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Cafe*Noel  作者: 汐井サラサ
2/8

第1話:倦怠期

―― ふぅ……


もう、別段問題も無いのだけど、何となく私はため息を吐いた。

今日の喧嘩の理由はなんだったっけ?

くだらなさ過ぎて忘れた。


私は、ことりっと正面に置かれた、アイスココア(疲れるとどうしても身体が甘い物を欲しがるのだから仕方ない。)の生クリームをスプーンでぐりぐりと遊んでいたが、それにも飽きて、スプーンをグラスの底にそっと沈めた。


―― ふぅ……


私は再び、ため息をつき、タバコに火をつけて深く吸い込んだ。別においしいと思って口にしてるわけでもないんだけど……何となくやめられない習慣。

一人でこうやって、カフェでぼんやりしてると、いろいろと考えも纏まる。

あの時……私が何が言いたかったのかも思い出せそうな気がする。


 「変なの」


私は誰にも聞こえないくらいの小さな声でぽつりと呟いた。

あいつとは些細なことで喧嘩する事もある……と言うか、最近は頻繁にあるような気がする。

『倦怠期』私の中で一つの言葉が頭をよぎった。


―― そうかもね。


大して、理由も無く納得する。

別に私は私だし、あいつはあいつだ。

本当に、今日は何で言い争いをしたんだっけ……え、言い争い?

いや、あれではほとんど、言われ放題だな。

私は思わず自嘲気味に微笑んだ。


 「だから、全部俺が悪いっていうのかっ?!」


―― 誰もそんなことは言っていない。


 「黙ってても、分からないだろう!何とか言えよ!」


―― そんなに捲くし立てないでよ。


私の悪い癖。

こうやって、落ち着くと何だかたくさんの言葉の整理がつく……でも返答を迫られると……頭の中が真っ白になる。

私、今何考えてたんだっけ?問われて初めて自問する。

真っ白な頭で考えることは何もない。


 「別に」


そして、それは決して自答までは至らない。小さく答えた私の返答が、気に入らないのだろう。再び荒々しく「言いたいことがあるなら言え!」と攻め立てる。


私、ダメなんだ。そう責められると本当に、頭の中が真っ白になって、浮かんでは消えることは全く関係ないことになってしまう。


―― 今日の夕飯のこととかね。


ちらりと頭をよぎってもそんなこと、口にできない。

私はあいつの考えることを、長年の経験と付き合いで、ある程度予測することができる。

だからこそ、口に出していえないことが、一つ一つ増えていって選んでると


 「何も言いたいことはない」


と言う判断に行き着いてしまって、その私の答えは再びあいつの逆鱗に触れる。またまた、私の頭は何も纏まらなくなる…そして、零れだす…溢れだす。


 涙…涙…涙……


嗚呼。

このときが、一番自分が情けないと思う。感情ばかり高ぶって、言葉が出ない。

できることなら、声に出さなくても私の声を読み取って欲しいと願う。


 「泣いてても分からない!」


結局、突き放されてしまう。

こういうときに本当に欲しいのは、こんな情けない私を包む暖かな手と……柔らかな時間。

私はいつもこの時間に飢えていた。


―― 一生気がついてもらえないだろうな。


いつも思う。私の底の方に眠る、子供以上に甘えた感情。

あいつは気がつかない。30センチほど離れた距離がやけに遠い。


言いたいことは何もない。あんたを傷つけるつもりは全く無い。

そう思って伸ばし掴んだ手も、決して握り返されることはない。触れているのに、とても冷たく人肌は金属のように感じる。

あいつも何も言わない、言えない私に耐えている。


 「…切ないな…」


もう少しで落ちそうになる、灰を静かに落とすべき場所に落として。

ふー……っと紫煙を上げる。


ブゥゥゥ……ブゥゥゥ……


テーブルの隅に置かれていた携帯が一人で震えている。


―― 受信メール1件


 『今日は悪かった。言い過ぎた、もっと素直に話して欲しかっただけだったんだけど、結局傷つけた。ごめん。』


ごめん。か


別に謝って欲しかったわけじゃない、私としては何もいえなくなる私の心を分かって欲しかっただけ掴んだ手を握り返して欲しかっただけ。

…ってそんなこと分かる奴いるわけないな。

自分でふと思ったことに自嘲気味な笑みが浮かぶ、ぐぃと灰皿に手の中の物を折り入れた。


―― カラカラ。


ココアのスプーンをもう一度手に取り、水と分離し始めて二層に分かれた液体を残り僅かな氷の音を楽しむようにかき混ぜて私は一気に飲み干した。


―― 甘い。


無性に甘く感じたココアに文句を言うように顔をしかめた。

相変わらず、私ってば一人で空回りしてるみたいだ。

別れたいというなら、それもいいと思った。

そう思っていたのに、あいつはもう少し、こんな私と居たいらしい。


 「馬鹿な奴」


ぽつりと呟いて、静かに私は席を立った。

薄暗い店内から外にでると、小雨がぱらついていた。

私はバックに潜ませた折りたたみ傘に触れたが、取り出すことはなかった。

灰色の雲の隙間から、僅かに明るい空の色を感じて、私は僅かに口角をあげた。そして雨の降る街道へ足を踏み出した。


私はこれからきっと……勝手に怒って勝手に反省している、あいつのところへ


また、帰るんだろう

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