第1話 前島くんと小春(おはる)くん
今僕たちは人生で最大の危機に直面している。
いや。正確には僕ひとりだけかもしれない。
少なくとも、僕の友達である前島くんは――違うかも。うん、違う。
だって前島くん。今は僕の目の前で、無数の角の生えた化け物――の群れ相手に、「最強」してるもの。
それも――165センチの僕の身長と同じ長さぐらいの、それもたった一本の棒で。
化け物の持つ、剣やら槍やら斧やら。それを物ともせず、棒が互角に――ううん。互角以上に、前島くんの振るう棒の方が強い。
どうしたらそんな強度が生まれるのかが不思議でたまらない。
前島くんの気迫のなせる技なのか?僕はそんな前島くんの活躍に釘付けになっていた。
そして気がつく。
僕の周りには――化け物たちが取り巻いていた。
「う…うわぁぁぁぁぁっ!!」
この時。僕は自分の死を悟った。
◆◆◆
「桜が丘公園」。午後四時すぎ。
僕はいつもの如く、前島くんといつものように、何気なく公園に立ち寄った。
どうするわけでもない。
ただこんな時は、前島くんからの相談を受けることが多い。
この日は2組の武石さんから告白されたのだと言うことを話された。どう返事したら、彼女が傷つかないか――もう断ること大前提。
武石さんって、確か「ギャンギャン」の読モ(読者モデル)してるぐらい可愛くなかったっけか?
かなりの数の野郎どもが彼女を狙っているはずだと思ったけど、君はそんな彼女のコクリを断るつもりで僕に相談を持ちかけているわけで。
「毎度のことだけど、素直に君の気持ちを伝えることが一番だと思うけど…」
僕も君にこの台詞を吐くのは飽きたよ――前島くん。
「やはり…そうだな。俺はこういうことに疎いから、お前は頼りになる親友だ。コハル」
「僕は小春だよ…前島くん」
こんなムカつく彼は、前島透、十七歳。
容姿端麗、文武両道、頭脳明晰。でも時代錯誤。
生まれる時代を明らかに間違えた天才。
早く生まれすぎた――という意味じゃなくて、遅く生まれすぎたという意味で。
これが戦国時代だったら、彼は日本の歴史を塗り替えていた偉人になれたかもしれない。
彼の家は古武道の名家だとかで、彼はそこの師範をしているほどの腕前だとか。
特に槍の扱いは、彼のお父さんより強いらしい。
何度か遊びに行ったことがあるけど、すごい広い敷地に、典型的な日本家屋。
確かこの街の「重要文化財」に指定されるほどの歴史がある建物だし。
そこに住む前島一家も彼に負けないほどの、時代を逆行している人たちなんだよね。
江戸時代とかこういう生活をしていたんだろうなぁ――と勉強させてくれるような堅苦しさを教えてくれる――生きた「教材」一家なわけで。
前島くんのお母さんは、普段着も着物なんだよなぁ。
まぁ――そんな彼の友達を――かれこれ一年ぐらいやっている僕は小春悠。
僕の苗字は「こはる」じゃないよ、「おはる」。「おはるゆう」が本当の名前。
前島くんは頭がいい割に、こういうことに壊滅的に無頓着。
まったく正しく呼ぶ気がないことに、僕は日々ストレスを感じている。
だったらどうして前島くんの友達なんかしているのか?って?なんででしょう?
僕は――頭の出来も、顔の作りも凡人の域を出ることがない、「普通の人」。
前島くん曰く「お前は人の心がわかる良い奴」なんだそうで。
こんな小っ恥ずかしい台詞を一年前に吐かれ、どうしてかこうして毎日つるんでる。
僕の知らないところで、クラスの連中に「前島の金魚のフン」、略して「前金」という不名誉極まりないあだ名を付けられていたことが発覚したのは一ヶ月前。
それを教えてくれた女子も、そんな僕を見て笑っていたし。
僕の人生これでいいのかな?――そんな疑問が頭の中を渦巻いている。
でもそれを聞いた前島くんが、そのあだ名をつけた連中をシメたとかで――もうそんなあだ名を呼ぶ奴はいないらしいけど。
僕が完全に前島くんの舎弟扱いなのは、これで確定してしまった。
そうして僕の悩みは更に深さを増していく…。
これでいいのか、小春悠!!
そんな僕の複雑な悩みを知るはずもないし、知ることもしないだろう前島くんは、いつものマイペースで僕に相談を持ちかけているわけで。
僕はため息をつき――ふと、近くにある砂場に置き去りにされていた鉄砲の玩具を手にとった。
「懐かしい…これ銀玉鉄砲じゃん」
小さい頃、おばあちゃんが縁日で買ってくれたっけ。
「これ…よく弾が詰まって壊れやすいんだよな」
「……前島くん、この玩具のこと知ってるの?」
「俺だって、小さい頃よくこういう玩具で遊んだぞ」
へぇぇ。それは意外。
前島くんのイメージは小さい頃から、日本刀とか(これはさすがに危ないか)弓とかそんなもので遊んでいたんじゃないか――そんな感じを持っていた。
そんな前島くんが銀玉鉄砲を知ってるなんてね。
前島くんは、そんな銀玉鉄砲が落ちていた砂場にあった――長い棒を拾い上げた。
「こんなものが公園にあるなんて危ないな…」
「ホントだね」
「これ…コハルと同じ身長ぐらいあるんじゃないか?槍にしちゃ少し短いけどな」
そう言って僕を見て笑っている前島くん。
失礼な…。
僕のデリケートなガラスの心を踏みにじる言葉を、平気で吐きやがってこの野郎は。
このデリカシーの無さが本当にムカつく。
僕は自分が小さいことにコンプレックスを持っていることを、前島くんは知っていてこんな台詞を吐きやがる。
「君にかかると、何でも武器にされちゃうよね」
「これは俺の悪い癖だ。許せ」
僕の非難がましい視線の意味がわかったのか、前島くんはそんなことを口にした。
相変わらず前島くんの男前の顔から笑いは抜けてないけどね。
だったら言うなっ!!
「…少し軽いが…手に馴染む……か」
そんなことはお構いなしに、まじまじと自分の手に握られた棒を見つめる前島くん。
つい僕も、右手に握った銀玉鉄砲を見つめてしまう。
うん――確かに妙に手に馴染む――というか。
ぶんと前島くんが棒をひと振りして――僕がなんとなく拳銃を構えるように、銀玉鉄砲の銃口を前に構えてながらカッコをつけて。
その時だった。
その棒が。その銀玉鉄砲が――仄かに白銀色の光を放ち始めて――なにこれ?
そして僕らはそのあまりの眩しさに目を閉じて。
それから――恐る恐る目を開けたとき。
僕らの目に映る景色は「桜が丘公園」ではなく。
遠くに山並みを望む緑に覆われた丘陵地帯に――僕と前島くんは立っていた。
それが「異世界」の風景だと僕らが気づかされるのは、丘の向こうからやってくる――僕らの現実世界には有り得ない生き物を見なければならなかった。