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episode3


「……それで? どうだったの?」


ソファに寝転んだまま、クロエが身を乗り出してくる。

期待に満ちたその瞳に向かって、私は少しだけ溜めてから答えた。


「最高に、私の好みど真ん中のご令息だったわ」

「へぇ! よかったねぇ、セレちゃん!」


クロエは自分のことのように喜び、ぱちんと手を叩く。

一方、向かいのソファに腰掛けていたリアンは、ふっと小さく息をついた。


「やはり、あんな人物でもセレの父上の選択は外さないな」


私は苦笑しながら、リュシアンとの初対面の様子を話した。

穏やかな物腰、洗練された所作、言葉の端々に滲む誠実さ。


——ただし、彼の家の事情や、私が胸に抱いた微かな違和感については、言葉を選び、あえて曖昧にした。

しばらく黙って聞いていたリアンが、ゆっくりと体勢を正す。


「……ということは」


真剣な声色で、こちらを見据えた。


「ヴィオランドル侯爵家の次男は、噂通りではなかった、ということか?」


その問いに、私は一瞬言葉を失う。


——噂なら、私も知っている。

兄に劣る、出来が悪い、貴族らしくない。

どれも、彼を貶めるものばかりだった。


けれど。


(実際に会った彼は……そんな人物じゃなかった)


むしろ、完璧と言っていいほど、貴族然としていた。

礼儀も、立ち居振る舞いも、剣を扱う気配さえも。


——それなのに。


(じゃあ、あの噂は……なんなのかしら?)


社交界で「理想の貴族」と称されている兄。

そして、その影に押し込められるように語られる弟。

その構図が、どうしても頭から離れなかった。


「……噂通りじゃないのは、間違いないわね」


そう答えると、リアンは静かに頷いた。


「セレがそこまで言うなら、きっとそうなんだろうな」

「だよね! セレちゃんが人をそんなふうに褒めるなんて、王太子殿下以来だもん!」


クロエの無邪気な一言に、思わず苦笑する。


「今度、ちゃんと紹介してくれるんでしょ?」

「ええ。そのつもりよ」


そう答えながらも、私の胸の奥には、まだ小さな棘が残っていた。


リュシアン・ヴィオランドル。

彼は、本当に“噂と違う”だけなのか。


それとも——

噂そのものが、最初から歪められていたのか。



*****



王立学園の授業は多岐に渡り、魔法科・騎士科の垣根なく選択できる。

この制度は、学園が「実力主義」を掲げている象徴でもあり、私はとても気に入っていた。


今日受講しているのは、魔法科の《魔法制御術学》。

魔力を繊細に制御するための実技中心の授業で、魔法具作成や回復魔法には欠かせない分野だ。

課題は、複数の物体を同時に操ること。

周囲では魔力が乱れ、本が床に落ちる音がいくつも響いている。


私は一度、呼吸を整えただけで魔力を流した。

壁一面の本棚から本が静かに浮かび上がり、順番に元の位置へと収まっていく。


――音が、止んだ。

ざわりとした空気の中、誰かが小さく囁いた。


「……やっぱり、リザンドル公爵家の……」


それ以上の言葉は聞こえなかったが、視線の集まり方で十分だった。

私は特に気に留めることもなく、少し物足りないわね…とだけ思う。

授業を終えて講義室を出たところで、声をかけられた。


「セレ」


振り返ると、今日も完璧な王子様の微笑を浮かべたリアンが立っている。


「そろそろ昼食だろう?食堂に行こう。クロエも先に着いているはずだ」

「ええ、行きましょう」


並んで歩き出すと、また視線が集まる。


「さすがだね、セレ」

「さすがって?」

「もう“ファンクラブ”ができているらしい」

「……あら、クロエにもあるって聞いたわよ?」


そう返すと、リアンは王子様らしさを崩さぬまま、わずかに口元を歪めた。


「騎士科は男が多いからな」

「ふふ。両手に花で良かったじゃない?」

「やめてくれ」


心底嫌そうな顔をしたリアンに、思わず笑ってしまった。



******



食堂に足を踏み入れると、すぐに見慣れた姿が目に入った。


「セレちゃーん! リアン! こっちこっち!」


明るい声とともに、大きく手を振っているのはクロエだ。

その屈託のない様子に、思わず私もリアンも顔を綻ばせながら、彼女のもとへ向かう。

王立学園の食堂は、もはや食堂というよりレストランに近い。

席も用途や身分に応じていくつかの区画に分かれていて、

その中でもここは――高位貴族専用、と言って差し支えない場所だった。


「ごめんなさい、待たせたかしら?」

「ん〜ん! そんなに待ってないよ!」


クロエの隣にリアンが腰を下ろし、私は二人の正面に座る。

クロエはさっそくメニュー表を広げて、どれにしようかな〜、と楽しそうに悩み始めていた。

そんな彼女を、リアンがどこか微笑ましそうに眺めている。


(……本当に、いい組み合わせよね)


少し天然でまっすぐなクロエと、面倒見がよくて気配り上手なリアン。

幼い頃から知っている二人だけれど、改めて見てもお似合いだと思う。


――ふと。


(そういえば、リュシアンは……)


顔合わせから、もう数日が経つ。

同じ学園に通っているはずなのに、あれ以来、彼の姿を一度も見かけていない。

同学年ではないにしても、ここまで遭遇しないものだろうか。

そんなことを考えていたときだった。

食堂の空気が、わずかにざわめく。

何事かと顔を上げると、生徒会の一団が入口から入ってくるのが見えた。

自然と視線が集まり、周囲の生徒たちの姿勢がほんの少し正される。


(……来たわね)


彼らはどうやら、こちらの区画で食事をとるらしい。

その先頭に立つ人物が、私たちに気づいたように足を止め、声をかけてきた。


「やぁ、エミリアン。クロエとセレーヌも一緒とは――相変わらず仲がいいな」


落ち着いた、けれどどこか人を見下ろすような余裕を含んだ声。

呼ばれたリアンが立ち上がり、形式ばった礼をとる。それに倣って私もクロエも同じくならう。


「ご機嫌よう、アルノー兄上」


そう――

現在の生徒会長。

リアンの異母兄であり、貴族派側妃の子。

アルノー・フルールヴェールが、そこに立っていた。


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