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リアルファミリー  作者: 冴木 昴
17/27

「鼓動-2」

「北詰先生、久しぶりのご自宅はやっぱり休まりますか?」

 自席に座ってカルテを繰っていると、背後から医局長の佐竹の声がした。振り向くと、佐竹は手作り弁当の包みを持っている。

「医局長はご家族……お子さんがいらっしゃいますか?」

「え、ああ。男の子が二人ね。中学二年生と小学五年生だけど、……それが何か?」

「実はその……」

 ちょうどその時医局に浅川医師が入ってきた。彼は勇介の顔をチラリと見てにまっと笑った。

「いえ……何でもないです。ICU、見てきます」

 ペコリと頭を下げて、勇介はそそくさと医局を出た。歩と同年代の少年が、今何に興味があるのか知りたいと思ったのだが、逆に色々訊かれたらと思うと面倒くさい。しかも、何となく浅川には知られてはならないような気がした。

 あの色の黒い同僚にだけは、どんな些細なプライベートも教える気は無い。

(どんな形で付け込まれるとも限らないしな)

 ICUに向かう勇介の背中に、浅川のノーテンキな声が追いかけてきた。

「なー北詰ちゃん、今度さぁ、S大病院の綺麗どころと合コンしたいんだけど、セッティングしてくれない?」

 浅川の顔に満面の笑みが広がり、口元にプラスチックのような白い歯がこぼれる。

勇介は無表情になった。

 彼のこのテのお願いは、もうこれで四回目だ。いい加減しつこい。

「すみません、ボクは三年先までスケジュールがいっぱいなのでお断りします」

 振り返りざまにきっぱりと言ってやると、浅川はちょっと目を見開いたが、すぐにニヤけたいつもの顔になった。

「冷たいなぁ。ツンケンしてると怖いんだよな……顔が。せっかく、誰もが見惚れる様な美形なんだからさ。そんなんじゃ、女子供に嫌われちゃうよ」

「おかげさまで、女性には不自由してませんから!」

 何だかイライラしてきた。女はともかく子供に嫌われたら悲しい。特に歩と渚にだけは。

「あーあ、ホント、北詰ちゃんってドライだね。人の気持ちを全くわかっていない」

『人の気持ち』というフレーズに、勇介の眉がピクリと動く。ますます不快な表情をうかべて何か言い返そうとしたとき、救急車のサイレンが聞こえた。

「しゃーないな、俺がセットするから、必ず出席しろよ」

 そう言うと、浅川は患者を受け入れるために救命の入り口へと走って行った。勇介はため息をつくとICUの患者の容態を見る為に、目の前の白いドアを開けた。


 先程の救急車をかわきりに、たて続けに何人もの患者を受け入れた。続く時は続くのだ。

 オペ室で二件目のオペを終えたとき、ポッチャリ系のナースが言った。

「北詰先生、さっきの患者さんのご家族には、サポートに付いていた外科の先生からお話してもらいましょうか?」

「あ、ボクが話すからいいです。別室にお通ししておいてください」

 先日、浅川とモメた挙句に当直を放り出して帰ってしまったという若い外科医など、信用できない。先程もサポートに付いてもらったが、何かと言うと「自分だったらこうする」などと偉そうに言って、やりにくくて仕方が無かった。

 ようやく救急車が途切れ、医局に戻ったときには、昼をとうに過ぎていた。

 ぐるるるる

 勇介の背後で誰かの腹が鳴った。振り向くと、背後のデスクでカルテの整理をしていた宮下看護師だった。ちょうど彼に「ICUの患者を見て来てくれ」と頼もうとしたが、やめておいた。

「宮下くん、申し訳ないんだけど売店でなんか食い物買ってきてくれないかな。よかったらキミも好きなものを買っていいから」

 宮下の手に一万円を握らせると、彼は嬉しそうに笑い、思いがけない事を言った。

「そういえば北詰先生、飲み会に参加してくれるんですってね。よかった~。ボクも行きますから。今から楽しみだなあ」

「え……飲み会?」

 何かの間違いだろう。そんなヒマがあったら、さっさと家に帰って歩と渚と交流を深めたいのだ。キョトンとしている勇介を囲むように、五、六名の看護師たちが集まってきた。

「私も参加したいですゥ」

「あの~、北詰先生、内科の友達呼んでもいいですか?」

「私も皮膚科のコに、北詰先生が参加する飲み会には絶対声かけて、って頼まれてるんです」

 若い女性の看護師たちは勇介の周りでピーチクパーチクとやかましくさえずった。飲み会とは何のことだろう? 全く意味が不明だ。宮下を探して周囲を見渡したが、彼の姿は無かった。

 勇介は心の中で舌打ちすると、騒ぐ女性軍に向かって声を張り上げた。

「あのっ! ボクがいつ飲み会に……」

「みなさん、耳が早い! じゃあ今日来れる人は、八時過ぎに居酒屋『籠女(かごめ)』に来てくださいネ」

 聞き慣れた「にゃははは」という下品な笑い声に、勇介は無意識に拳をきつく握り締めた。

(あ、浅川~!)

 浅川は周りの看護師たち一人一人に笑いかけると「あとでね~」と言ってひらひら手を振った。

 勇介はようやく事態を把握した。売店から戻ってきた宮下が、店の場所などを事細かに説明するのを、眉間にシワを寄せて聞いていると、そっと肩を叩かれた。振り返ると木村看護師長が微笑んでいる。彼女は悪戯っぽい顔で言った。

「浅川先生らしいでしょう?」

 どういう意味かわからずに無表情でいると、木村師長はこそっと耳打ちした。

「北詰先生の歓迎会をやってやらないとって、ずっと気にしていて。ほら、北詰先生いつも泊まりの仕事引き受けちゃってたから」

「え……?」

 わが耳を疑った。あの浅川が、歓迎会?

「素直じゃないのよ、浅川センセ。でもあの人、北詰先生の事かなり気に入っているみたいよ」

 フフフと意味深な笑いを残して、木村師長は医局を出て行った。

「ボクも先生大好きです! さっきのお釣りでメロンパンもう一個買ってきてもいいですか?」

 ニキビ面をピンクに染めて背中に擦り寄る宮下に一瞥をくれると、席を立った。

(どういうことだろう?)

 S大病院ではあれほど同性から嫌われていたのに。自分が変わり始めたということなのだろうか。いや、そんなはずはない。あいつの前では無表情・無愛想を貫いているのだから。

(きっとただ単に、浅川や宮下がヘンなのだろう)

 そうは言っても、木村師長の話を聞いてしまった以上、浅川を無視するのは申し訳ない気がしたので、仕方なくその夜の飲み会に出ることにした。


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