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Cafe*Noel  作者: 汐井サラサ
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第4話:運を拾う女

ついていない日というのはあるもので今日の私がまさにそれだった。


朝、目が覚めると飼っていた金魚がいなくなってて、探してたら時間ぎりぎり!慌てて家を出ると自転車を車でひかれて電車に乗り遅れた。

昼は学食で派手に転んで昼食はパー。極めつけは放課後大好きな彼の浮気現場を目撃。なんていうか、凄く凄くすごーくショックで。でも、悲しすぎてどれに重点を置いて悲しんだら良いのか良く分からなくなってしまった。


きっと、金魚は隣のミケが食べてしまったのだろう。前々から狙っていたから。最近の猫はねずみもおいかけないというのに、どうして私の金魚なんかに目をつけたのか、不可解だ。

それに自転車、なんでよりにも寄って今日、あんな住宅街を大型車が走ったのか。修復するより断然新品になった方が安く上がるだろう。でもあれ、私の初めてのバイト代で買ったんだよね。結構気に入っていたのに。

日替わりのランチだって私の大好きなアジフライだった。

あいつのことも、好きだったんだけどなー……。誤解だなんていってたけど誤解であれはないっしょ。

はぁ……っと、私は一つ溜息を落として、濃厚なキスシーンを思い出し眉を顰めた。イタリア人だって通りすがりの女の子にあんなことしない。


 「勝手な偏見ごめんなさい」


思わずイタリアの方に謝ってみた。


 「は?」


つい、いつものお祈り癖で両手を組んで神に謝罪した私にまさかの返事があるとは思わなかった。


 「あっと……す、すみません。何でもないんです」


言い訳も別な話題も思い浮かばずに私は目の前にティーカップを置いてくれた店員にとりあえず謝罪した。多分、置いたのとほぼ同時にだったのだろう。

切れ長の瞳を僅かに見開いて驚いた表情をしていた。


 「こんなところにカフェがあるなんて私知りませんでした」


僅かな沈黙に耐えられず、私は口を開いた。

店員はそんな私の心の動揺を悟ってか、くすりっと頬を緩めると軽く頷いた。


 「そうですね。とても辺鄙なところなので、お客様みたいな方が多いですよ」


辺鄙。そういった店員の言葉は今一頷けない。私が寝ながら歩いていたわけでなければ表通りに面していたような気がする。でも……でも、確かに私は今までここに気がつかなかった。


 「私、みたいな?」

 「ええ、お一人の方が」

 「それだけ?」


若干彼が口篭ったような気がして私は悪戯に瞳を細めた。


 「……失礼ながら、お疲れのようでしたから」

 「庭、綺麗ですね」


彼の気遣わしげな台詞は無視してそう呟いた私に、同じように庭へと視線を投げた彼は「好きなように生えるままです」と口にした割にうれしそうだった。

確かに彼の言うとおり統一感のない木々はそのまま…という感じではあったが、その奔放さがガラス一枚に隔てられた庭を別世界のように映した。


 「スプーンおかりしますね」


庭を眺めてぼんやりとしたままだった私を現実に引き戻したのはそんな一言だった。私がその問いに頷くと彼はソーサーに乗っていた銀のスプーンに、エプロンのポケットから取り出した小瓶の中身をつぅっと垂らした。


 「お酒?」

 「ブランデーです」


ミニボトルのラベルを私が目で追うと、彼は二本の指でボトルを支えたまま小器用にポケットからライターを取り出した。そして代わりにボトルをポケットに滑らせて、ぽっと火を灯しスプーンに近づける。


 「綺麗ですね」

 「香りだけいただきましょう」


ゆらゆらと揺れる炎はとても美しく冷え切った心を満たしていくような気がした。ともすればそれははかなくも消えてゆき物悲しく感じてかすかに眉を顰める。

消えてゆく炎を追いかけるように、あ…っと思わず漏らした声に彼は微笑み、そのままスプーンをゆっくりと薄い白磁器のカップに沈める。


 「―― ……いい香り」


スプーンがソーサーに戻ると同時に私はカップを両手で包むように持ち上げていた。

甘く深い香りがふわりと鼻先を擽っていく。その様子に彼は小さく頷いてカウンターへと戻っていった。その後姿を見送って、私は深く椅子に腰掛けなおす。


―― 香りだけ……か。


私は何となく繰り返して、そっと薄いカップの淵に唇を添える。


 「…美味しい…」


目に見える全ての事が上手くいかなくても、何か一つ上手くいけばそれでいい…のかもしれない。ものは取りよう。金魚は明日も知れない命だったのかもしれないし、自転車だって買い替えの時期だったのかもしれない。何より、私ごと巻き込まれなかっただけマシだ。ランチのフライはあたりだったのかもしれない。


……それから

目撃しなければ、私はあいつの浮気性を見抜けなかったかもしれない。それにああいうことは大抵ばれるものだ。早くてよかった。


 「馬鹿だな。私」


ぽちゃん……っと飴色のカップの表面が揺れた。


―― ……ああ


やっぱり、私はこれが一番きつかったのか。肘をテーブルにつき両手を組んで額に押し付けた。

木目調のテーブルが、ぽっぽっ…っと濡れていく。


今日、唯一上手くいったことといえば、こうして泣く場所を見つけることが出来たことだろうか?

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