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episode15

それから、私たちは私の部屋へ向かった。

部屋の扉を開けると、すでに室内には紅茶の香りが満ちていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


静かに一礼したのは、騎士科の制服に身を包んだ少女――リーナだった。

テーブルの上には、湯気の立つティーポットと整えられた茶器、

そして軽食まで用意されている。


「相変わらず仕事が早いわね、リーナ」

「恐れ入ります」


そのやり取りを、隣に立つリュシアンが少しだけ不思議そうに見ているのに気づき、

私はふと思い出したように彼の方へ向き直った。


「そういえば、リュシアンにはまだ紹介していなかったわね」


そう言って、私はリーナに軽く視線を向ける。


「彼女はリーナ。学園では騎士科の生徒だけれど、

実家では私付きの侍女を務めてくれているの。

つまり、私の身の回りのことを任せている家臣の一人よ」

「騎士科1年のリーナ・ミルシェと申します。以後、お見知りおきを」


丁寧に頭を下げるリーナに、リュシアンも少し緊張した様子で姿勢を正した。


「リュシアン・ヴィオランドルです。

……よろしくお願いします」


その様子を微笑ましく見守りながら、私はふっと口元を緩める。


「彼女の他にも、学園内にはもう一人、私を手伝ってくれている家臣がいるのだけれど…

彼はまた今度、機会があれば紹介するわね」


そう軽く言って、私はソファへと歩き出した。


「せっかくだし、まずはお茶にしましょう。

今日は少し、ゆっくりできそうだから」


湯気の立つカップをテーブルに置くと、リーナは一歩下がり、

視線を伏せたまますっと退出した。

扉が閉まる音が、やけに柔らかく響く。


ソファーに並んで腰を下ろす。

すると、リュシアンがほんの少しだけ、こちらに擦り寄ってきた。


「……」


何も言わない。その距離の縮まり方が可愛くて、思わず笑ってしまう。


「そんなに近くに来なくても、逃げないわ」


冗談めかして言いながら、私は彼の頭に手を伸ばした。

よしよし、と撫でると、リュシアンは驚いたように目を瞬かせ、

次の瞬間、嬉しそうに目を細めた。


「……」


喉の奥で小さく息を鳴らす、その反応がいちいち愛おしい。

私は彼の方を向いて、微笑む。


「リーナのこともそうだし、リュシアンには私のことをもっと教えておかなくちゃね」

「だから不安になったら、私に教えてね。ちゃんと聞くから」


一瞬、彼の表情が揺れた。

嬉しそうだった顔が、少しだけ陰る。


「……言っても」


小さな声。


「……僕を、捨てませんか?」


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


「捨てないわ。絶対に」


即答だった。

迷いは一つもない。


「……わかりました」


リュシアンはそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。

安心したように息を吐く、その横顔を見て、私はそっと彼の手に触れる。


しばらくは他愛もない話をした。


「そういえば、さっきリーナを紹介したでしょう?」


そう切り出すと、リュシアンはこくりと頷いた。


「彼女の家は昔から我が家と縁が深いの。

学園では騎士科の生徒だけれど、実家では侍女としても動いてくれているのよ。

……他にも、学園内には何人か、私を手伝ってくれている子たちがいるわ」

「セレーヌ様は、そういう方々に支えられているのですね」

「ええ。でも、支えてもらうばかりじゃなくて、私も彼らに頼るようにしているの。

信頼って、そうやって少しずつ積み重ねるものでしょう?」


リュシアンは少しだけ驚いたような顔をしてから、静かに頷いた。


「……僕ももっとセレーヌ様に頼ってもらえるように頑張ります」

「ふふっ、リュシアンは存在しているだけで十分だけれど…頼りにしているわ」

「はい!」


その言葉に小さく微笑みながら、私は続ける。


「それに、私は学園の外では魔道具の研究や制作もしているのよ。

趣味半分、仕事半分といったところかしら。

完成したものを商会に流して、研究資金にしているの」

「ご自身で、取引まで?」

「ええ。もちろん書類仕事は手伝ってもらうことも多いけれど、

基本的には自分で確認するわ。

作ったものがどう使われるか、ちゃんと知っておきたいもの」


少し考えるようにしてから、私は紅茶を口に運ぶ。


「家族の話も、いつかゆっくりしましょうか。

リュシアンは魔法騎士団に入りたいのだものね」



そうやって話をしながら、 お茶が少しずつ冷めていく頃、

リュシアンの瞬きがゆっくりになっていく。


「……」


小さくあくびを噛み殺す仕草。


(きっと、さっきの温室での感情の発露がどっと疲れとして出たのね)


私は彼を見て、軽く膝を叩いた。


「おいで」


ぽん、ぽん。

その仕草に、リュシアンはじっと私を見つめる。

何かを確かめるように、迷うように。


数秒後。


「……失礼します」


そう小さく言って、彼はそのまま、ぽすりと私の膝に頭を乗せた。


「……」


上から見下ろす彼の顔は、とても美しくて。

整った睫毛、少し力の抜けた口元。


「……綺麗だわ」


思わず、そう零していた。

前髪が目にかかっていたので、そっと払ってやる。

すると、その手首を掴まれ、引き寄せられた。


「……?」


気づいた時には、私の手は彼の頬に当てられていた。

リュシアンは、そのまま擦り寄るように、私の手の温もりを確かめる。


安心したように、ゆっくりと目を閉じて――

そのまま、眠りに落ちた。


「……ふふ」


少しあどけなさの残る寝顔。

眉間の力が抜け、すっかり無防備だ。

私は動かないように気をつけながら、彼の顔をじっと眺めた。

呼吸のリズム、指先の温度、時折わずかに動く睫毛。


――起きるまで、もう少しだけ。

そう思って、私は彼の寝顔を、静かに堪能し続けた。




******




私の膝に頭を預けたまま、リュシアンが眠りについてから、

もう一時間ほどが経っただろうか。

規則正しい呼吸、長い睫毛が頬に落とす影、力の抜けた柔らかな表情。

何度見ても飽きない、美しい寝顔だった。


(――そろそろ、起きるかしら)


そう思いながら、無意識のうちに彼の髪を指先で梳いていた、その時。

ふいに、彼の眉がきゅっと寄った。


「……っ」


喉の奥で、声にならない息が漏れる。

閉じたままの瞼が微かに震え、苦しげに顔を歪めるリュシアン。


(……うなされている?)


私はそっと彼の額に手を伸ばし、髪を撫でながら静かに回復魔法を流した。

悪い夢を見ている時や、精神が疲弊している時にも、軽い回復魔法は効果を示すことがある。


「大丈夫よ……」


そう囁きながら魔力を整える。

けれど。

彼の表情は、少しも和らがなかった。


むしろ――


「……いか、ないで……」


微かに、掠れた声が聞こえた。

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


次の瞬間。

彼の体の奥から、じわりと、滲み出るように――

ドス黒い魔力が漂い始めた。


量はごく僅か。

けれど、見間違えるはずがない。


「……これ、って……」


以前、彼の腕に絡みついていたものと、同じ性質の魔力。

呪詛特有の、冷たく淀んだ気配。


(どうして?)

(どうして、リュシアンから――?)


一瞬、思考が止まりかけたが、私はすぐに魔力の質を切り替えた。

回復魔法では足りない。

必要なのは――

聖魔法。


胸の奥で静かに祈りを結び、

彼を包み込むように、温かな光を解き放つ。

淡く、しかし確かな輝きが、彼の体を覆った。


すると、あの黒い魔力は、まるで霧が朝日に溶けるように、ゆっくりと消えていった。


「……」


同時に、リュシアンの眉間の皺がほどける。

浅かった呼吸が深くなり、苦しげだった表情も、次第に穏やかなものへと変わっていった。

私はほっと息をつき、再び彼の髪に触れる。


(もう、うなされてはいない……わね)


眠る彼の顔は、先ほどまでの苦悶が嘘のように静かだった。


けれど――

胸の奥に、消えない疑問が残る。

呪詛を受けた際に生じる魔力が、なぜ、彼の内側から滲み出たのか。

誰かに新たにかけられた?

それとも――もっと、別の理由?


「……これは、どういうことなのかしら……?」


答えは出ないまま、

私はただ、再び穏やかな寝顔に戻った彼を見つめ続けていた。


その美しい顔が、

再び苦しみに歪むことがないようにと、祈るような気持ちで。




******




それからしばらくして――

リュシアンが、ゆっくりと瞼を開いた。

深い青。

澄んだサファイアの瞳が、迷いなく私を映す。


「……ん」


寝起き特有の、少し間の抜けた声。

私は思わず微笑んで、彼を覗き込んだ。


「おはよう、リュシアン。よく眠れた?」


すると彼は、まだ完全には覚醒していない様子で、ふわりと笑った。


「……セレーヌ様……」


その声音が、嬉しそうで、安心しきっていて。


(……ちょっと待って。可愛すぎない?)

(どうしてこんなに可愛いのよ……心臓がもたないわ)

(まだ少し眠そうな目で見つめてくるのやめてちょうだい、理性が仕事を放棄しそう)

(普段あんなに整っているのに、無防備すぎる……これは国家指定保護対象では?)

(素晴らしいわ、リュシアン!!)


内心で盛大に悶えながら、表情だけは取り繕う私。


本当にこの人は、私の心を掴んで離さない。



リュシアンは、むくりと上体を起こしてから、少し不思議そうに首を傾げた。


「……いつもは、あまり気持ちよく眠れないのですが」

「今日は……なんだか、頭がすっきりしています」


そして、私を見る。


「セレーヌ様のおかげ、ですね」


柔らかな微笑み。

――先ほど見た、あの黒い魔力のことは、もちろん口にしない。


「……それは、良かったわ」


起き上がったリュシアンの髪を整えてあげる。

――そして、私は一度息を整え、話題を切り替えた。


「さて」


彼と向き合い、静かに言った。


「あなたが、いちばん気にしていたのは」

「エリクと、私の関係……よね?」


その瞬間。

リュシアンは、わかりやすく言葉に詰まった。


「……っ」


視線が泳ぎ、唇を噛みしめる。

でも、やがて小さく頷いた。


「……はい」


私は、ふっと笑って手を伸ばし、彼の手を包んだ。


「言ったでしょう?

何か気になるなら、全部言っていいのよ」

「それで私が、あなたを嫌いになったり」

……捨てたりすることは、ないのだから」


その言葉に、彼の瞳が大きく揺れる。

まるで、眩しいものを見るように、私を見つめて。


「……セレーヌ様は」

「僕が、欲しい言葉を……いつも、くれるのですね」


静かな声だった。

でも、深く、強い響きを持っていた。


私は微笑み返し――

そして、手につけていた指輪に魔法を込めて、呼びかけた。


「エリク」

「ちょっと来てくれる?」


数分後。


部屋の扉がノックされて、


「よーっす!」


軽快な声と共に、ピンク色の髪の少年が現れた。


「なんか用か?姫さん。ってかリュシアンもいるじゃん、どうした?」


私はリュシアンを見て言った。


「さて、あなたにも話すわね」


そして、彼の手をぎゅっと握る。


「私と、エリクの関係を」

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