第5話:雨を好む女
―― カランカランカラン
扉のベルが慌しい音を立てる。
店員も店内にいた僅かな客も、何事かと扉へ顔を向けたが客の興味はすぐに雨に打たれた女性だと判明して逃れてしまった。
「酷い雨ですね」
優が雨の中、かさもささずに歩いてきたのだろう彼女にそっとタオルを差し出した。
彼女は頬にかかる髪を邪魔臭そうに脇へ流すと短く礼を告げてタオルを受け取る。空調の風が直接当たらない窓側の席を案内されて素直に従った女は静かに腰掛けてぼんやりと雨にぬれる庭の木々に瞳を細めた。
「雨ね」
「そうですね。お好きなんですか?」
十人が十人晴れが好きなわけではないだろう。おそらく曇りや雪が好きだというものもいる。雨が好きだというものがいたっておかしくはない。
暖かなお絞りで両手を暖めながら女は顔を外に向けたまま頷いた。
「好き。音が良いわ。それに濡れた空気も好きだし、木々が歓喜の声を上げているような気もするでしょう?」
ふふ…と微笑みながら女がそういうと本当に庭の木々が慶びに歌でも歌っているように見えるから不思議だ。
「そう、ですね」
「それにね、一番好きなところは、必ず止むこと…かしら?それって、幸せや不幸に似ていると思わない?」
―― 決して永遠には続かない。
言った後、女はその時初めて気がついたように「ああ、注文ね」と苦笑して何か暖かい物を…とだけ続けた。
不変のものほど退屈で生きながら人を殺せる物はない。規則正しい音を響かせて地面を濡らしていく雨粒にうっとりと瞼を落とす。静かに何かを考える時には絶好のBGM…目障りだと罵倒されたこと、愛していると囁かれた時間、繋いだ指先から伝わる鼓動…重ねた肌から体温が失われていく間、さよならと短い言葉が耳に届く。
「―― ……もう、あがるのかしら?」
「明日は晴れるそうですよ」
店主の言葉に女は「そう…」と頷いて口角を引き上げた。
ラインストーンで綺麗に飾られた美しい爪を、運ばれてきたカップに添えてかちゃりと軽い音を立てる。
「止むのね」
美しく微笑んでそう呟いた女の頬に
―― つぅ……
と一筋の軌跡が描かれてカップの中身が小さく弾けた。