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ハツも左記子もずぶ濡れで、起毛素材のブルーの座席は水浸しになってしまった。

二人の髪から服から、ひっきりなしに海水が滴っている。




あの時夜になった二人は、もとのハツと左記子に戻って皆橋駅へ向かう電車内に座っている。とっくに折り返してしまっただろうと思っていた電車は、なぜだかまだ終着駅にとどまっていた。

「私の所為かも」

左記子は云った。

「ドア、開けっ放しで来ちゃったから。 閉めないと発車しない仕組みなのかも知れない」

当たりなのか外れなのか、とにかくハツと左記子が乗車してドアを閉めると電車は再び動き出した。 夜も一緒に動き出す。切った爪みたいな形の月が揺れている。

いつだってハツに話し掛けたそうにそわそわしていた左記子が無口なので、何だか変な感じだった。髪の先から落下するぽつ、ぽつ、という水の音だけ聴いていた。


やがて電車は皆橋駅へ到着した。

いつものように自動でドアが開く。

いつものように降車する。

ホームを歩いて、階段を上って、改札を過ぎて。

なにも言葉を交わさず、いつものように淡白に別れた。暗い夜道を、二人は別々の方向へ進んでゆく。朝になればまた同じ道を通って、有料開放された皆橋駅から学校へ向かう。


「梅渓さん! 」


叫ぶように自分を呼ぶ左記子の声に、ハツは振り向いた。


月の真下にぽつんと。


半分乾きかけたワンピースの左記子が立っている。

「生きるのに、」

左記子は顔を歪めて息継ぎをする。

「生きるのに卑屈になっちゃ駄目だよ!」

それ丈云うとハツにくるりと背を向けて走って行ってしまった。

ハツは呆気にとられてみるみる小さくなっていく左記子の背中をただ見つめていた。


──何なんだ。


何なんだあれは。

勝手に勝手な事を云って。

私の事分かってるみたいに。

左記子の癖に偉そうに。

左記子の癖に。

左記子なんか、


左記子なんか大っ嫌い。










けれど、何故か──。


何故か胸が締め付けられる思いがした。





✳︎





それから後も、ハツと左記子は学校で毎日のように顔を合わせたし、挨拶くらいは多少したが、あの夏休みの深夜の皆橋駅での事はなかった事のようになっていた。

時々夜の電車に乗っても、左記子に会うことはもう無かった。

ハツは相変わらず単独行動を好む一匹狼だったし、左記子も相変わらずふんわりとした女の子だった。

覚えていない。

もう左記子は覚えていないのかも知れない。本来の左記子は昼だから。一時的に夜の毒性にやられてしまっていただけで。

夜の左記子も。夜の駅も。あの、海も。

ハツだって夜の左記子をほとんど忘れてしまった。

けれど、生きるのに卑屈になっちゃ駄目だよ、という左記子の言葉と必死な顔だけは鮮烈に記憶に残る羽目になった。

昼間の生活は穏やかで、滑らかで、退屈で、オブラートに包まれたお菓子みたいにぼんやりしていて、油断していたらあっという間に過ぎていってしまった。









皆橋駅が深夜の無料解放などしていないという事実を知ったのは、上京してから初めて帰省した、七年後の夏のことだった。







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