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第10話 スクルドさんと修行

 翌日の朝のこと。 

 僕は昨日、エイルさんから聞いた話を――前島くんにも話して聞かせた。




「で、お前はどうしたいんだ?」

「スクルドさんと直接話をしようと思う。これから強くなるために、色々と教えてもらおうと思うんだ」

 それを聞いた前島くん。いきなり僕の肩をばちんと叩いた。

「い…痛いじゃないかっ!!」

 僕が抗議すると。

「いいな……それでいこう」

 今まで見たこともない――会心の笑みの前島くん。

 僕は何だか恥ずかしくて、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 前島くんにこう言ってもらえると――嬉しいと思うのは――どうしてだろう?



 おかしいなぁ。この話にBLフラグを立てたつもりはないんだけど――。

 まぁ。それは置いておいて。



◆◆◆



 この時僕らは、ゲキとフレキのいる竜舎へと向かう途中――騎乗用のワイバーンたちがいる竜舎の裏側を歩いていた。

「こんなところをのんびりと流暢に歩いているとは、ずいぶんと余裕なんだな。「エインヘリヤル」殿」

 この声は――。

 まるで待ち伏せしていたかのような――スクルドさんが竜舎から出てきた。

「……おはようございます。スクルドさん」

「おはようございます」

 僕と前島くんは、そんなスクルドさんに朝の挨拶をし、軽く頭を下げた。

 本当は――すごく辛い。

 スクルドさんの過去を知った今は。スクルドさんの態度が――悲しく感じる。

「おはよう。今日はやけに素直だな」

「……俺たちもスクルドさんに用事があったので。丁度よかったです」

 前島くんが、僕の代わりにきっかけを作ってくれた。

「ほう。で?私にどんな用事だ?」

 挑発的は笑みで、僕らを見据えるスクルドさん。

「教えていただきたいんです。僕らが強くなるために」

 僕の答えを訊いて。スクルドさんの表情が怪訝なものへと変わった。

「……どういう意味だ?強さにも色々と意味があるぞ」

「みんなを護れる強さです。もう……アーサーさんのような犠牲を出さないために」

 その名を僕が口にすると、スクルドさんの顔は一気に青ざめた。

「……エイルか……余計なことをっ」

「エイルさんが悪いわけじゃありませんっ。僕は教えてもらえてよかったと思っています」

「それで……私の弱みを握って。優越に浸っているつもりか?」

 どこまでも虚勢をはって。スクルドさんは――その態度を維持しようとしている。

 どうしてなんだろう。どうしてそうまでして、自分を貶めようとしているんだろう。

「僕は……エイルさんを護りたい。僕を大好きだと言ってくれた彼女を死なせたくない。

 そして僕も死にたくない。だって僕が死んでしまったら……エイルさんが悲しむから。

 だから強くなりたいんです」

「俺もおおいに悲しむけどな」

 真顔で――ぼそりと前島くんがのたまう。

「……ありがとう。僕も前島くんに何かあったら…すごく悲しいし、寂しいからさ。

 お互い死なないようにしよう」

「そうだな」

 どうしてこういう大事な場面で、僕らはアホな会話をしているのか。

「……くっ」

 突然――スクルドさんが呻いた。

「大丈夫ですかっ!?」

 僕と前島くんは、スクルドさんを心配そうに見つめる。どうしたんだろう?

「ぷ……あは…あははははっ!!」

 スクルドさん――大爆笑。

 僕らは全身から一気に力が抜けた。



◆◆◆



「こんなに笑ったのは……本当に久しぶりだ」

 笑わせるつもりで、やったわけではないのですが――。

 


 目に涙を溜めて――スクルドさんは僕らを笑顔で見た。

 スクルドさんも――笑顔がすごく素敵な女性ひとなんだ。僕はそう感じていた。



「まったく……エイルのお節介にも困ったものだ。

 これでは私の努力が無駄になってしまう」

「そんな努力は必要ないんじゃないですか?

 俺は…スクルドさんは笑顔が一番似合うと思いますよ」

 前島くん――君は本当に美味しいところを持っていくなぁ。

「青二才が。まだまだ君たちにそんな台詞は早いだろう。

 さて。君は強くなりたいんだったな、ユウ」

 あれ?スクルドさん――僕を名前で呼んでくれた。

「あと……トオルもか?」

「はい、そうです」

「私の修行は厳しいぞ。手加減は一切なしだ。それでも教えを請いたいか?」

「「はいっ」」

 僕と前島くんの返事は――見事に同調して。

「気持ちいいぐらいの返事だ。いいだろう……ビシビシ鍛えてやる。

 まずはゲキとフレキの世話をしてこい。

 その後、訓練場へ来るんだ。今日から早速、始めるぞ」

 ひぇぇっ。にやりと笑うスクルドさん――怖いよう。

 追い立てられるように、僕と前島くんはゲキとフレキの待つ竜舎へと駆け出した。



「……本当に…これでいいんだろうか……アーサー」

 僕らがいなくなった後に呟いたスクルドさんの言葉を、僕たちが聞くことはなかったけど。その表情がとても穏やかだったことも――僕らが知ることもなかった。



◆◆◆



「ユウっ!!もっと周りに目を配れっ!!」

「はいっ!!」

「トオルっ!!自分の腕を過信するなっ!!必要以上に前に出すぎだっ!!」

「はいっ」

 確かに。スクルドさんの修行は容赦ない。

 前島くんでさえ怒られてるもの――。



 スクルドさんはいつの間にかゲイルさんも加えて、ゲイルさんが前島くんの相手を。スクルドさんが僕の相手をしながら、マンツーマンで僕らを教え始めた。



 夕暮れを示す紺色が空を覆い始めた頃。

 ようやく一日目の訓練が終了した。

 


 僕も前島くんも――ボロボロで。

 でも。運動オンチ気味だった僕が、ここまで前島くんと同じように、修行に耐えられるだけの体力を付けられたのは――予想外だったな。



「ユウ……君のその力だが」

 壁に持たれてへたばっていた僕に、スクルドさんが話しかけてきた。

「はい?」

「光弾を放った後、君の意思でコントロールが可能かもしれないぞ」

「……そうなんですか?」

 スクルドさんの指摘に、僕は身を乗り出した。

 もしそうなら――すごい戦力になるかも。

「追尾可能ということですか?」

「トオルの言う通りだ。

 今日…幾度か私に追い詰められた時、そのような兆候が現れた。

 はじめは偶然かと思ったが……おそらく間違いあるまい。

 それにはユウの「空間認識」の力を高める必要があるけどな」

 ぬあぁぁ。難しい言葉を使わんでくださいぃ――。

「わからないという顔をしているな。

 わかりやすく言えば、狙うべきその的が移動した際に、お前さんはそれを把握し、放った光弾のコントロールをしないといけない……ということだ。

 周りをちゃんとよく見て、ただ狙って撃つだけでは駄目だということになるのさ」

 ゲイルさんが苦笑まじりで、呆然としている僕に説明をしてくれた。

「はい……わかりました」

 渋々僕は頷いた。

 これでもちゃんと周りを見ているつもり――なんだけど。まだまだ足りないということなんだね。



「……明日以降実戦にも戻ろう。その方がユウには理解が早そうだ。

 今までも実戦の中で君は、戦い方を学んできている。

 その「戦いの勘」というやつは、トオルよりも上かもしれないな」

 スクルドさんが、とんでもないことを言い出した。

「そ……そんなことあるわけないですよ!!」

「…いや。それは俺も感じていた。お前にはその資質があるだろうと」

 前島くんまでぇぇっ!!

「あぁ。「エインヘリヤル」に選ばれるだけの意味はあるんだ。

 その資質というものは、天性のものとして元々君には備わっているものだろう、ユウ。

 出来ればエイルとの「婚姻の儀式」を早めに済ませてもらえれば、エイルの助力を得て、君の資質の開花を早めることが出来るかもしれん」

 ですから――スクルドさん。とんでもないことを言わんでください…。

「とは言いつつ。ウブな君には無理な注文だろうことはわかってる。

 その情けない顔を見ていれば、期待することは無理だろうからな」

「……すみません」

 心の準備が必要なんですよ。色々と。 

 スクルドさんに突っ込まれて、僕はただ謝るしか出来ない。

「まったく……君は面白い少年だよ、ユウ。

 立派なことを口走ると思えば、てんで情けないところもある。実に興味深いよ」

「……すみません」

「謝る必要はない。私は君に好意を抱いているというだけだよ」

「……は?」

 今――なんて言いました、スクルドさん?

「人気あるなぁ、コハル。このスクルドまで魅了するとは……たいした奴だ」

「……はい?」

 ゲイルさんの言葉の意味も――僕には理解出来ない。誰が誰を魅了したって?

「年上キラーか、お前は」

「どういう意味だよ、前島くん」

「そういう意味だよ。コハル」

 止めろ、前島くん。余計に話はややこしくなるだろうがっ。



 このやり取りを見て、スクルドさんとゲイルさんが大笑いをして。

 何だったんだと僕がため息をつくと――突然、背中にぞくりと寒気が走った。

 そして恐る恐る振り返って。



「ユウ。あまりに遅いから、迎えに来たんだけど……何だか「とても」楽しそうね」

 僕らの後ろには、呆れ顔のミストさんと――満面の笑みを浮かべた――エイルさん。

 僕は――全身から冷や汗が吹き出るほどの恐怖に見舞われた。



「人気者は辛いな、コハル」

 前島くんの言葉も――今の僕にはツッコミを入れる余裕は皆無だった。



「今度は私も修行に参加するわね、ユウ」

「……はい」

 僕には拒否る権利はありません。

 終始笑顔のエイルさんに――僕は力なく頷いた。



◆◆◆



 僕がエイルさんと自分の部屋に戻る時、前島くんはスクルドさんに今日の修行のことで聞きたいことがあるから、先に「サズの館」に戻っていてくれと僕に言った。



 僕は昨日のことを思い出して――「わかった」とだけ答えてエイルさんと先に戻っていた。



「なんだ、話とは?」

 その場にはミストさんもいる。

「……どうかコハルに、「エインヘリヤル」と「ノルン」の本当の関係について、話さないでほしいんです。

 あなたなら大丈夫だとは思ったのですが……エイルさんも話していないようなので」

 スクルドさんは、前島くんとミストさんの顔を交互に見比べた。

「お前はトオルに話したのか、ミスト」

「はい、話しました。トオルがすべてを知りたいと言ったので……」

「そうか」

 スクルドさんはミストさんの答えを訊いて――嘆息した。

「おそらくエイルは話すまい。本当にユウを心から愛しているようだ。

 「婚姻の儀式」を済ませた「エインヘリヤル」の命が失われた時、「ノルン」がその死を肩代わり出来る……ということだろう?

 そしてその後新しい「ノルン」が、「ヴァルキュリア」から選ばれる。と。

 ユウの性格では、そんなことを許すはずがないだろうからな」

「あいつは正義感が強く、他の者へ無性の愛情を注ぐことが出来る。

 そのせいで感受性が強くなり、それを無くすことを何より恐る。

 それは「戦士」としては致命傷でしょうが、「英雄」となるには大事な素質だ。

 それをあいつ自身は、まるで気がついていない。

 今までは俺が傍にいることでバランスをとってきたつもりでしたけど、ここへ来てからのあいつの成長は……俺の考えを越える早さです。

 後は「戦士」としての厳しさを覚えるだけだが……それはあいつの心を壊しかねないことです。慎重に行いたい」

 前島くんの説明に、スクルドさんは呆れ顔で前島くんを見つめている。

「まったく……君にしてもエイルにしても、ユウに対して過保護すぎるだろう。

 それでは厳しさを教える前に、君たちがあいつを護ってしまう。

 いつまでもユウは強くなれないぞ」

「……そうなんです。それが俺にも悩みで……」

 珍しく――スクルドさんの前ではそんな戸惑う前島くんの態度は、初めてだっただろう。

「それを私に、ユウへ教えてやれと言うんだな。

 「エインヘリヤル」と「ノルン」の関係を伝えることなく……」

「はい」

 前島くんは力強く頷いてみせた。

「で、君たちはどうなんだ、トオル、ミスト。関係はもう結んでいるのだろう?」

 前島くんとミストさんは少し恥ずかしそうに、互いの顔を見合わせた。

「トオルは私のことを大切にすると言ってくれています。

 そして「彼の死」は「私の死」でもある。私たちはそのように関係を結んでいますから」

「……それは「共魂の呪い」だろう。まったく。今代の「エインヘリヤル」たちはとんでもないな。恐ろしくて戦場に出したくないぞ」

「死にませんよ。俺もコハルも……お互いに二人分の命を背負ってるんですから」

「一人は「共魂の呪い」によるもの。もう一人は純情すぎて「婚姻の儀式」が結べない者。

 両極端すぎるだろうが。まったく本当に面白いやつらだよ。君たちは」

「恐縮です」

 疲れた様子のスクルドさんに、前島くんは意地悪そうな笑みを口元に称えている。

「それからスクルドさん。俺にこの世界のことを、もう少し詳しく教えてもらえませんか?

 コハルの代わりに、俺がそれを知っておきたいんです」

「……私から言わせると、君の方が「英雄」には向いているだろうな。

 その観察力、洞察力といい……だが人を惹き寄せる不思議な魅力を持つのはユウの方か」

「そうだと思います。俺はどう転んでも、それはあいつに敵わない」

「わかった。それは私よりアルヴィドの方が詳しいだろう。

 私からあいつに頼んでおこう」

「ありがとうございます」

 


 前島くんはスクルドさんに一礼すると、ミストさんと一緒に館へと戻っていった。



「お疲れ、スクルド」

「ゲイルか……聞いていたなら出てくればいいだろう。人の悪い奴だ」

 竜舎の影から姿を見せたゲイルさんに、スクルドさんは呆れた様子で笑っていた。

「スクルド……今代の「エインヘリヤル」殿たちは、歳は若いが、今までの連中とはどこか違うな」

 頼もしそうに前島くんの後ろ姿を見つめるゲイルさん。

 でもスクルドさんは、少し違った感想を持っていた。

「何故だろう……ゲイル。私は胸騒ぎがしてならないんだよ。

 今までの「エインヘリヤル」とはどこか違っていて……怖いんだ」

「決めるのはオーディンの御意志だ。我々が心配しても始まらない。

 我らは彼らを護り、共に戦う。ブリュンヒルドもそう決めたのだろう?

 ならばそれに従えばいい」

「……ああ」

 ゲイルさんに説得されて、スクルドさんは渋々納得した。



 


 すでに運命の歯車が回り始めていることを――この時、スクルドさんは感じていたのかもしれなかった。


 




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