episode21
私とリュシアンは、会場の中でもひときわ人の集まる一角へと足を進めた。
そこには、リザンドル公爵家とアルカニス公爵家――
この王国において、王家に次ぐとされる高位貴族たちが揃っていた。
王国の中枢を担う四大公爵家。
現魔法騎士団長を輩出するリザンドル家、
現宰相を務めるアルカニス家、
現国王の弟が臣籍降下して興したフロレシア家、
そして現側妃の実家であり、貴族派の筆頭でもあるベラドニア家。
それに加え、国境を守護する唯一の辺境伯家――アイリスガルド家。
王国の中心に位置する家々が、談笑している光景は、
どうしても周囲の注目を集めてしまう。
「セレ!」
父の声が響いた瞬間、
隣を歩くリュシアンの身体が、わずかに強張ったのが伝わってきた。
(あ……)
そういえば彼は、魔法騎士団を目指している。
そして、目の前にいる私の父は――現魔法騎士団長。
憧れ、とまではいかなくても。
少なくとも、特別な存在ではあるはずだ。
ちらりと横目でリュシアンの様子を確認しながら、
私は内心でにやりと笑う。
(ここでお父様に一肌脱いでもらいましょうか)
父は以前から、リュシアンの才能を高く評価していた。
この場でそれが示されれば、評価改善どころではない。
そう考えつつ、私は家族のもとへと歩み寄った。
「遅いから心配したぞ。大丈夫だったのか?」
少し低く、けれど心配を隠さない父の声。
「ええ、問題ありませんわ」
そう答えると、
オーレリーが、父の背後からひょっこりと顔を出した。
「この子が、セレちゃんの婚約者?」
明るく、興味津々といった声音。
「ええ、そうですわ」
そう言って、私はリュシアンを促す。
彼は一歩前へ出て、
非の打ちどころのない所作で一礼した。
「ヴィオランドル侯爵家次男、リュシアン・ヴィオランドルと申します。
本日はお目にかかれて光栄です」
静かで、落ち着いた声。
姿勢、視線、間の取り方――どれも完璧だった。
家族だけでなく、共にいた宰相家の人々も、感心したように彼を見ている。
(でしょう?)
(私のリュシアンは素晴らしいもの)
内心、私はかなり得意げだった。
そんな私の様子を見て、姉のオーレリーがくすりと笑う。
「セレちゃんがそんなに気に入ってるなら、大丈夫そうね」
にこり、と柔らかく微笑んで、続ける。
「それに……なんだか、とても相性が良さそうだし!」
その言葉が落ちた瞬間、
周囲の空気が、ざわりと揺れた。
「相性、ですって……?」
「オーレリー様がそう言うなら……」
囁きが、波紋のように広がっていく。
リュシアンは、少し目を瞬かせて戸惑っている様子だった。
私はそっと彼の腕を引き、
彼がわずかに屈んだところで、耳元に囁く。
「オーレリーお姉様の“相性”や“恋愛”の直感って、不思議なくらい当たるの。
社交界では、それなりに効力があるのよ」
我が家で一番、愛に生きている女性――オーレリー。
その直感は父譲りで、なぜか恋愛事に限って的中率が異常に高い。
“オーレリー様に太鼓判を押されたカップルは、必ず幸せになる”
そんな噂が、まことしやかに囁かれるほどだ。
そこへ父、アルベールが大きく頷く。
「リュシアンの才能は、実に素晴らしいからな!」
朗らかな声で、さらに続ける。
「セレ!やはりお父様の選択は正しかっただろう!」
そして、快活に笑い出した。
その瞬間、
周囲のざわめきは、さらに大きくなった。
(ナイスです、お父様!)
心の中で盛大に拍手を送りながら、
公爵家から手放しの賞賛を浴びることになったリュシアンを見る。
彼はというと、
予想外の評価に少し戸惑った様子で、落ち着かないようだった。
私は母、アニエスに兄たちの行方を聞いた。
「ロランお兄様とジュリアンお兄様は?」
「今はそれぞれ別行動しているわ」
「そうですか」
そんな母はリュシアンを見て、微笑んでいう。
「あなたがリュシアンくんね。将来家族になるんだもの。
気楽に過ごしてちょうだいね」
そういう母の様子に困惑した様子のリュシアンは、
「はい、ありがとうございます」
と返している。
その後私たちは家族と離れて会場を少し歩くことにした。
会場を歩きながら、少し息をついた様子のリュシアンに声をかける。
「緊張した?」
「はい……少し。
でも、皆さんとても良い方々でした」
その言葉に、ほっとする。
「それなら良かったわ」
家族から離れてほどなく、いくつかの視線がこちらへ向けられる。
最初に近づいてきたのは、中立派の貴族たちだった。
「セレーヌ公女殿下、本日はお目にかかれて光栄です」
「ごきげんよう。今日は楽しんでいらして?」
穏やかな挨拶の後、彼らは自然な動作でリュシアンにも一礼した。
「ヴィオランドル令息も、本日はお会いできて光栄です」
その態度に、周囲の数名がわずかに目を見開く。
“公女の婚約者”として扱われた――それだけで意味があった。
続いて、改革派の一団。
彼らは表情を読みながら慎重に言葉を選ぶ。
「噂はかねがね。公女殿下の魔道具研究、王都でも話題です」
「光栄ですわ。研究はまだまだ途中なのですけれど」
彼らの視線は、評価と計算が半分ずつ。
だが、リュシアンに対しても最低限の礼を崩さない。
一方――
貴族派の数名は、明らかにリュシアンを“存在しないもの”として扱い、
私にだけ挨拶をして通り過ぎていった。
私は何も言わず、扇子を静かに開く。
ぱさり、と小さな音。
それだけで、何人かの視線がこちらへ戻った。
そこへ、一人の令嬢が歩み出る。
「ごきげんよう、セレーヌ公女殿下」
「ごきげんよう」
「本日は……ずいぶん個性的なエスコートをお選びになりましたのね」
私は口元に扇子を当て、柔らかく微笑む。
「ええ。今までで一番誇らしい選択だと思っているわ」
私がそう言った瞬間、周囲で聞き耳を立てていた貴族たちがざわめいた。
――今までで一番、ですって……?」
――公女殿下はこれまで、王太子殿下のエスコートを受けていらしたはず……
――つまり、それ以上ということか……?
小声のさざめきが、波のように広がっていく。
――ずいぶん、はっきりおっしゃるのね
誰かの囁きに、私は扇子を閉じ、軽く肩をすくめた。
「だって事実ですもの。
誇らしいと思う相手を、誇らしいと言って何がいけないのかしら?」
そのまま隣を見上げ、微笑む。
「ねえ、リュシアン?」
ざわめきは、先ほどよりも一段深く、会場へと広がっていく。
私に話しかけてきた令嬢は周囲のざわめきに焦りつつ、話を続けてくる。
「ですが、社交界というものは」
「努力と実力を重んじる場所、でしょう?」
扇子を閉じ、静かに視線を合わせる。
「剣技も魔法も優秀。所作も完璧。
これ以上、何を求める必要があるのかしら?」
令嬢は一瞬言葉を失った。
「それとも」
扇子を軽く傾ける。
「私の父が決め、私が認めた婚約者に、
何か不足があるとおっしゃりたいの?」
静かに告げたその一言に、令嬢の唇がぴたりと止まった。
何か言い返そうと開きかけた口は、
しかし言葉を見つけられないまま小さく震えるだけだった。
私はゆっくりと扇子を閉じ、その先をそっと口元へ当てる。
そして、困ったように小さく首を傾げながら、
ほんの一歩だけ彼女との距離を縮めた。
「……どうしましょう」
柔らかな声音でそう呟き、周囲には聞こえないほどの小声で続ける。
「あなたぐらいでは、私とはやり合えないわよ」
令嬢の瞳が大きく揺れた。
「あなたを焚き付けた方々に――そう伝えておいてちょうだい」
ぱっと顔色を失った令嬢は、何かを言おうとして結局何も言えず、
深く頭を下げると、そのまま足早にその場を去っていった。
そして――
周囲は、まるで合図でもあったかのように静まり返った。
さざめいていた会話も、グラスの触れ合う音さえも、どこか遠くへ退いていく。
その静寂の中、背後から低く重みのある声が響く。
「セレーヌ公女」
振り向けば、そこに立っていたのは
ヴィオランドル侯爵、そしてその隣に並ぶ侯爵夫人だった。
侯爵は表情を崩さぬままこちらを見据え、
侯爵夫人は微笑みの形だけを整えた口元で、冷たい視線をまっすぐリュシアンへと向けていた。
それまで黙って私の隣に立っていたリュシアンの身体が、
はっきりと強張ったのがわかった。
私はドレスの影に隠れるようにして、そっと彼の手を握る。
きゅっと、迷いなく。
それに気づいたリュシアンが、驚いたようにこちらを見た。
サファイアの瞳が、不安に揺れている。
(大丈夫よ)
そう、微笑みだけで伝える。
やがて侯爵が一礼した。
「セレーヌ公女。
ご挨拶が遅れまして、申し訳ない」
その視線は、最初から最後まで私だけに向けられていた。
隣に立つ息子など、まるで存在しないかのように。
私は令嬢の仮面を完璧に貼り付け、優雅に微笑む。
「ええ、ご機嫌よう。
いいえ、こちらこそ……そちらの大切なご子息をいただくというのに、
ご挨拶が遅れてしまいましたわね、ヴィオランドル侯爵」
わざと、はっきりと強調する。
すると――
「大切、ですって?」
鋭い声が割り込んだ。
侯爵夫人が、リュシアンを睨みつけるようにして一歩前に出る。
「公女様に、このようなものが相応しいはずがありませんわ。
今からでも、うちのバスティアンと婚約者をお取り替えになった方がよろしいのでは?」
ぎゅ、と。
握っていたリュシアンの手に、力がこもる。
彼の顔色が、目に見えて悪くなった。
私は扇子を口元に添え、
氷のような視線で侯爵夫人を見る。
「……それは、どういうお言葉でしょうか。侯爵夫人」
声は低く、しかし澄んでいた。
「先ほどのご令嬢しかり、貴族派の皆様方は少々勘違いなさっているようですね」
「我が父――リザンドル公爵が決め、国王陛下に認められたこの婚姻に、
異を唱えると、そうおっしゃるのかしら?」
(そう、これはあなたたちがどうこう言える立場にないのよ)
私は扇子を軽く揺らし、首を傾げた。
「それとも……
侯爵家では、王国の婚姻制度とは異なる“独自の慣習”があるのかしら?
もしそうでしたら、私の認識不足でしたわ」
柔らかな声音。
だが、その場にいた者なら誰もが理解できる。
――“あなたの家、王家より偉いつもり?”
侯爵夫人は、ぴくりと肩を震わせた。
「なっ……!
そ、そんな意味ではありませんわ!」
声が一段高くなる。
「ただ私は、公女様の将来を思って――
血筋も、育ちも、立場も曖昧な者が隣に立つなど、
社交界の常識として如何なものかと申し上げているだけです!」
私は微笑みを崩さない。
「まあ……“常識”。
それは興味深いお言葉ですわ」
扇子で口元を隠し、少しだけ目を細める。
「私が存じ上げている“社交界の常識”では、
公の場で他家の婚約者を貶める行為こそ、最も慎むべき振る舞い
――と教わってきましたけれど」
周囲の貴族たちが、ざわりと空気を揺らす。
「そ、それは……!」
侯爵夫人は、もはや取り繕う余裕を失っていた。
「公女様はお若いから、まだご存じないのですわ!
妾の子というものは、どれほど取り繕っても――」
その瞬間。
私は扇子を閉じた。
音は小さい。
だが、場の空気が一気に凍る。
「……侯爵夫人」
にこやかなまま、声だけが一段落ちる。
「“血”で人の価値が決まるのであれば、
それを最終的に裁くのは――
人ではなく、王国の制度と女神の理でしょう?」
一拍、間を置く。
「少なくとも、
私の婚約者を選ぶ権利は、侯爵夫人にはございませんわ」
完全な正論。
そして完全な拒絶。
「な……なんですって……!」
侯爵夫人の顔が、怒りで赤く染まる。
「公女様は……!
ご自分がどれほど恵まれた立場にいらっしゃるか、
少しもお分かりでないのですわね!!」
声が、完全に裏返った。
「だからこそ、そんな出来損ないを――!」
「――やめなさい。公の場だ」
ついに、侯爵が低く、強い声で遮った。
けれど、侯爵夫人の耳には届いていない。
「なぜ――なぜ、このような薄汚れた妾の子が、
よりにもよってセレーヌ公女と婚約するのです!」
声が、次第に甲高くなる。
「私のバスティアンの方が、よほど相応しいに決まっていますわ!
お前など、今そこに立っていることすら烏滸がましい!」
吐き捨てるような言葉。
「――いい加減にしないか!!」
ついに侯爵が怒鳴った。
その剣幕に、私は一瞬だけ目を丸くする。
(あら……)
どうやら侯爵自身は、この婚約に反対していないらしい。
夫婦の間で、明確な温度差がある。
私は再び、リュシアンの手を強く握り直す。
彼が、はっとしたようにこちらを見る。
その視線に、私は優しく微笑みを返した。
そして――
場の空気を一変させるように、柔らかく口を開く。
「侯爵夫人……少々、お疲れのようですね」
にこやかに、しかし逃げ場を与えない声音。
「リュシアンを貶める噂が、どこからか流れていることは承知しております。
ですが――まさか、夫人ご自身の口から、
そのような戯言をお聞きすることになるとは思いませんでしたわ」
扇子を閉じ、すっと視線を細める。
「これ以上お話しになられますと……
今度は、あなたの評判に傷がつくだけですもの」
ぴたり、と言い切る。
「……ねえ、侯爵?」
助け舟を差し出すように名を呼ぶと、
侯爵は一切表情を崩さぬまま、深く頭を下げた。
「……妻が失礼いたしました」
その瞬間――
「母上、どうされましたか」
穏やかな青年の声が、場に落ちる。
振り向くと、そこに立っていたのはバスティアンだった。
「バスティアン……!」
侯爵夫人は縋るように息子へ駆け寄る。
「なぜ、なぜなの……
どうしてあの子が、公女様と……」
「そもそも今日は来れないようにしたはずなのに……」
譫言のように繰り返しながら、夫人はバスティアンに取りすがる。
(あらあら、自分が犯人ですと言っているようなものなのだけれど)
(リュシアンが問題なく私のエスコートをしているのがよっぽどこたえているようね)
「母上、どうか落ち着いてください」
彼は優しく母を支え、そしてこちらへ向き直った。
「セレーヌ嬢。
母がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
困ったような笑み。
「私を思うあまり、気持ちが昂ってしまったようです」
その言葉に、私はにこりと微笑む。
「まあ……なんて素敵な家族愛でしょう」
そして、わざとらしいほど優雅に続けた。
「でしたら、私も――
愛するリュシアンに、
精一杯の愛情をもって接しなくては、ですわね?」
そう言って。
ドレスの陰で繋いでいた手を、あえて持ち上げる。
そのまま――
リュシアンの手の甲に、そっと口づけた。
「……!」
「セ、セレーヌ様……!」
リュシアンの頬が、みるみる赤く染まる。
周囲が、どよめいた。
「侯爵夫人のバスティアンお兄様への愛情には、負けませんわよ?」
くす、と笑って言い添える。
バスティアンは一瞬、確かに驚いた表情を見せたが、
すぐにそれを隠し、母を支え、場を収めるように一礼し立ち去ろうとした、その瞬間。
私は、扇子を閉じる音も立てずに、静かに声をかけた。
「――お待ちくださいませ、バスティアンお兄様」
柔らかな呼び止め。
けれど、足を止めざるを得ない“重さ”がそこにある。
彼は振り返り、困ったように微笑んだ。
「いかがなさいましたか、セレーヌ嬢」
「いえ。ただ……」
私は、少しだけ首を傾げる。
「お話が、まだ終わっていないように思えましたの」
その言葉に、侯爵夫人がぴくりと反応する。
セレーヌは、扇子を閉じたまま、あくまで柔らかく口を開いた。
「侯爵夫人。
先ほどのお言葉――ご長男を思ってのものである、
そうバスティアンお兄様はおっしゃっていましたわね」
バスティアンが、少し安堵したように頷く。
「ええ、セレーヌ嬢。
母はただ、私の兄として当然の立場を――」
「ええ、理解しておりますわ」
遮らず、肯定する。
だが、そのまま一歩、言葉を進める。
「ですが……」
視線を、今度は静かにリュシアンへ向ける。
「その“当然”の結果として、
私のリュシアンが傷ついたという事実は、変わりませんの」
リュシアンの肩が、わずかに震える。
侯爵夫人が反論しようと口を開くより早く、
セレーヌは穏やかに続けた。
「それに、少々気になりまして」
首をかしげる仕草は、あくまで優雅に。
「このような公の場で感情を露わにされますと、
周囲の方々は、こう受け取ってしまうかもしれませんわ」
一瞬、間を置く。
「――
『ご長男は、
弟よりも恵まれた立場にありながら、それでもなお婚姻に結びつかないほど、
ご縁に恵まれない哀れな方なのだ』と」
ざわ、と空気が揺れる。
バスティアンの表情が、一瞬だけ硬直した。
「そ、そんな……!」
「ええ、私もそうは思いません」
すぐに否定する。
だからこそ、逃げられない。
「ですが、
侯爵夫人のお言葉は、そう誤解されても不思議ではない響きでしたわ」
セレーヌは、ほんの少しだけ首を傾げる。
その仕草は、あくまで思いやるようで。
「もし――
ご長男のご縁について、お心を痛めていらっしゃるのでしたら」
一拍、間。
「姉のオーレリー――
アルカニス小公爵夫人に、恋愛のご相談でもなさいます?」
にこり、と柔らかな微笑み。
「愛情にまっすぐ生きてきた方ですし、
こと“相性”や“縁”については、社交界でも一目置かれておりますの」
周囲から、くすり、と笑いが漏れる。
「もっとも……」
扇子の先を、ほんのわずかだけ下げる。
「姉が太鼓判を押すのは、
“互いを尊び合える関係”に限られますけれど」
(私たちのように…ね?)
そんな風に微笑んで見せると、バスティアンの表情がほんの一瞬だけ凍りついた。
扇子の先を、ほんのわずかだけ下げる。
「ですから……」
視線を、夫人とバスティアンの二人に平等に向ける。
「そんな風に皆様にご子息たちが思われないよう、
ここで一度、お二人に対して、謝罪なさるのが最も穏当ではございません?」
「……!」
侯爵夫人が息を詰まらせる。
「私のリュシアンは、不要な言葉で傷つけられ
」
視線をバスティアンへ移す。
「バスティアンお兄様は、
母君の子を思う大きすぎる愛情によって、身に覚えのない評価を背負わされかねない」
にこやかに、しかし容赦なく。
「どちらも、母として本意ではありませんでしょう?」
沈黙。
侯爵夫人は唇を震わせ、しかし謝罪の言葉は出てこない。
その瞬間。
「……セレーヌ様」
リュシアンが、静かに声を上げた。
「僕は、大丈夫です。
どうか、これ以上は……」
その言葉に、セレーヌは一度だけ彼を見る。
そして、微笑んだ。
「そう?あなたがそう言うなら」
再び夫人へ向き直る。
「では、この場では――
私のリュシアンの寛容に免じて、これ以上は申しませんわ」
“あなたの立場を守った”とは言わない。
“許してあげた”とも言わない。
ただ一言。
「どうか、
あなたのご子息たちを、くれぐれも大切になさってくださいませ」
侯爵夫人は、何も言えず、視線を逸らす。
バスティアンは深く一礼し、
母の肩に手を置いてその場を離れていった。
残された侯爵は、再び私に頭を下げる。
「我が家の者が、重ねて失礼いたしました」
「いえ、少々やりすぎてしまったかしら?私のリュシアンを悪く言われるとつい…ね?
侯爵夫人に申し訳ないことをしてしまいましたわ」
それを聞いて侯爵が一瞬だけ、リュシアンを見る。
そこに憎悪はない。
視線を戻し、淡々と告げた。
「リュシアンが、公女のお眼鏡に適ったのであれば、何よりです。
今後とも、よろしくお願いいたします」
そう言って、彼もまた去っていった。
ヴィオランドル侯爵家が離れると、周囲のざわつきは、ようやく落ち着きを取り戻す。
私はリュシアンに向き直った。
彼は、申し訳なさそうな表情で私を見る。
「……ご迷惑を、おかけして……」
「もう、リュシアンったら。違うわ」
きっぱりと遮る。
「あなたのことは、どんな些細なことでも私にとって迷惑でも何でもないの。
よく覚えておいてね?」
そう微笑むと、
リュシアンの目尻が、少しだけ和らいだ。
「……はい」
そのとき――
会場に流れていた演奏が止んだ。
(国王陛下たちの入場ね…)
私たちは、同時に入口の方へ視線を向けた。
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