第2話:リボンの少女
―― ……カラン……
いつもより短めのベルが扉の開閉を告げる。
すぐにぴったりとしまってしまう扉から滑るように入店してくるのは赤いリボンが愛らしいシシィだ。
シシィはリボンと綺麗に梳き整えられた艶の良い髪を靡かせて颯爽とカウンターまで歩みを進める。
「こんにちは、いつものですか?」
彼女の来店は初めてではないらしい。
店主はにっこりと笑みを濃くしてカウンター越しに声をかける。シシィはそんな店主の声に不機嫌そうな顔をして肩をちょっと竦めよじ登るようにカウンターの椅子に腰掛けた。
「ここのブレンドでないとダメらしいわ」
だったら自分で買いに来ればいいのよね。頼まれたお使いがよほど気に入らないのか、小さく息をついて持ち寄った籠をカウンターに載せた。
店主はいつも通りに籠から小さなメモを取り出して確認するように軽く首を上下させる。
「気に入っていただいているようでよかったです。シシィさんはそうでもないご様子ですが」
「あら、誰も嫌いだ何て言ってないわ」
つんっと高飛車な物言いでそういって顎を上げる。きちんと切りそろえられた髪がその動作にあわせてふわりと揺れ元の位置に戻った。
「それは良かった。よほどここがお嫌いなのかと…」
シシィの様子に苦笑してそう告げた店主にシシィは本当に驚いたように目を丸めて長い睫を瞬かせた。
「まさか!私はここへしかお使いに何て来ないわ」
続けていつもの頂戴と締めくくったシシィに店主は軽く頷いてミルクパンを火にかけた。
「温めにね?」
「いつも通りで」
壁にかかった古時計の振り子の音が静かに時を刻む。
カフェオレボウルに注がれたのは真っ白なホットミルク。ふわりと柔らかな湯気がシシィの鼻先を擽っていく。
ちろりと舌先で表面を舐めて温度を確認し頷くと、嬉々としてボウルの中身を飲み干し始める。
その様子に店主も口角を上げて暫く見守った後、思い出したように背にしていた棚から二種類の珈琲豆の袋を下ろした。手馴れた調子で店主が見るを引く音に黙って耳を傾け、じっと見つめ始めていたシシィはミルクを飲み終えていた。
きゅっと彼女が持参した籠に入っていた便に引き立ての珈琲を入れて密封する。いつもの量だ。そして、それには辺りの穏やかな空気も一緒に封じられた様な気がしてシシィは満足気に頷いた。
暇を告げようとシシィが腰を上げたところで、テラスへと続く扉が開いた。片腕にバスケットを抱き、反対の手には雑巾を持っている。庭のそうでもしていたのだろう、克己だった。
「げ……っ」
たまたまシシィと目のあった克己はあからさまに眉をひそめて低い声を上げた。おやおやと店主はくすくす笑いを立てたがそれに二人が気がつくはずもなかった。
「何よ、貴方何持ってるの?」
「早く帰れよ」
「こら、克己くん。お客さんですよ」
たじっと後退し入ってきたドアを背に押し付けた克己は、店主の言葉に苦い顔をした。暫くシシィと克己の睨み合いが続いた後、ふんっとシシィが顔を先に逸らして椅子からひょいと飛び降りた。
そしてそのまま入ってきたときと同じように扉へと向かった。
カランカラン…扉の前でシシィが立ち止まるとタイミングよく開かれる。シシィが上りを見上げると優が人の良さそうな顔で扉を支えていた。
「ごめんね、シシィちゃん。克己は今飛べない鳥を囲っていてね。その子が吃驚してはいけないと思ったんだよ」
優の台詞にシシィは籠を置くと、ふるふると首を振り……
「なぁ……ぅ」
一声あげた。
そして、すぃっと優の足元に身体を擦り付けたあと置いた籠を銜えて表通りへと姿を消した。
「気にしてないってさ」
ぱたんっと扉を閉めて振り返り様そういった優に克己は「ホントかよ」と眉を顰める。
「克己くん。彼女はお客様ですよ。あまり失礼なことはよろしくないですね」
「はぁ……すいません。でも、彼女って…」
猫でしょ?と続けて肩を竦めた克己に優はころころと楽しそうに笑い、店主は「それでもです」と釘をさした。