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episode19

王立学園に入学してから、気がつけば半年が過ぎていた。


「ねえセレちゃん、リュシアンくんもだいぶ慣れてきたみたいだね」


廊下を歩きながら、クロエがくすっと笑う。

その視線の先には、少し後ろを歩くリュシアンとエリクの姿があった。


「ええ、そうね。よかったわ」


 そう答えると、クロエは肩をすくめる。


「それにしても、前は“騎士科にいるらしい”くらいしか知られてなかったのに。

最近は完全に有名人みたいだよ?」

「エリクが隣にいるっていうのもあるかもな。彼は目立つから」


リアンが苦笑しながら言う。


「まぁ、あれだけ一緒に行動してたらね。噂も勝手に修正されるよ」


私は小さく頷いた。


「それが狙いでもあるの。ね、エリク」

「はいはい、風除け兼広告塔ですか、俺は」


エリクは冗談めかして言いながらも、リュシアンの肩をぽんと叩いた。


「なぁ、最近変な絡まれ方してないだろ?」

「そう、ですね……今のところは」


リュシアンは少し考えるようにしてから、そう答える。

その様子を見て、私は内心で安堵した。

――今のところ、表立った敵意はない。

それは、エリクがそばにいることも大きい。


「正直さ、昔の噂だけ聞いてたら、こんなやつだって思わないよな」


エリクがぽつりとこぼす。


「出来損ないだの、妾の子だの……言いたい放題だったし」

「……」


リュシアンがわずかに視線を伏せたのを、私は見逃さなかった。


「だからこそ、表に出る必要があったの」


私ははっきりと言った。


「噂は、本人を見せるのが一番早いでしょう?」


リアンが「確かに」と頷く。


「それに、もうすぐだしね」

「ええ」


私は歩きながら、ふっと先のことを思い描く。


「王家主催のパーティー」


その言葉に、リュシアンの肩がわずかに強張った。


「……あの、セレーヌ様」

「なあに?」

「本当に私がパートナーでよろしいのでしょうか。やはり、あの規模のものは……」

「大丈夫よ」


私は即座に言った。


「誰がなんと言おうが、私の隣はもう、貴方だけの場所なのだから」


リュシアンは一瞬驚いたように目を見開き、それから小さく微笑んだ。


「……はい」


けれどその微笑みの奥に、緊張と不安が混じっているのは明らかだった。


「でも、リュシアンくんも前に参加したことはあるんだよね?」

「王家主催のものは……義務として、はい。ただ……」

「「ただ?」」


クロエの質問に言いにくそうに答えるリュシアンと、

その続きを促すクロエとエリクの声が重なった。


「なるべく目立たないように、と。家族に言われていましたので……」


そう言って、どこか淡々と続ける。


「会場の端で、皆様の所作や会話を見ているだけでした。

勉強にはなりましたから、それで十分だと思っていました」


――ああ、本当に。

どんな扱いを受けてきたのか、わかってしまう。


「今回は違うわ」


私はきっぱりと言った。


「今回は、あなたは“私の婚約者”として”侯爵家の人間”として立つの」


「まぁ、あなたのことをどう思っているかわからない侯爵家よりも、

早く我が家の一員として立って欲しいけどね?」


リュシアンは言葉を失い、少し遅れて頷いた。


「……はい」


その横顔を見ながら、私は内心で気合を入れる。

王家主催となれば、ほぼすべての貴族が集まる。

私とリュシアンの婚約のお披露目のような形になるはずだ。

そして――彼の家族との正式な対面もあるだろう。

風当たりが強くならないはずがない。

だからこそ。


「……ふふ」


気づけば、私は少し笑っていた。


「セレちゃん?」


クロエが不思議そうに首を傾げる。


「なんでもないわ。ただ……」


最近、私が何に心血を注いでいるかを思い出していただけ。


「楽しみなことがあるだけよ」


その“楽しみ”の正体は、もちろん。

――リュシアンの、パーティー衣装!!!


(いつかリュシアンを上から下まで全身飾り立てたいと思っていたけど、

思ったより早くその日がきて最高の気分だわ!!)


 

数日後。

私は実家に戻り、デザイナーとの最終調整に臨んでいた。


「セレーヌ様、こちらでいかがでしょうか」


声に呼ばれて振り返る。

そこに並べられていたのは、ひと目で息を呑むほど美しい男女の衣装だった。

色も、意匠も、完璧な対。


「ええ……」


思わず、声が柔らかくなる。


「素晴らしい出来よ」

「ありがとうございます」


デザイナーは満足そうに微笑んだ。

私はその衣装をしばらく見つめ、それから窓の外へと視線を向ける。


「さぁ……」


胸の奥が、少しだけ高鳴る。


「これを、リュシアンに見せに行かなくちゃね」


嵐の前の、静かな期待を抱きながら。




*******




――パーティー会場で、一番美しいと言われるのは誰か。

答えは最初から決まっている。

私の婚約者、リュシアンだ。


「……よし」


デザイナーたちが下がった後、私は改めて並べられた衣装を見つめた。

全体は空色を基調にした生地。

光を受けるたび、銀糸が淡くきらめき、雪が舞うような錯覚を与える。


テーマは――冬。

光に当たると柔らかく輝くグレーの髪。

サファイアのように澄んだ青の瞳。

彼を見ていると、どうしても雪と静謐な冬景色が浮かぶのだ。


「……完璧ね」


私自身のドレスも同じ空色。

幾重にも重ねた繊細なレースが、歩くたびに雪片が散るように揺れる。

そして、二人の胸元にはお揃いの水色の大きな魔鉱石を嵌め込んだペンダント。

私はその魔鉱石に指先で触れた。


「少しだけ、ね」


宝石の内部に、いくつかの魔法陣を丁寧に刻み込む。

光に溶け込むように、静かに定着する魔力。


(――これでよし)


「何もなければいいけれど……」


そう思う一方で、何もないとは思えない自分もいた。


(念のため、ね)


私は衣装を丁寧に梱包するよう指示し、急いで学園へと戻った。




******




寮に戻るなり、私は耳元のピアスに魔力を込める。


「リュシアン?」


少し間が空いてから、柔らかな声が返ってきた。


『セレーヌ様? ご実家からお戻りだったんですね』

「ええ。ね、少しこちらに来てくれない?」

『かしこまりました』


数分後、部屋の扉がノックされリュシアンが現れた。


「忙しくなかったかしら?」

「問題ありません。何かございましたか?」


その問いかけに、私は微笑んで指を鳴らした。

ぱちん、と音が響いた瞬間。

二人の前に、男女一式のパーティー衣装が現れる。


「……これは……」


目を見開くリュシアンに、私は少し得意げに言った。


「今度の王家主催パーティーで着る衣装よ」

「これ……僕の、ですか?」

「もちろん。あなた以外に誰がいるのよ。

これがあなたにとって本格的な社交の場になるでしょう?」


私は彼の手を取り、続ける。


「記念に、どうしても送りたくて」

「お揃いにしてみたの!どう?」


その瞬間だった。

ぐっと手を引かれ、私は彼の胸にすっぽりと収められる。


「……っ」


強く、けれど優しく抱きしめられる。


「ありがとうございます……」


その声は、少し震えていた。


「……リュシアン?」


返事はなく、ただ腕の力だけが強まる。

私は何も言わず、彼の背に手を回し、静かに頭を撫でた。


「大丈夫よ」


しばらくそうしていると、彼の呼吸が少しずつ落ち着いていった。




******




「サイズも……問題なさそうね」


仮合わせを終え、私は満足げに頷いた。

すると、リュシアンが私をじっと見つめ、小さく呟く。


「……僕は、セレーヌ様にばかり、もらってますね」

「……?」

「何もお返しできなくて……不甲斐ないです」


私はきょとんとしてから、彼の両頬を両手で挟んだ。


「何を言っているの?」


目線を合わせ、はっきりと言う。


「あなたの存在そのものが、私にとって人生最高のプレゼントよ」


彼の瞳が揺れる。


「だからね、リュシアン」


にっこりと笑って続けた。


「あなたは息をしているだけで、私に幸せを運んでくれているの」

「……」

「私のサファイアの妖精さん」


そう呼ぶと、案の定、彼の瞳に涙が溜まる。


「ああもう……いつの間にこんなに泣き虫になったのかしら」

「……セレーヌ様のせいです」


私は親指でそっとその涙を拭った。




******




衣装の確認を終え、二人でソファーに腰掛け、しばしのんびりと過ごす。


「そういえば」


私はふと思い出したように口を開いた。


「パーティーの日、一度リュシアンも実家に戻るのよね?」


ほんの一瞬の沈黙。


「……そう、ですね」


少し間を置いて、彼は答えた。


「そうなると思います」


それ以上は聞かない。

話したい時に話せばいい。


「何かあったら、連絡してね」


私は穏やかに言った。


「当日、何が起こるかわからないから」


リュシアンは微笑み、頷く。


「はい」


――その微笑みの奥に、わずかな緊張があることに気づいてしまって。

 

(何も起こりませんように)


そう願わずにはいられなかった。




******




そして、王家主催のパーティー当日が訪れた。

リュシアンは用意した衣装を携え、いったん実家へと戻っていった。

私は私で、公爵家の屋敷にて身支度を整え、王宮へと向かう。


「今回のセレーヌも実に見事だな」

「本当に……我が娘ながら誇らしい」


満足げに頷く兄たち。


「ジュリアンお兄様はお久しぶりですね。お元気でしたか?」

「ああ、最近忙しくてさ。セレにあえてとても嬉しいよ」

「私もです」


次兄のジュリアンは魔法師団に所属しているエリート魔法師だ。

幼い頃からその背中を追いかけてきた私にとって、母と並び、最も憧れている存在の一人でもある。

強く、正確で、誰よりも冷静に魔法を扱うその姿を見ていると、自然と胸が高鳴る。


(魔法師団にすごくこだわっているわけではないけれど……)

(お母様と、そしてジュリアンお兄様に少しでも近づけるように)


私は日々、魔法を磨き続けている。


(それにしても……)

(お父様は相変わらずね……)


父は、先ほどから母に向かって「綺麗だ」「美しい」「自慢の妻だ」と褒め言葉を惜しまない。

その様子に思わず苦笑していると――


「セレちゃ〜ん!」


聞き慣れた、明るく弾む声。


「……オーレリーお姉様!」


振り返った瞬間、私は駆け出していた。

抱き合うと、姉は相変わらずの勢いで、


「久しぶりね! 今日も本当に可愛いわ!」

「お姉様こそ……お変わりなくて安心しました」


その背後から、少し困ったような声音が割り込む。


「オーレリー、私を置いていかないでくれ」


現れたのは、穏やかな微笑みを湛えた青年だった。


「お久しぶりです、サイラートお義兄様」

「やあ、セレーヌ。今日も実に美しいね」


宰相を務めるアルカニス公爵家の長男――

姉オーレリーの夫であり、次期宰相候補筆頭。

サイラート・アルカニス。


「そういえば、セレーヌは婚約したんだろう?おめでとう」

「はい。ありがとうございます」


そう答えると、オーレリーが周囲をきょろきょろと見渡した。


「それで? その婚約者はどこ?」

「そうですね……そろそろだと思うんですが」


――その瞬間だった。

視界の端、入場口付近に見覚えのある一団が映る。

ヴィオランドル侯爵と侯爵夫人、そして長男バスティアン。

けれど――


(……いない)


肝心の人物が、そこにいなかった。

胸の奥に、嫌な感覚が走る。


「……少し探してきます」

「セレちゃん?」

「皆さんは先に会場に入っていてください!」


呼び止める声を背に、私はその場を離れた。

耳元で揺れる、彼との通信用の魔道具。

そこにそっと魔力を流し込む。


「リュシアン?」

『……セレーヌ様……?』

「よかった!あなたどこに……」


そこまで言って、リボンの方の魔道具がリュシアンがどこにいるのか感知

して私に位置を教えてくれる。


「あなた……もしかして、まだ侯爵邸にいるの!?」


思わず声が強くなる。

魔道具越しに聞こえてきた返事は、かすれたほど小さかった。


『……はい』


その一言だけで、胸の奥がざわりと波立つ。

いつもの落ち着いた声ではない。今にも途切れてしまいそうな、震えた声。


「……今、あなたの周りに誰かいるかしら」


一瞬の沈黙のあと、


『いえ、一人ですが……』


と返ってくる。


「わかったわ。少し待っていて」


そう言い切った瞬間、私は躊躇なく足元に魔法陣を展開した。

金色の光が床に広がり、空気が微かに震える。次の瞬間、視界が白く弾けた。


――景色が切り替わる。


辿り着いたのは、あまりにも質素な部屋だった。

使用人部屋よりもさらに簡素と言っていい。

小さなベッド、使い古された机、軋む椅子。装飾など一切なく、壁紙すら色褪せている。


窓際に立っていたリュシアンが、はっとしたように振り向いた。


「セ、セレーヌ様!?」


驚きに見開かれたサファイアの瞳。

けれどその姿は、いつもの彼とはまるで違っていた。

身につけているのは貴族の子息とは思えない、平民の作業着のような粗末な服。

袖口も少しほつれている。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


「やっぱり、何かあったのね」


そう静かに言うと、彼の表情が一瞬で崩れた。

唇が震え、言葉を探すように視線が揺れる。


「衣装が……なくなってしまって」


そこで言葉が途切れ、ぽろり、と一粒の涙が頬を伝った。

次の瞬間、私はもう動いていた。

距離を詰め、何も言わずその身体を抱きしめる。


「……大丈夫よ。私が来たでしょう」


腕の中で、彼の肩が小さく震えた。


面白いと思ってくださった方!ぜひ高評価、ブックマーク、リアクションよろしくお願い致します!

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