルさんを大事にしたいと思っています」

 僕は、ロタさんに自分の気持ちを隠さず話した。

「え?今……は。ですか?」

「え、あ……これからも……です。はい」

「……そうですか……」

 寂しそうに俯くロタさん。

「そうですよね……何、言ってるんだろ……私」

「でも、本当に嬉しかったです。

 僕は元の世界じゃ、こんなこと言われたことなかったから……」

「嘘っ。それは嘘ですよね?」

 ロタさんが断言してくれる。絶対――ロタさんの中で、僕は異常に「美化」されていると思うんだけど。

「本当です……」

 何しろクラスの連中に、「前島の金魚のフン」――略して「前金」と言われていたくらいですからね。

 それは口が裂けても絶対に言えない。

「……その方たちは、コハルさんの魅力がわかっていないんですっ!!」

「あはは……」

 僕は怒ってくれるロタさんに、乾いた笑いでしか応えてあげられなかった。



 それでも――こんな他愛のない会話が――今の僕にはとてもありがたい。

 どうしようもない不安に、押しつぶされそうになっていた僕の心は少しだけ――息を吹き返した気がした。



「ユウっ!!」

 突然――緊迫したエイルさんの声が聞こえた。

 グッドだかバッドだか(たぶん、バッド)――絶妙なタイミングのエイルさんの登場に、僕はびくぅと体を硬直させてしまった。

「この「ヴァルハラ」に、ニーズヘッグの群れが向かっているとの報告があったの。

 私たちも出ることになったわ」

 またか。僕は顔を引き締め、「はいっ」とエイルさんに返事をした。

「行くよ、ゲキ」

「アギュワっ!!」

 ゲキは僕に顔を近づけて、背中に乗りやすい体勢をとった。

 僕はすぐにゲキの背中に乗ると、走ってきたエイルさんの手を取り、ゲキの背中へと引っ張り上げた。

「……気をつけて、コハルさんっ!!」

「行ってきますっ!!」

「エイルさんも」

「後はお願いね、ロタ」

 ロタさんが見送る中、ゲキが両翼を大きく羽ばたかせて、黄金色の空へと舞い上がった。



 ゲキがドームと突っ切り、空は僕が知る青い――雲の浮かぶ空へと変わっている。

 この変化にはいつも、不思議な気持ちにさせられてしまう。

「……ところでユウ。ロタとは一体どんな話をしていたの?」

 いつもの優しい口調で、刺のある質問をぶつけてくるエイルさん。

「え……昨日のことを話していた…だ……だけですよ」

「そう?とてもいい雰囲気に見えたんだけど……」

 あの状況で――そこまで冷静に見えたんですか、エイルさん?

「そんなわけないです。僕にはエイルさんがいるのに……」

「……それならいいけど」

 納得してくれたのか、エイルさんは――それ以上は訊いてはこなかった。

「でも……スクルドさんの話はしていませんから」

「ありがとう、ユウ……」

 エイルさんにお礼を言われて。僕はなんとも言いようもない――複雑な気持ちになってしまった。

 


 


「コハルっ!!」

 いつの間にかゲキの後ろには、前島くんとミストさんを乗せたフレキが追いついていた。

「前島くんっ」

 まだ高速で空を移動するゲキの背中は怖いけど、それでも前島くんへと顔を向けるぐらいの余裕は、僕の中にも出来ていた。

「聞いたか?」

「うん。前に戦ったニーズヘッグの群れがこっちに向かっているんでしょ?」

「らしいな。空中戦はお前に分がある。

 俺たちはお前のフォローに回るから、ニーズヘッグの殲滅に全力を傾けろ」

「……わかったっ!!」

 そうだね。僕の新しい力は――特に今のような状況に役立つはずだから。




 僕は気持ちを切り替え、戦いへ向かう自分の――いつまでもスクルドさんのことを気にして、落ち込んでいる気持ちに喝を入れる。

 ここで落ち込んでいても、仕方がないのだから――僕の躊躇は命取りになる。

 いつも前島くんに、スクルドさんに言われていることじゃないか。

 


 そう自分自身に言い聞かせ、視線を前へと――向けた。






 







 




 




 



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