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episode16

「エリク、突然呼んでしまってごめんなさいね」


そう声をかけると、ソファーに腰を下ろしていたエリクは肩をすくめた。


「いや? 問題ないけど。で、何かあった?」


軽い調子のその言葉に、私は小さく微笑む。


「リュシアンに、私たちの関係を話そうと思って」


その一言で、エリクはすぐに察したようだった。


「あー……なるほどな」


そう言って背もたれに体を預ける。

けれどすぐに、ちらりとリュシアンの方を見て、少しだけ真面目な声になった。


「いいのか、姫さん。話して」

「ええ」


私は迷いなく頷く。


「許可はもらっているもの。問題ないわ」


その答えに、エリクは「なら俺は口出ししねぇ」とだけ言って、

それ以上は踏み込まなかった。


そのやり取りを、リュシアンは少し困惑したような表情で見つめていた。

私は彼に向き直る。


「ねぇ、リュシアン。あなたはこの国の建国神話を知っているかしら?」


突然話題を振られ、リュシアンは一瞬考えるように視線を彷徨わせた。


「……確か、初代国王が女神と共に荒れ地を拓いた、という話ですよね?」

「ええ。そうよ」


私は静かに頷き、語り始める。



 昔、この王国の大地は枯れ果て、人々が住むことなど叶わない土地でした。

 そこに一人の勇敢な若者が現れ、二つの特別な力を持つ女神の助けを借りて、

 この地を人が住める国へと変えたのです。

 その若者こそが、初代国王。

 そして女神は、彼の妃となりました。

 二人の間には、三人の王子が生まれます。

 第一王子は、王としての資質を受け継いだ子でした。

 けれど彼には、女神の力は宿りませんでした。

 一方、二人の弟たちは違った。

 第二王子は、女神の持つ力の一つ――聖なる力を。

 第三王子は、もう一つ――闇の力を。

 第二王子は、兄を支えたいと願い、その力を王国のために使いました。

 けれど第三王子は、兄への嫉妬から、その力を己のためだけに使ったと言われています。

 王国にとって必要とされたのは、聖なる力でした。

 第一王子の治世は、第二王子の助けもあり、長く平和が続きます。

 闇の力を己のために振るった第三王子は、人々の信頼を失い、孤立し――やがて城を去りました。

 それでも、第二王子には分かっていたのです。

 自分の持つ力と対になる力が、まだ王国のどこかに残っていることを。

 彼は探し続けました。

 けれど、第三王子を見つけることは叶わなかった。

 女神の二つの力は、今もなお、王国のどこかで息づいている――。



語り終えた部屋に、しばし沈黙が落ちる。

リュシアンは、無意識のうちに息を詰めていた。

とくに「ひとりぼっちになった」という言葉のところで、指先がわずかに強張っていたのを、

私は見逃さなかった。


「……それは、おとぎ話ではないんですか?」


ぽつりと、彼が呟く。


「国民には、そう伝えられているわ」


私は静かに答える。


「でも実際には――この力は、今も存在しているの」


リュシアンの瞳が、わずかに揺れた。


「第二王子と第三王子の子孫たちの中に、時折、その力を扱える者が生まれるのよ」

「聖なる力は、回復魔法の上位のようなものかしら。

癒し、成長を促し、穏やかさをもたらす力」

「そして闇の力は……その反対。

使い方を誤れば、苦しみや腐敗をもたらすと、そう“言われている”わ」


私は言葉を選びながら続けた。


「この王国では、その闇の力の欠片が、時折現れるの。

それを――呪詛と呼んでいるわ」

「呪詛は、単なる毒でも、魔法攻撃でもないの。

症状は様々ね。土地に作物が育たなくなることもあれば、川が汚染されることもある。

人に関していえば、魔力が使えなくなる者、身体の一部が動かなくなる者、

強い倦怠感に襲われる者。色々あるわ」


その瞬間、リュシアンの唇がかすかに動いた。


「……それって……」

「あの時の、怪我は……」


彼は言葉を飲み込みながら、私を見る。


(察しが良くて助かるわね……)


「呪詛は回復魔法では治らない。別の魔法を用いなければいけないの」


私は頷いた。


「あなたの腕に刻まれていた、回復魔法では治らなかったもの。

あれは、呪詛だったのよ」


理解が追いつかない、というように、リュシアンは目を見開いたまま固まっている。


「……じゃあ」


震える声で、彼は続けた。


「それを、治した……セレーヌ様は……」


私は、一拍置いてから、彼を真っ直ぐに見つめる。


「そうよ」

「私は、建国神話に語られている、聖なる力を扱うことができる存在。

――聖女と呼ばれているわ」

「……聖女……」


私が告げた言葉を、リュシアンは半ば無意識のように繰り返した。

サファイアの瞳が揺れ、理解しようと必死に何かを噛み砕いている。


「それでね」


私は、彼を急かさぬよう、静かに続きを口にする。


「聖なる力を受け継いだ血筋自体は、この王国に少数だけれど存在しているの。

でも――それを“きちんと扱える才能”に恵まれた人は、ごくわずかなのよ」

「私のように、女神の力を完全に扱える覚醒者を、王国では聖女や聖人と呼んでいるわ」


リュシアンは、じっと私を見つめている。

逃さないように、ひとつも聞き漏らさないように。


「そして完全ではないけれど、小さな呪詛なら対処できる力を持つ者たち

――その人たちを、聖騎士と呼んでいるの」

「でな」


そこで、今まで黙っていたエリクが、急に会話に割り込んだ。


「俺がその聖騎士ってわけ!」


にかっと、屈託のない笑顔。

まるで大したことじゃないと言わんばかりの声音だった。

リュシアンは言葉を失い、私とエリクを交互に見た。

目が、わずかに泳いでいる。


「俺さ」


エリクは、頭の後ろで手を組みながら続ける。


「小さい頃から辺境伯家の後継として育てられてたんだけど、

本音を言えば、自由に冒険者として生きたかったんだよ」

「そんな時に姫さんに言われたんだ。

“あなたには聖騎士の素質がある”って」


エリクはちらりと私を見て、少しだけ照れたように笑う。


「それでさ、同時に言われたんだよ。

“やりたいことを、やらせてあげる”って」

「……だから俺は聖騎士になった。

姫さんの“使える騎士”ってわけ」


その言葉を引き継ぐように、私は説明を重ねる。


「聖女である私に仕える聖騎士は、エリク以外にも何人かいるわ。

皆、王国の各地で呪詛が発生した際に対処してもらっているの」

「それ以外の時間は、基本的に自由。

エリクも一応は高位貴族だから、辺境伯家に籍を置いたまま、

学園に通わせてはいるんだけど、学園を離れてやりたいようにやらせていたわ」

「もちろん最低限の社交と学園卒業のための単位取得だけはお願いしているけれど、

それ以外は好きにさせているの」

「エリクのお父様にも言われているしね」


エリクが肩をすくめる。


「楽させてもらってまーす」


私は苦笑しつつ、視線をリュシアンへ戻した。


「でも今回――あなたが呪詛を受けた」


その瞬間、リュシアンの指先が、ぴくりと震えた。


「学園という場所で、しかも不自然な形で。

だからエリクには戻ってきてもらったのよ」

「呪詛の発生源の調査と――一応、姫さんの手助けも兼ねてな」

「そういうことね」


エリクが軽く付け足す。


「そもそも学園で呪詛が出る時点で異常だしな」


私は、ふと思い出したように言葉を足す。


「さっき、エリクがすぐにこの部屋に来られたのはね、私が作った魔道具のおかげなの」

「私のこの指輪とエリクが持っているピアスで遠隔に話ができるようにしてあるのよ」


エリクは耳元のピアスを指で弾いた。


「これな。便利だぜ」


一通り説明を終え、私は最後にまとめるように言った。


「つまり――私とエリクは、幼馴染で、友人で、そして主従関係。

それ以上でも以下でもないわ」


その言葉のあと。

リュシアンは、しばらく黙っていた。

感情の読めない表情で、静かに――


「……そうですか」


と、呟く。


その様子に、私は小さく首を傾げた。

まだ何か、引っかかっている?

すると、エリクが苦笑しながら口を開いた。


「姫さんさ」

「多分リュシアンが一番気にしてるのって、俺と姫さんが恋愛関係なのかとか、

姫さんの信頼が一番厚いのが俺なのかとか――そういうことじゃね?」


びくり、と。

リュシアンが、分かりやすく肩を跳ねさせた。


「あぁ……なるほど!私ったら重大なことを伝え忘れていたのね!」


私は、ぽんと手を打つ。


「エリクのくせに、よく分かったじゃない」

「いや、だってさ」


エリクは大袈裟に肩を落とす。


「出会ってから今日まで、俺を見る目がめちゃくちゃ冷ややかだったもん。

俺、悲しい」


(あのたまに感じていた視線はこう言うことだったのね…)


そのやり取りに、私は思わず笑いそうになりながらも、

すぐリュシアンに向き直った。

彼の両手を、そっと包み込む。


「ごめんなさい、リュシアン。

気づかなくて」


揺れる瞳が、私を映す。


「い、いえ……」


リュシアンは視線を伏せ、消え入りそうな声で言った。


「セレーヌ様は悪くありません。

僕が……勝手に、色々考えてしまって……」


私は微笑んで、はっきりと言葉を置いた。


「いい? リュシアン。よく聞いて」


彼の視線を逃さない。


「エリクと私は、断じてそういう関係じゃないわ」


そして、少しだけ力を込めて続ける。


「だって――エリクは、全っ然私のタイプじゃないもの!」


「ぶはっ!」


エリクが盛大に吹き出した。


「ちょ、姫さん!?言い方!」


その横で、リュシアンは完全に固まっていた。


「……え?」


ぽかん、と口を開けたまま。

その表情を見て、私はくすっと笑った。


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