第12話 僕たちとこれからのこと
ウルズたち「ディックエルフ」と呼ばれる者たちが、「ヘイムダル」部隊から少し離れた丘陵地帯にいた事は、悠たちは聖地を去る時まで気がつくことがなかった。
「あいつら、案外間抜け?」
「馬鹿。ウルズ様の「隠遁」の術がすごいからに決まっている」
褐色肌が他の者たちよりもやや薄く、ウルズよりも身長の高い――「ディックエルフ」にしては珍しい男性であるサクソに、逆に一番の肌の色が濃く、「ディックエルフ」のもう一つの特徴と言える真紅の瞳も鮮やかな女性――エーギルが食ってかかっていた。
エーギルはウルズを神のように崇め、敬愛しているためか、彼が批判されることをけして許しはしない。
「お前さぁ。俺はウルズ父さんの息子だぞ?
お前ぐらいだよ。俺にまで文句を言ってくるのは……」
「うるさいっ!!父親をそんな風に言う奴は信用出来ない」
サクソは、はぁと大きなため息をつき、エーギルから視線を逸らすと――父親であるウルズを見た。
「で、父さん。これからどうする気?」
「どうするも……お前たちこそ、ちゃんと今代の「エインヘリヤル」たちを見たのだろうな?」
「あんな間抜け面の?
父さんに変なのを撃ってきた奴なんて、ただのガキじゃない」
サクソは肩を竦めて、父親の言っている意味を受け取ろうとはしなかった。
「これが……ただの「ガキ」の仕業ならな」
ウルズはサクソに右手のひらを、その眼前に押し付けるように見せた。
「え?本当に当たってたの?」
そこには三箇所。黒く丸いやけどの痕がくっきりと残っていた。
「遠隔幻術でも、奴の「攻撃の念」はここまで私にダメージを与えてきた。
わかるか?奴らの能力の高さを。
すでにひと月も経たない間に、オーガは千以上はやられている。
ニーズヘッグの奇襲攻撃も失敗した。
今までの攻撃では、奴らを倒すことは出来ないということだ」
「で……俺たちが直接奴らを?」
「そうなる」
ウルズの説明を不思議そうに聞いていたのは――サクソの双子の弟であるドーマルディだ。
サクソと外見はよく似ているが、黒髪を短くしているサクソに対し、ドーマルディは肩まで伸ばし、それを軽く束ねている。
そのため、外見でこの双子を見分けることが出来た。
「父さん。ならばどうしてわざわざ奴らの前に姿を現したの?そんなことをする必要はなかったと思うけど……」
「それはお前の言うとおりだ、ドーマルディ。どうしてか私にもわからないのだよ」
「それだけ、あのひ弱そうな「エインヘリヤル」の攻撃に動揺したと?」
「……そうなのかもしれんな」
ウルズはドーマルディの言葉を否定せず、苦笑しながら答えていた。
「いずれにして……この後のことは、ヨトゥン族とも話さねばなるまいな」
「色々と面倒なことになりますね」
エーギルが心配そうにウルズを見る。
「そうでもないさ。こうなることは予想の範囲内だ。
返ってヨトゥンたちを本気にさせる、いい材料が見つかった……と言えるだろう」
「さすがはウルズ様」
エーギルは微笑みを浮かべて、ウルズの話に頷いていた。
この一連の話に参加することがなかった――少女。
ただ一人だけ、銀色の長い髪と、緑色の瞳をしている。
肌の色も――人に例えるならば、少しだけ日焼けした程度の色をしているだけだ。
「ディックエルフ」たちの中で、彼女だけが見るものに違う印象を与えていた。
「どうした、カーラ。行くぞ」
一人、「ヴァルキュリア」たちが、翼竜に乗り飛び去っていった空をずっと見上げていた少女――カーラは「はい、父さん」を呼びかけてきたウルズに答えた。
「……「エインヘリヤル」かぁ……」
まるで新しい玩具でも見つけたように、カーラの翠緑色の双眸は――それからもしばらく空から離れることはなかった。
◆◆◆
「ほう……ウルズが出てきたと。いよいよ本気というわけか」
僕らが「ヴァルハラ」に戻り、そこで「ヴォルヴァ」という「予言の巫女」であり、「魔術師」でもあるアルヴィドさんが待っていた。
僕らの話を聞いて、アルヴィドさんは――ふぅと小さくため息をついていた。
「「神託」を受けていたのだがね。こうも早いとは思わなかった」
アルヴィドさんは「ヴァルキュリア」の主でもある、全知全能の神「オーディン」の声を直接聞くことの出来る巫女。僕らの世界なら「預言者」ということになるのだろうけど、ここではそういう人のことを「ヴォルヴァ(予言の巫女)」と呼んでいる。
僕らがこの「ヴァルハラ」に来ることも、エイルさんとミストさんが僕らの「ノルン」という予言をしたのも、このアルヴィドさんらしい。
そしてアルヴィドさんは、優れた魔術を使える「魔術師」でもあるとのこと。
それだけじゃなく、アルヴィドさんは「参謀」としての役割もあって、いろんな知識を持っている。
本当にどんなことでも知っていて、答えられないことがないんじゃないか――と言う程、アルヴィドさんは何でも答えてくれた。
本当にすごい女性なんだ。
「ウルズという者は、スクルドの兄でもあるんだよ」
「えっ!?」
スクルドさん。本当に複雑な生い立ちをしているんだ――それなのに、あれだけ気丈に振る舞えるって、すごい精神力の持ち主なんだと思ってしまう。
アルヴィドさんの言葉に驚きながら、僕はそう考えていた。
ここはアルヴィドさんの部屋。
いろんな書物や、標本のようなよくわからないものが所狭しと並んでいる。
最近前島くんは、この世界のことを色々知りたいとかで、アルヴィドさんに教えを請うているらしい。
本当に勉強熱心だよね――。え?少しは見習え?わかってるけど――今は自分のことで精一杯です。はい。
それでもアルヴィドさんの部屋は、他の「ヴァルキュリア」さんたちよりも、よっぽど広いので、こうして僕ら四人で押しかけても――余裕だったりする。
「前に説明したことがあるが、エルフ族の男性については覚えているか?」
アルヴィドさんが、僕らにそんなことを訊いてきた。
「女性の方が圧倒的に多いとは。比率で八対二だと。
保有する「魔力」も戦闘力なども女性の方が高い傾向があり、どちらかといえば、子孫を残すための……そんな存在だとか」
前島くんが答える。
これ聞いたとき「ハーレムじゃん」って言っちゃったもんな。僕は。
「あぁ。女性は適齢期を迎える……エルフの女性は百歳程度で、子を作る体の準備が整う。
そして数少ない男性と交わり、子孫を残す努力をするわけだ。
男性は特定の女性だけでなく、数多くの女性と関係を持つことを強要される。と。
コハルが言った通り、「ハーレム状態」というわけだな」
「でも、それはそれで……大変だと思いますけど」
僕は淡々と説明するアルヴィドさんに、そう答えてみた。
「それはそうだな。「やる」ことを義務としなければならないわけだから。
一種の苦行とも言えるかもしれない。
で、ウルズのことだが。彼はそんな男性の中で、かなりの異質な存在だった。
魔力も戦闘力も高い上に……頭も良くてな。多くの異性にもモテていたよ。
彼が「アルフヘイム」にいたときは、次代の指導者として期待されていた」
「それ……何時ごろの話なんですか?」
「今からざっと……二百年前ぐらいのことだな」
に――二百年って。エルフさんたちの時間感覚って、前島くんが言ってたけど、僕らが過ごす十年って時間の長さが、エルフさんには百年ぐらいの時間なんじゃないかって。
人でも五~六歳ぐらいの子供が過ごす一年と、五~六十代の大人が感じる一年の長さは、全然違うんだって。
同じ一年なんだけど。歳を取ると共に、感じ方が早くなるとか。
――ってことはだよ。人間の僕らが「子供」で、エイルさんたちエルフ族が「大人」――ってことだ。なんだかね。
「じゃぁ、どうしてウルズというスクルドさんのお兄さんは、エルフ族を裏切ってしまったのですか?」
僕がアルヴィドさんに尋ねてみた。
「それが……今だによくわからんのだよ。ある日突然「アルフヘイム」からいなくなっていた。しばらく彼は行方不明扱いにされていたのだが。
そして彼が「ウードガルズ」にいることがわかったのが六十年前程だ」
六十年前――何かすごく嫌な予感がする。
「その時って確か……先代の「エインヘリヤル」がいた頃じゃなかったですか?」
「その通り。
突然この「アルフヘイム」に戻ってきたと思ったら……それが「ウードガルズ」の手先としてだった。
スクルドがそれを事前に察知してね。
「アルフヘイム」が危機にさらされる前に、ウルズの企ては失敗した。
だがその時、スクルドの愛していた「エインヘリヤル」であるアーサーがウルズの手にかかって亡くなり……アーサーの「ノルン」であったスクルドの姉、ヴェルダンディが仇を討つと「アルフヘイム」からいなくなり……その後彼女は行方不明。
それからスクルドは一時期、欝状態になったよ。まったく酷い話だ」
そういうことで済む話じゃないだろうっ!?
僕も前島くんも――声を出すことすら出来ず、エイルさん、ミストさんは深く沈んだ顔をしている。
「ウルズは優れた魔術師で……預言者でもあるんだ。
エルフ族でも、歴代で一、二を争うのではないかという実力者だった。
それだけではない。彼はエルフ族とウードガルズの住まう魔物との間に生まれた「ディックエルフ」という存在に目をつけた。
元々エルフの血を引く彼らは、強大な魔力を保有するだけじゃない。
父である魔族の血を引いていることもあり、戦闘能力に優れている場合が多い。
ウルズはそんな「ディックエルフ」たちを集めて、我々に戦いを挑んできている。
これまでは何とか撃退してきたが、私は彼がそれだけでは済まない何かを考えているようで、嫌な予感がしている。
君たちがこの地に来たことに気づき、すぐにオーガに襲わせたりしているのも、君たちのような「エインヘリヤル」がいては都合の悪いことなのだろう。
「ウードガルズ」には、ヨトゥンという巨人族だけではない。オーガ、トロールなどの凶暴な戦闘に秀でた種族も住んでいる。
それらがまとめて出て来ることになれば、「アルフヘイム」と「ウードガルズ」の全面戦争になるだろう。
そうなってしまうと、「アルフヘイム」だけの戦力では、とても太刀打ち出来んだろうな」
「……戦争って……」
僕は呆然と聞いていた。
実感が持てない――いや、そうじゃない。どうしてそうなってしまうのだろう――と。
「アルヴィド。あなたはそんな未来を「視て」いるの?」
エイルさんがアルヴィドさんに訊いた。
「漠然としている……というのが正確だろう。
だが現状を踏まえて「参謀」としての立場から言えば……そういう未来の可能性が極めて高いということだな」
「……何か…避けられる手立てはないの?」
続けてミストさんが口を開いた。
「難しいだろうな。とにかくウルズたちの出方を見極めなければ、どうにもならんということが私の本音だ」
「様子を見ろ……と?」
「そういうことだ」
前島くんの問いに、アルヴィドさんが頷いた。
回り始めた歯車が、加速を始める――僕たちは当然そんなことを知ることもなく、突如つきつけられた「現実」に、僕はこれからのことを考えることが出来なくなっていた。