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episode22

扉が開いた、その瞬間。

会場に満ちていたざわめきが、嘘のように消えた。

貴族たちは一斉に動き、揃って臣下の礼を取る。


入場してきたのは――

国王と王妃。

その隣には王太子クリストフが幼い王女エリザベスを抱いている。

続いて側妃と、その子である第二王子アルノー。


この国の王族は、

国王夫妻とその嫡子である王太子、第三王子、第一王女。

そして側妃の子である第二王子――

それが、今この場に揃う“王家”だ。


国王には弟がいるが、その王弟はすでに臣籍降下し、公爵としてこの場にいる。

そのため王族として壇上に並ぶことはない。


第三王子エミリアンは、クロエとの婚姻が成立するまでは王位継承権を有しているが、

辺境伯家に婿入りすることもあり王太子たちよりは自由がきく。


それにしても――

パートナーを連れていない王太子と第二王子に令嬢たちが色めき立つ。

今回は王太子のパートナーを私がつとめていないことで、

自分たちにもチャンスがあるのではという令嬢は多いだろう。


(王太子殿下と第二王子殿下は、いまだ”婚約者が定まっていない”ということになっているものね)


第二王子はともかく、学園高等部3年の王太子に婚約者すらいないというのは珍しいことだ。


(その風除けをしていたのが私ではあるけれど……)


その私がリュシアンという婚約者を得たことで、王太子の周囲も騒がしくなっていくはずだ。


(今度会った時に色々言われそうね……)


そう思っているうちに、王族が上段に設えられた席へと着いた。


「――面を上げよ」


国王陛下の一言で、貴族たちは一斉に顔を上げた。


王太子殿下の膝にちょこんと座る王女殿下が、

きょろきょろと周囲を見回している。

そのすぐ隣で、王太子殿下が――こちらを見た。

そして。

……ウインク。


(相変わらずね)


内心で苦笑しつつ、私は視線だけで軽く応じる。


国王陛下はそのまま口上を述べ、


「今宵は集ってくれたことに感謝する。どうか楽しんでいってほしい」


と締めくくった。


その言葉を合図に、音楽が戻り、会場は再び華やぎを取り戻す。

これからは高位貴族から順に、王家への挨拶が始まる流れだ。

王族の入場によって、先ほどまで私たちに向いていた視線も、

自然と壇上へと移っていく。


そして、ひそひそとした囁きが広がった。


――王太子殿下、今日は王女殿下をお連れなのね

――今まではパーティーでは、セレーヌ公女がご一緒のことが多かったけれど……

――その公女が婚約なさった今、どなたが務めるのかしら?

――四大公爵家にゆかりのあるご令嬢かしら?

――近しいご年齢でいうと宰相閣下のご息女?

――それとも……私たちにも、チャンスが?


色めき立つ令嬢たちの声。


(……まあ、好きに言っているといいわ)


そんな噂をよそに、

私は今夜、リュシアンと踊れることが楽しみで仕方がなかった。


学園で一度、練習として踊ったとき。

「見て覚えました」と言った割に、彼のリードは完璧で、驚くほど心地よかった。


(あれを、今夜は皆の前で……)


そう思うだけで、自然と心が弾む。


「そろそろ、王族の方々へご挨拶に行きましょうか」


そう思って、隣を見る。

リュシアンは――

王太子殿下の方を、じっと見つめていた。

表情は変わらない。

けれど、その無表情の奥に、何か測りかねる感情が揺れている気がした。


「リュシアン?」


私が名を呼ぶと、

彼ははっとしたようにこちらを向く。


「はい」


柔らかな微笑み。


「国王陛下たちへ、ご挨拶に行きましょう」

「承知しました」


そう答え、

彼は自然な所作で私をエスコートし始めた。

――その指先が、ほんのわずかに強張っていたことに、

私は気づいていたけれど。


(こう立て続けに王族や高位貴族と向き合うとなると緊張しっぱなしよね…)


と考え、今は何も言わないでおくことにした。




******




父たち――公爵家当主たちの挨拶がひと段落したのを見計らい、

私はリュシアンとともに壇上へと足を運んだ。


今、玉座の前に残っているのは、

国王と王妃、王太子とその膝に座る王女、そして側妃のみ。

第二王子であるアルノーは、すでに下の会場へと降りているようだった。


私たちは揃って臣下の礼をとる。


「――表を上げよ」


国王の声に応え、顔を上げると、国王と王妃はにこやかにこちらを見つめていた。


「セレーヌ、久しいな。元気にしていたか?」

「はい、陛下。おかげさまで」


そう答えると、王妃が柔らかな微笑みを向けてくださる。


「学園入学、おめでとう。リアンとも仲良くしてくれてありがとうね」

「とんでもございません」


そのやり取りを、

側妃が扇子で口元を隠しながら、静かに見つめていた。

そして、ふと視線がリュシアンへと向く。


「セレーヌ公女……婚約なさったのね」


その声に、私は微笑みを崩さず一歩前に出る。


「はい。こちらが私の婚約者となります、

ヴィオランドル侯爵家のリュシアンですわ。

以後、お見知り置きくださいませ」


紹介を受け、リュシアンは一切の無駄のない、美しい所作で一礼した。

それを見て、国王も王妃も、

ほう、と感心したように目を細める。

一方、側妃は一瞬だけ冷ややかな視線を向けたのち、

私にだけ微笑みを返した。


「……そう。残念だわ。

本当はアルノーと、ぜひ婚約してほしかったのだけれど」


その言葉に、王妃がすぐさま口を挟む。


「まあ、側妃殿下。

婚約したばかりのお二人に、そんなことを仰るなんて」


微笑みながらも、きっちりと牽制する声音。

国王は苦笑しつつ、あえて何も言わなかった。


私は一歩も引かず、穏やかに言葉を重ねる。


「そのお気持ちは光栄に存じます。

ですが――私は、すでに“唯一”を見つけてしまいましたの。

申し訳ございません、側妃殿下」


そう言って、美しく微笑む。

国王が楽しそうに声を上げた。


「おお、そこまでセレーヌが気に入っているとはな。

これは想定外だ」


そして続けて、朗らかに笑う。


「早く我が息子たちにも、

そんな令嬢が見つかるとよいのだが」

「陛下、その心配はご無用ですよ」


今まで黙っていた王太子が、穏やかに口を挟んだ。


「わかっておる」


そういう国王をよそに、王太子の膝の上の王女が、


「セレだー!」


と手を振っている。

私は思わず笑みを浮かべ、軽く手を振り返した。


「王太子殿下、お久しぶりでございます」

「久しいね、セレーヌ。今日は一段と美しいじゃないか」


王国中の令嬢を虜にするような、完璧な笑顔。

遠くから、

きゃあ、という黄色い声が上がるのが聞こえた。


(本当に、相変わらずね)


そう思いながらも、私は優雅に応じる。


「ありがとうございます、殿下。

本日は婚約者を皆様にご紹介したくて、少々衣装にもこだわりましたの」

「なるほど」


王太子は目を細め、

私とリュシアンの胸元に輝くお揃いのブローチを見つめた。


「確かに……そのブローチ、かなり高度な魔道具だね」


(この距離で見抜くなんて、さすが)


内心で感心していると、王太子は楽しそうに続けた。


「私とエリザベスにも、ぜひ作ってほしいものだ」

「殿下のお願いとあらば、お安くして差し上げますわ」

「あはは、無料じゃないのか」


そう笑ったあと、殿下はふとリュシアンに視線を向ける。


「これからセレーヌのすべてを享受できる君が、羨ましい限りだ」


リュシアンは言葉を返さず、ただ静かに一礼した。

国王陛下は、その一連のやり取りをどこか愉快そうに眺めていたが、

ふと何かを思いついたように、ぱん、と軽く手を打った。


「そうだ、セレーヌ」


名を呼ばれて、私は一歩前に出る。

「久しぶりに、今日は王宮に泊まるといい。

婚約者も一緒に連れてきていいから」


その言葉に、周囲の貴族たちが小さくどよめいた。

王妃が頷いて、


「そうですね。色々と学園でのことも聞きたいし、どうかしら?」

「私は構いませんが……」


国王夫妻の誘いに私はそう返しつつ、隣のリュシアンを伺う。

その様子に国王はリュシアンを見て、


「ヴィオランドル侯爵には後ほど私から伝えておこう」


そう言われてしまえば、もう頷くしかない。


「承知いたしました」


私とリュシアンは了承の旨を返す。


すると国王陛下は、王太子殿下の腕の中で、

先ほどからずっとこちらを見つめて手を振っている王女へと視線を向ける。


「ほんとう!? セレ、お泊まり!?」


と、王女がぱっと顔を輝かせ、小さな身体を乗り出すようにして声を上げていた。


「はい、エリザベス殿下」


私は思わず頬を緩め、柔らかく微笑む。


「お招きいただけるのでしたら、ぜひ。一緒にお話しいたしましょう」

「やくそくね!」


元気いっぱいに手を振る王女に、

王太子が苦笑しながら「ほら、落ち着いて」と宥めている。


国王は満足げに頷き、


「では、楽しみにしているよ」


と告げた。


(幼いエリザベス王女に陛下は甘いものね)


「本日は、ゆっくり楽しんでいくといい」

「ありがたく存じます、陛下」


そう答えて、私とリュシアンは再び臣下の礼をとる。

壇上を辞し、

少し人の少ない位置まで下がったところで、私はふっと息をついた。


「……お疲れ様、リュシアン」

「なんだか泊まることになっちゃったわね」


そう声をかけると、

彼はほんの少し肩の力を抜き、安堵したように微笑む。


「そう、ですね。でも侯爵家に戻らなくても良いのはありがたいです」

「でしょうね」


くすりと笑いながら、私は彼の腕に手を添えた。


「でも、とても立派だったわ。さすが、私のリュシアンね」


その言葉に、リュシアンのサファイアの瞳が、わずかに揺れる。


「ですが、王宮に泊まるなど、僕のようなものが……」

「大丈夫よ。おそらく陛下はある程度のことをご存知のようだから」

「そうなのですか?」

「ええ」


私はそのまま、楽しそうに言葉を続けた。

「さて、後のことは置いておいて、まずはこのパーティーをこなしましょう。

このあとは、ダンスね」


彼を見上げ、少しだけいたずらっぽく微笑む。


「よろしければ……私と踊っていただけるかしら?」


その問いかけに、

リュシアンは一瞬驚いたように目を瞬かせ、嬉しそうに頷く。



「――喜んで。

この夜のすべてを、あなたに捧げます」


差し出された手を、私は迷いなく取る。


さあ、音楽が始まる。


今夜、誰が主役なのか――


(それを見せつけなくてわね?)

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