episode23
音楽が流れ始め、
私とリュシアンは自然と会場中央へと歩み出た。
無数の視線が、刺さるように集まる。
けれど私たちは、それを当然のこととして受け止め、
何事もなかったかのように、静かにステップを踏み出した。
最初の一歩。
二歩目。
リュシアンのリードは迷いがなく、呼吸すら合っている。
(完璧だわ!)
今回の衣装の本領は、ここからだ。
私はそっと、胸元のペンダントに魔力を込めた。
それに呼応するように、リュシアンの胸元のペンダントも淡く光る。
次の瞬間。
ふわり、と
私のドレスが動きに合わせてきらめいた。
空色の生地に散りばめられた銀糸が光を反射し、
さらに魔法の粒子が重なって、
まるで雪の結晶が舞い落ちるかのような輝きが広がる。
「……!」
周囲から、思わず漏れた驚きの声。
「なに、あれ……」
「魔道具……?」
「踊るたびに、光が……」
(ふふふっ、私とデザイナーたちの最高傑作なのだから、当然の反応ね…!)
リュシアンも、一瞬だけ目を見開いた。
そして、踊りながら私を見下ろす。
ダンスの途中、自然と距離が縮まった瞬間。
私は声を落として、くすりと囁いた。
「どう? 驚いた?」
すると彼は、少し困ったように、でも楽しそうに笑う。
「はい……驚きました。
雪の中で輝くセレーヌ様も、きっとこんなふうに美しいのだろうな、と」
その言葉に、胸がくすぐったくなる。
「それなら……今度、雪の降る地域に旅行でも行きましょうか」
思いつきのように言うと、
リュシアンは一瞬きょとんとしてから、ぱっと表情を明るくした。
「……そんなこと、考えたこともありませんでした。
でも、とても素敵ですね。楽しみです」
その笑顔が、あまりにも無防備で、美しくて。
(危ないわ)
(私の妖精さんが危険すぎる!)
(今は私の作った衣装も相まって神々しいし)
(実は天界から舞い降りし冬の天使だったの!?)
(きっとそうよ、そうに違いないわ!私の妖精は天使だったのね!!)
一瞬、令嬢の仮面が剥がれそうになるのを、私は必死で抑えた。
しかも、その笑顔の流れ弾を受けた周囲の令嬢たちが、
「素敵……」「あんな表情……」と、うっとり見つめているのが視界に入る。
(少し、嫉妬してしまうわね)
(私のリュシアンなのに)
見せつけたい気持ちもあるけれど、案外、私も心が狭いのかもしれない。
曲が終わり、最後のステップ。
私たちは美しく一礼した。
途端に、会場のあちこちで囁きが生まれる。
——噂と全然違うわね……
——所作が完璧じゃない
——あの侯爵令息、あんな人だったの……?
どれも、肯定的なものばかり。
どんなに悪意ある噂で塗り固めても、
本人を前にすれば、それが虚構だと分かる。
リュシアンの所作は、それほどまでに洗練されていた。
(このまま社交を続けていけば、
影響力の小さい貴族たちに関しては問題ないわね)
そう判断したところで、私は小さく息を整えた。
******
ダンスが終われば、また
——社交の戦場だ。
誰と話し、
何を引き出し、
誰を味方につけるか。
公女という立場上、私はすぐに人の波に囲まれる。
「セレーヌ公女!」
「セレーヌ様、先ほどのダンスは……」
次々とかかる声。
祝辞、探り、賛辞、打算――さまざまな思惑を乗せた言葉が、絶え間なく私へと向けられる。
そんな中、リュシアンが静かに私の耳元で囁いた。
「僕は、一度飲み物を取ってきますね」
少しだけ胸がざわめく。
けれど彼は、私を安心させるように穏やかに微笑み、そのまま人波の中へと溶けていった。
(……大丈夫かしら)
そう思った矢先だった。
彼が離れた瞬間を逃さなかったのか、中立派の伯爵夫妻が声をかけてくる。
「セレーヌ公女、本日は――」
そこからは、各派閥の貴族たちとの応酬が続いた。
言葉を交わし、笑みを向け、礼を返しながらも、
意識の半分は人混みの向こうにいる彼を探している。
そして、何人目かの貴族の相手を終えた頃――
視界の端に、飲み物を持って戻ってくるリュシアンの姿が映った。
(あれ?)
彼のすぐ後ろ。
まるで影のように距離を詰めながら歩いているのは、
先ほど私たちに絡んできた令嬢の周囲にいた令息たちだった。
(……あの方たちが、令嬢を焚き付けたのかしら)
口では勝てないと悟ったのか、今度は別の方法に出るつもりらしい。
視線を細めた私は、周囲の貴族たちに一言断りを入れると、ゆっくりと彼の方へ歩み出た。
(ふむ……そうくるなら、少しだけ“大事”にして差し上げましょうか)
「リュシアン!」
「セレーヌ様?」
両手にグラスを持った彼が、私へ向かって一歩踏み出した――その瞬間。
ドンッ。
さりげないふりをした、しかし明らかな衝突。
令息の一人が肩をぶつけ、リュシアンの身体がわずかに揺れた。
グラスの中身が、大きく波打つ。
(今ね)
私は一歩踏み込み、あえてその軌道の中へ入った。
次の瞬間――
ガシャン!
場の空気を裂くような大きな音が響いた。
一斉に、視線がこちらへと集中する。
体勢を崩したリュシアンは、私が受け止める形で何事もなく立ち直る。
そして――私たちにかかるはずだった飲み物は。
「うわっ、なんだこれ!」
「お、俺の服が!」
悲鳴を上げたのは、先ほどの令息たちだった。
彼らの礼装の胸元や袖に、はっきりと濃い染みが広がっていく。
しかも、本来こぼれた量の倍以上の液体が、なぜか彼らだけを狙ったかのように降りかかっていた。
「何が起きたんだ……?」
「今の……どうなった?」
ざわめきが広がる。
空気が不穏に揺れ始めた、そのとき――
人垣の奥から、低く、重みのある声が響いた。
「……何事だ?」
ざわり、と空気の質が変わる。
人々が自然と道を開け、一人の壮年の男性が姿を現した。
――ベラドニア公爵。
貴族派筆頭。現側妃の父にして、法務部を事実上掌握する王国の重鎮。
私は一歩前へ出ると、優雅にドレスの裾を揺らしながら一礼した。
「ごきげんよう、ベラドニア公爵閣下」
公爵は私を認め、わずかに頷く。
「セレーヌ公女。……これは一体、何があったのだろうか」
侯爵は周囲を一瞥し、静まり返った空気を確かめてから、ゆっくりと口を開いた。
「……説明を、セレーヌ公女」
(思ったよりも大物が釣れたわね)
内心でそう呟きながら、私は一歩前へ出る。
「私の婚約者が飲み物を持ってきてくれていたのですが
――どうやら、そちらの令息がぶつかってしまったようで」
穏やかな声でそう説明すると、
染みだらけになった礼装の令息の一人が慌てて口を開こうとした。
「ち、違――」
「発言を許可した覚えはない」
ベラドニア侯爵の低い一言が、場の空気を一瞬で凍らせた。
令息たちは青ざめ、口を閉ざす。
「……それにしても」
侯爵はゆっくりと私とリュシアンを見比べた。
「飲み物が彼らだけにかかっているとは、いささか不思議だな」
私は口元に微笑を浮かべた。
「それは、私の魔道具の効果ですわ」
そう言いながら、胸元のブローチにそっと指先を添える。
「リュシアンと私のこのブローチには、いくつか魔法陣を刻んでおります。
そのうちの一つが発動しただけのことです」
ざわ、と周囲が揺れた。
そのとき、視界の端に――ヴィオランドル侯爵夫妻の姿が入る。
私は、ほんの一瞬だけ侯爵夫人へと視線を向け、静かに微笑んだ。
夫人は気づいたのか、わずかに顔色を変え、目を逸らす。
(あなたがやったことは、もちろん知っているわよ)
その意味を込めた微笑を、誰にも気づかれないほどの一瞬だけ向けてから、
私は再び侯爵へ向き直った。
「どのような機能があるのか、聞いてもよろしいかな?」
「ええ。たとえば――私とリュシアンに明確な敵意を持って物理的な干渉をしてきた場合、
それを倍にして返す防御機能。衣装を汚れから守る機能。
先ほどダンスの際にお見せした演出補助もございます」
そして、私はわずかに言葉を区切り、もう一度だけ侯爵夫人へ視線を流す。
「それから……衣装が仮に持ち主の元から盗まれた場合、
所在を追跡できる機能も付与しておりますわ」
侯爵夫人の顔色が、さらに悪くなった。
ベラドニア侯爵は一瞬目を細め、やがて愉快そうに小さく笑う。
「なるほど……相変わらず、公女は面白い魔道具を作る」
「恐れ入ります」
「この前、法務部で活用した魔道具も見事だった。
現場の者たちが大いに助かったと言っていた」
「光栄ですわ」
和やかな空気が一瞬だけ流れた後、侯爵は再び真剣な表情に戻った。
「さて、公女――今回の件を、どう裁く?」
つまり、処分を被害者側に委ねるということ。
貴族派筆頭でありながら、この人物が公平を重んじる理由がよく分かる。
私は微笑み、隣へ視線を向けた。
「今回は、リュシアンに決めさせますわ」
驚いたように私を見る彼へ、静かに頷く。
リュシアンは一瞬だけ息を整え、侯爵へ向き直った。
「……恐れながら申し上げます」
会場の視線が、一斉に彼へ集まる。
「本件は、意図的な衝突による軽度の妨害行為に該当すると考えます。
王国法に基づくならば、礼装の損害分の賠償、および公式の謝罪で十分かと。
――それ以上の処罰は、必要ないと判断いたします」
静かだが、揺るがない声だった。
侯爵はふむ、と小さく頷き、
「……なるほど。オーギュストの息子は、賢いようだ」
そう言って、まるで祖父が孫を褒めるかのように、リュシアンの頭を軽く撫でた。
ざわ、と周囲が一気に揺れる。
その光景を見ていたヴィオランドル侯爵夫妻の姿は、
いつの間にか人混みの中へ消えていた。
(ヴィオランドル侯爵を名前で……)
ベラドニア侯爵は、どうやら彼の父と相応に近しい立場らしい。
その夜――
王宮のパーティーで最も話題となったのは、私とリュシアンの名だった。
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