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Cafe*Noel  作者: 汐井サラサ
1/8

第0話:Cafe*Nole

―― なんていうか、絶対そこにあるわけじゃないんだよね ――


毎日通る道だもの。

別に躍起になって探していたわけでもないけど、見落とすわけもないじゃない?


 「あった…」


そしてその日は丁度なんとなく目に留まってしまったわけだけど…でも、まるでずっと昔から当然のようにそこにあってそこで私を待っていたような気にすらさせられる…そんな店だった。


レンガ造りの外壁に蔦が這い、アンティークな外観を際立たせている。

私の出した独り言なんて遊歩道行きかう人々が気に留めることなどなく流れもかわらない。


私は最初からそこが目的地だったかのように自然とその店に足を進め扉を押した。

懐かしさすら感じさせる木製のウェルカムベルがカラコロと愛らしい音を奏で迎え入れてくれる。


どのくらいぶりだろう?

本当に久しぶりにその扉をくぐった。

足を踏み入れると暖かなオレンジ色のランプの明かりが店全体を柔らかく灯している。


 「いらっしゃいませ」


耳に心地よい柔らかな声をかけてくれるのは、物腰の穏やかな30代前半…ぐらいだろうか?落ち着いた雰囲気がそう見せるだけかもしれない。

すらりと長身で細身の男性。

几帳面にアイロンのかかった白いシャツに黒いズボン。腰には同色のカフェエプロンといういつもの出で立ちでカウンターへと入るところだったようだ。

ベルの音に身体ごと振り返って軽く腰を折る。続けて「こちらへどうぞ」と繋いだ後自分もカウンターへと戻った。


 「随分と久しぶりですね。アリスさん」


アリスと呼ばれた彼女は誘われるままカウンターまで歩み寄り中央よりの席に腰を下ろす。

手荷物で隣の席を占領し、ふぅ…と一息ついたが店主の言葉に顔をあげた。


 「ええ、久しぶり。マスターはよく覚えてるのね?本当に久しぶりなのに…」


心底驚いた。という風に可愛らしく丸い瞳を見開いたアリスに店主はにっこりと柔らかな笑顔のまま頷いた。


 「こういう仕事をしていると、顔を覚えるのは得意になるものなんですよ」

 「まぁ、お客も少ないものね?」


遠慮という言葉を知らない風にアリスは静かな店内を見回してくすくすと悪戯な笑みを浮かべて肩を竦めた。

そんなアリスに気分を害した様子もなく「いつも通りです」と答える。


店内は確かに静かだった。

天井で回っているシーリングファンの音でも降ってきそうだ。

アンティークな家具で統一された洋風な室内はそう広くはなく、入って右手にレンガを積み上げた壁で仕切られた個室が3つ。オープンスペースに4人掛けのテーブルが3つ低いパーティションを挟んでもう3つ。

奥には季節の花で彩られたテラスに円卓が2つ――そこへ続く壁はガラス張りになっているため、店内からでも十分に庭を愛でることは可能だ。

あとは、このカウンターに丸椅子が4つ。それだけだ。


 「あ、いい香り」


アリスが店内を見回している間に店主はミルクパンを火にかけていた。

いつの間におかれていたのか、目の前にはまん丸の氷が3つ浮かんだグラスに暖かなお絞りも並んでいた。


此処には何度も足を運んでいるアリスだったが考えてみると一度も注文したことがないような気がする。もちろん最初はメニューもあった。しかし店主の薦めるもので頷いてきた為次第に開くこともなくなった。

今では渡されることもない。


 「ロイヤルミルクティー?」

 「ええ、とても甘く…と思っています」


そう、と店主の言葉にアリスは頷いた。

不思議と彼の用意するものに不満を持ったことはなかった。

壁にかかった柱時計がボーン…ボーン…と時を告げる。

どうぞ。と華奢なカップがカウンターからそっと出されカチャリ…と軽い音を立てた。ふわりと立ち上った湯気に柔らかなアールグレーの紅茶の香りが自然と彼女に深呼吸させる。


奥のキッチンから甘い香りと共に転院がアリスの元へ小さな籠に入ったクッキーを運んできた。


 「シナモンクッキーとアーモンドクッキーです。焼き立てですからまだ暖かいですよ」


気をつけてと締めくくり、にっこりと陽だまりのような笑顔を零した。

店にはこの店員――確か優といった。とカウンターの内側を定位置にしている店主。そして、もう一人この二人とは違うタイプの店員がいる。


 「マスター!大変だ!」


ゆったりとした空間に慌しい声が割り込んできた。間違えるはずはない。最後の一人の店員だ。


アリスはその声と共に庭のほうから飛び込んできた彼に方を跳ね上げご指名を受けた店主は少し呆れたように溜息をついた。素直に注意を促したのは彼の相方だ。


 「克己。お客様の前だよ、騒がないで」


克己と呼ばれた彼は、優にそう注意を受けて初めてアリスの存在に気がついたとばかりに足を止め優の言葉に不機嫌そうな色をしていた切れ長の形の良い瞳は、申し訳なさそうに移ろぐ。そして「…わりぃ」と軽く謝罪を述べた。アリスは彼の行動には鳴れたものだとばかりにさして気にもしなかった。それよりも気になったのは…。


 「それで、克己くん。何が大変なんですか?」

 「鳥が落ちてたんだ!」

 「…ああ、また何か拾ってきたんですか?」

 「どこで捕まえたの?普通、落ちてるって言わな…い」


客の手前カウンターまで歩み寄るのを躊躇していた克己の傍へ足を進めた優は「どうしよう」と両手で抱きかかえている彼の腕の中を見て語尾が消えた。


 「生きてる?」


恐る恐る手を伸ばして、鳩ほどの大きさの鳥をそっと撫でる。暖かいような気はするが克己の体温なのかその鳥の体温なのか全く分からない。


 「生きてるって。でも何か飛べないみたいで…」

 「怪我はしていないんですか?」


どうしたものかと見守っていたアリスに一言詫びて、店主はカウンターを抜け出した。


 「とりあえず、バスケットにブランケットを敷いて、怪我の箇所を確認しましょう?ほら、克己くん。大丈夫ですから、そんな顔しないで」


店主の話の途中で意を解した優は足早に店の奥へと引っ込んだ。その姿を見送った後、店主は克己の背中を軽く叩く。顔は仕方ないなと苦笑していたが飲食店内に動物を持ち込んだということは責めてはいないようだ。


彼はもちろんカフェの店主であって、動物医ではない。

しかし、用意されたふかふかのバスケットの中で丸くなった鳥に躊躇なく手を伸ばし、男性にしておくのは勿体無いくらいの綺麗な指先で軽く腹などを押した後「大丈夫でしょう」と頷いた。


 「飛べないのは羽がまばらになってしまっているからのようですし、その為にきっと余計な体力を消耗して今はぐったりとしているのだと思いますよ。外傷もないようですし」


確かに彼の手でそっと伸ばされた翼はジグザグでこれでは風の抵抗がうまく受け止められないだろう。


 「どうするの?」


暫くそのやりとり眺めていたアリスだったが何気なく口を挟んだ。


 「ここで暫く休んでもらいますよ。あまり混んだ店ではありませんからね?」


にっこりと笑顔でそう答えた店主にアリスは気にしていたのかと苦い思いをしたが「それがいいわね」と愛想笑いを浮かべた。それに続いた「くー…」とけだるそうに少しだけ頭を持ち上げた鳥の鳴き声は相槌のように聞こえた。


 「おい、あんた。何か鳴った」


ようやく落ち着きを取り戻した店内でカップを傾けたアリスに、鳥の納まったバスケットを大事そうに両腕で抱え込んだ克己が擦違い様にそう告げて奥へと消えていく。

え?と、隣の席を占領していたバッグを覗き込む。

慌てた様子で中を引っ掻き回し取り出したのは懐中時計だ。かなりの年代ものに見えるそれは克己の言うとおり、りりりり…とねじの外れたような音を立てていた。


アリスは音を止めた後も暫くそれを眺めていたが、軽く左右に首を振って元の場所へとしまいこんだ。


 「マスター…」


ハートの女王は煩くて敵わない。

溜息と共に軽く肩を落としたアリスの声にカウンター越しでグラスを磨いていた店主は「はい」と答えた。

アリスは目の前のカップを空にしてもう一度嘆息すると意を決したように席を立った。


 「帰るわ」


代金を精算し扉のノブに手を掛けたところで声を掛けられた。アリスはこれからまた忙しくなるなと気落ちしたまま声のした方を肩越しに振り返った。

にっこりと歩み寄ってきた優が、折角だからとクッキーの下敷きになっていたペーパーの四隅を合わせてリボンを掛け。簡易的なラッピングをしたものをアリスの手のひらにそっと乗せて握らせる。

アリスは手の中の物と「どうぞ」と言葉を重ねた彼の顔を交互に見た後「ありがとう」という言葉と共に笑顔が零れた。


迎え入れてくれたときと同じようにウェルカムベルが可愛らしい音を立てる。


 「またいつでもどうぞ」


優しく背中を押すようにかけられる言葉が、なんとも言えず暖かく嬉しかった。

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